第15話 ダンジョンの真実。逆転の目はすでに揃っていた。


 突然空いた床の大穴。



「イノさんっ!」



 セリスさんはとっさに私を突き飛ばそうとして――――



「それじゃあダメ!」



 私は逆に彼女に飛びついて、右腕でしっかりと抱きしめた。



「いいいいいイノさん!? こういうのはまだ早いですわ。わたくしたちパートナーと言ってもそういう仲では!」


「落ち着いて。暴れると本当に落ちちゃう」


「ほへ?」



 私が声をかけるとセリスさんはようやく事態を飲み込んだのか、足下を見下ろした。



「ほげぇぇ! 床に大穴が! しかもわたくし、宙を浮いてますわ!」


「浮いてるわけじゃなくて、わたしがセリスさんを抱えてるんだけどね」



 床一面をうがつ大穴の上、ぶらりと私とセリスさんの足が揺れる。


 私は右手でセリスさんを抱きかかえ、左手に持った短剣を壁に突き刺していた。

 濡れた石壁は意外と柔らかく、短剣の刃が深々と刺さっている。


 ……が、さすがに二人分の体重は支えきれない。

 しかも運悪く、そこで大きな地鳴りが発生した。



「衝撃に備えて!」


「ひぎぃ!」



 私は短剣を手放して両腕でセリスさんを抱えると、地面に着地した。

 パシャン! と地面の水溜りから水がはねる。


 幸いにもそこまでの高さはなかったようだ。

 足が痺れたくらいの衝撃で済んだ。



「またまた助かりましたわ。イノさん、思っていたより力がおありですのね。お風呂で見たときは華奢な体をしてましたのに」


「余計なことは思い出さなくていいの」



 私は赤くなりながらセリスさんを下ろす。


 荷物運びに使っていた【体力増強】のバフスキルが活きた。

 内側の筋肉や肺活量を強化するスキルで見た目が変わらないので、女の子冒険者におすすめです。



「あのタイミングで地鳴りとか。さすがは【七転び八起き】スキルの持ち主」


「不幸というものは身構えてるときにはやってこないもの。いつも不意に訪れるのです」


「セリスさんが言うと重みがあるなぁ」



 私は軽口を叩きながらも警戒を続ける。辺りは真っ暗だ。


 落下時にランタンは手放した。

 周囲を見渡すと遠くの壁際にランタンが落ちているを発見した。

 わずかだが明かりはまだ灯っている。

 目をこらして周囲の様子を窺うと――



「ギチギチギチギチ!」



 すり鉢状になった部屋の壁にダンジョンセンチピードがびっちりと張り付いていた。

 地面にはスライムの群れ。そして――



「あれは……バーバリックが持っていたマジックソード!?」



 酸性の水たまりに浮かんでいたのはボロボロになったマジックソードだった。

 他にも抜け殻となった青い甲冑が放置されている。



 カツン――



 つま先に何かが当たる。

 拾い上げてみると、それは水の減らない水筒だった。



「マジックアイテムがたくさん。それに向こうにはお宝を詰めたバックパックも落ちていますわ」


「おそらくバーバリックのパーティーがトラップに引っかかったんだろうね」



 私たちはバーバリックたちがダンジョンに向かってから、数時間ほど遅れて中に入った。

 昨日今日での弾丸ツアーだ。準備に時間が必要だったのもある。

 先を越されるのは覚悟の上で、バーバリックたちを見送ったのだが……。



「バーバリックの姿は見当たらない。おそらくもう……」



 大穴の先にあったのは、ダンジョンセンチピードとスライムの群れ。

 遺体は奥の巣穴に運ばれていったのかもしれない。



「ここがこのダンジョンのコアな部分だ」



 私は努めて冷静に状況を分析して、暗闇の向こうを凝視する。

 薄れゆくランタンの明かりの向こうに見え隠れするのは、他よりひと回り大きな真っ赤なダンジョンセンチピードだった。



「ギシャアアアア!」


「ぴぎぃぃ! ななななんですのアレ! でっけぇムカデがさらに大きく凶暴になってますわ!」


「【デモンピード】だ。ムカデ連中の親玉、上位クラスのモンスターだよ」



 デモンピードはムカデ型モンスターの王様だ。群れを統率してダンジョンの奥地で餌が運ばれてくるのを待っている。

 知能も高くて自ら巣穴を掘り、獲物を罠にしかけて食べる習性もある。



「上にあるトラップはデモンピードの巣穴に落とすためのものだったんだ」



 冒険者がお宝に目がないことも知っていたんだろう。

 だから、これ見よがしな罠を仕掛けてエサが近づくのを待っていた。

 愚かな冒険者が確実に落とし穴の上を通り過ぎるように。


 デモンピードの恐ろしさは高い知能だけではない。

 厄介なことに地脈から魔力を吸い上げて――



 プシュゥゥゥ!



 百足の隙間にある気孔から紫色の煙が吐き出される。



「マスクで顔を防いで! 毒だ!」


「本当に厄介なモンスターですのね!」



 私とセリスさんは予め準備していた防煙効果のあるマスクを装着する。

 腐毒の沼穴というダンジョン名だからと防毒対策を講じていたのが、ここにきて役に立った。



「ギシャアアアアア!」



 威嚇の叫びを上げながらこちらに迫るデモンピード。

 周囲の壁で待機していたダンジョンピードたちも、耳障りな金切り声を上げて動き出す。

 夜な夜な聞こえていたという地鳴りの正体はこれか!



