第32話 彼女の選曲

約4分ほどと、文字にすれば短く、曲としてはありふれた体感時間を感じつつもなんとか歌いきると、水瀬さんが嬉しそうに拍手をしてくれた。


「凄いです、蒼井くん!歌凄くお上手でした!」

「そう?ありがとう」


昨日も歌が上手いとクラスメイト達から言われたし、過去に何度も似たようなことは言われてるけど……キラキラした目で褒めてくれたのは水瀬さんが初めてかもしれない。


心から思ったことを言ってるようなその姿が、俺にとっては凄く尊くて、頑張って歌った甲斐があるというものだ。


「次、これ歌って欲しいです!」


オマケにリクエストまでしてくるとは、本当にお気に召したようで嬉しくもなる。


「いいよ。でも、その前に水瀬さんの歌も聞きたいかな」

「あ……す、すみません……」


思わずリクエストしてしまったのだろう、水瀬さんが恥ずかしそうに端末で顔を隠してから、「えへへ」と誤魔化すように笑うのが控えめに言って可愛すぎるのだけど、仕草まで可愛いのはもはや概念的なものまで感じなくもなかった。


「それで、何か歌いたい曲はあったかな?」

「その……蒼井くんの歌に夢中で忘れてました……」

「みたいだね。ありがとう」

「はぅ……」

「ゆっくり選びなよ。俺も飲み物で喉を潤すからさ」


そう余裕のある笑みを浮かべるけど、歌う前の緊張と、歌ってる時の水瀬さんのキラキラした瞳、歌った後に褒められた喜びに、何気ない可愛い仕草と、正直今までにないくらいに感情の起伏の激しさがあって、我ながらそれらが少し表に出そうでもあった。


「あ、この曲……」


ゆったりとお茶を飲んでいる(無論表面上の話は)と、水瀬さんが気になる曲を見つけたようで動きを止める。


しばらく考えてから、水瀬さんは思い切ったようにその曲を予約に入れると、すぐにそれは反映されて画面に曲名が出てくる。


(あー、あの歌手のラブソング……水瀬さんこういうのも好きなんだ)


女性の歌い手の熱烈なラブソングを選曲した辺り、やはり水瀬さんとしても乙女な気持ちに興味があるのかもしれない。


「あの、蒼井くん。私、あんまり歌上手じゃないかもしれませんけど……頑張って歌います」

「うん、楽しみに聞かせてもらうよ」


そう言いながら、水瀬さんが緊張混じりに入れた曲を歌い出す。


凄く上手いという訳でもないけど、きちんと音程はとれてるし、結果として悪くないというのが普通の評価。


俺からしたら俺なんかと比べ物にならないくらには素晴らしい歌だったとかなり愛情評価が入ってしまうけど、ただ、楽しそうに歌う水瀬さんを見れたのは凄く良かった。







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