第30話 akari & her dad
「もう、どうしたらこんなひどい顔になるかなあ」
灯が悠二郎の顔をそばにあった比較的きれいなボロキレで拭いてやると、いくらかマシになった。
「すまん、灯」
まるで姉と弟のようだと直哉は思った。
直哉も子供の頃にこんなふうに灯に顔を拭いてもらった覚えがあった。
灯には実の弟もいるし、三人のお姉さんのつもりだから、いつもあんな口うるさい話し方になるのだろうかと、直哉は一人考えていた。
「あの、良かったら」
直哉は以前から考えていたことを口にした。
「良かったら、この車悠二郎さんがもらってください」
「……なんだって?」
「直哉?」
「ずっと考えてたんです。こんな古い車をいつでも走れるようにしてくれてたのは悠二郎さんだし、その方がこの車もうれしいのかなって。それに、もし将来俺が免許を取ったとしても、こんなレトロな車走らせる自信ないし」
直哉は車には詳しくなかったが、ずっと悠二郎が古い柱時計やバイクを修理しているのを小さいころから横から見ていたのでわかる。
この車は、古い柱時計やからくり人形みたいに、目で追うことで仕組みがある程度分かる機械だった。職人が汗とオイルにまみれて組み立てた工芸品なのだ。
「でも、これは健一郎さんの――」
「親父もその方がきっと喜びます」
「直哉君の秘密基地で、」
「もう子供じゃないし」
「一人になりたいときはいつもここで……」
「ひとり……」
二人の会話をじっと黙って聞いていた灯がついに我慢できなくなって二人に話しかけた。
「パ、じゃなくて、お父さん落ち着いてよ。柱時計なんかとは違うのよ。そんなワクワクした顔したって、どうせこんな大きなもの持って帰れないでしょ?」
「いやいや、ワクワクなんてしてない。今は直哉君に思いとどまらせようとして」
悠二郎は手で表情筋を確かめ、つとめて真面目な顔をしながら言った。本人の努力とは裏腹に、顔には書道家が豪快に墨汁を飛ばしながら書いた文字のようなものが描かれていた。
「まあ、そうだな」
悠二郎が車の前まで歩いていくと、ボンネットを支えている棒を器用にはずしながら言った。
「直哉君が、健一郎さんから受け取るものを全部受け取ったら、この車は僕がもらうことにするよ」
ギコッと重い音がして、ボンネットが閉まった。
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