「どどどどどどどうしたら!?」


「セリスさん、私を信じてその命を預けて!」


「いつでも覚悟完了しておりますわ!」


「いいお返事だ!」



 私はそこで懐からホイッスルを取り出した。



「ぜんたーい、進め!」




 ピッ――――!



 私はホイッスルを鳴らして、セリスさんに【誘導ガイダンス】と【整列フォールイン】スキルをかける。

 目を見る、音を出すなど、スキル発動には暗示をかけるための”きっかけ”が必要だ。

 バーバリックには効かなかったが、やはりセリスさんは根が素直な人のようだ。



「もうすぐ帰りの馬車が出ますよー。急いで集合場所に向かってくださーい」


「ああっ! 足が勝手に動きますわ! これって催眠系スキルですの!? わたくしにエッチことをする気ですわね!? エロ聖典みたいに! エロ聖典みたいに!」


「しないよ。っていうかエロ聖典ってなにさ。ほら行くよ!」



 パニック状態のセリスさんを無理矢理走らせて、一目散に出口――デモンピードの背後にある暗闇を目指す。



「でえぇぇぇ!? どうして前に突っ込むんですか!?」


「後ろが壁だからだよ」



 部屋はすり鉢状になっていて手で登ることは不可能。

 死中に活を求めるなら、暗闇の向こうにある巣穴の奥を目指さなくてはならない。



「だからって無策で突っ込むなど!」


「私を信じてって言ったでしょ」



 私は消えかかったランタンに向かって残りの火炎瓶をすべて放り投げた。

 床に広がっていた油に引火して、一気に炎上する。



「ピギィィィ!」



 セリスさんの叫び声みたいな悲鳴を上げて、ザコムカデは炎でひるんだ。

 突破口が開き、デモンピードに肉薄する。



「シャアアァァ!」



 やはりボスだけあって炎にはひるまない。



 ――――ガチガチガチ!



 デモンピードは毒性のある牙を鳴らし、私たちの首元に食らいつこうとする。

 狙いはやっぱりセリスさんだった。



「また囮役ですの!?」


「大丈夫! 私もあなたを信じてる!」



 迫るデモンピードの牙。そのとき――



 ――――ズガン!



 デモンピードの足下に亀裂が入って相手は体勢を崩した。



「やっぱり発動した! 【七転び八起き】の!」



 デモンピードが混乱している今がチャンス!

 私はデモンピードの大口に向かって、水の減らない水筒を投げ入れた。



 ――――プシュゥゥゥ!



 移動中によく振っておいたので勢いよく水が吹き出る。

 デモンピードの体内を水が満たす。


 相手がひるんだ隙に、酸性の水たまりに向かう。

 私は革のグローブを使って手を突っ込むと――――――



「これでトドメ!」



 溶けかけていたマジックソードを掴んで、デモンピードに投げつけた。



 ――――ザクッ!



「ピギャアアアアァァァァ!」



 マジックソードは見事、デモンピードの甲殻を貫いた。

 次の瞬間――――



 ――――パキパキパキッ!



 氷属性のマジックソードの効果が発動して、デモンピードは氷漬けになった。

 巨体が倒れて、氷の彫像が粉々になる。



「見たか! 三度必殺の【投擲】スキル!」



 他のムカデは炎でこちらに近づけない。ボスがやられたのもあるだろう。

 戦意を失って方々に散っていった。



「ちょっとイノさん! 策があるなら事前に相談してくださいまし!」


「ごめんごめん。時間がなくて」



 激怒してるセリスさんに向かって私はウインクを浮かべる。



「セリスさんなら私の期待に応えてくれると思ってたよ。私たち、最高のパートナーだね」


「トゥンク……」



 セリスさんは頬を赤らめて。



「そんな言葉じゃ騙されませんわ! パートナーだと思うならもっと大事に扱ってください!」


「やっぱりダメだったか」



 我ながらないな、とは思っていた。



「それじゃあこのまま出口を目指そうか」


「出口なんてあるのですか? ここモンスターの巣穴なんですよね」


「もちろん出口はあるよ。私の記憶が確かなら……」



 私は脳内に記憶していたダンジョンマップを参考に出口を探す。

 大穴の位置と山のように詰まれたお宝の位置座標から考えて、それほど遠くにはないはず。

 私はブツブツと呟きながら狭くて暗く、そして妙に生暖かい通路を歩く。



「右に24歩、それから前に2歩。壁に手をついたあと天井を叩く」


「なんだか呪文のようですわね」


「あった!」



 天井を叩いたら穴が開いた。まるで虫の口みたいな円形の穴だ。

 調べると膜のようになっており、重みを感じると自動的に開閉するらしい。

 脱皮したデスピードの皮膚を使っているんだろう。

 さすがはトラップの名士。エサを得るための創意工夫が見られる。



「これはいい罠だー。地図に花丸でチェックをつけておこう」


「なに感心してるんですか。早く出ましょう」


「そうだね」



 私が先行して安全を確保しながら穴を這い出る。

 私の予想通り、穴があったのは宝の山の近くにある曲がり角だった。



「もう少しだよ頑張って」



 セリスさんに手を貸して穴から引き上げると――



「待ちやがれ…………!」



 暗闇の奥に潜んでいたバーバリックが穴から這い出てきた。





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 次回で物語は一段落。バーバリックとの因縁に決着がつきます。

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