じゃばらガールと生贄ロッタリー

坂本 光陽

生贄を承諾した国


 ご存知ですか? 全国の行方不明者は、年間で約8万人に上るというのです。


 8万人といえば、山梨県や佐賀県の人口と同じ。山梨県か佐賀県のどちらかが空っぽになることを考えると、それが驚くべき数字だということは、少し前まで落ちこぼれ女子高生だった私にもわかります。


 8万人の中には、自分の意志で家出をした者や失踪をした者、認知症の患者なども含まれています。どこか遠い場所で見つかったり、無事帰ってきたりする場合もあります。別の場所で別の人生を送っている場合もあります。


 ただ、8万人という数字は、届け出のあったものにすぎません。実際の行方不明者は、その2,3倍に上るとも言われているのです。


 おそろしいことに、行方不明者の中には、永久に見つからない者が少なくありません。無言の帰宅をするのは、まだ良いほうです。家族や友人からも忘れ去られて、そんな人間など最初からいなかったように、消え失せてしまうこともあるのだから。


 行方不明者は人知れず、生贄いけにえにされたおそれがあります。生贄という言葉は、決して大袈裟ではなく、何かの比喩的な表現でもありません。他の言い方をするならば、人身御供や人柱と同じ意味になるでしょう。


 どうか、笑わないで聞いてください。

 のです。


 昔話のようだと思われるかもしれません。洪水がおこらないように水神である龍に生贄を捧げたり、橋や堤防、城などをつくる際の人身御供や人柱を行ったりした、大昔の話と同じではないか、と。


 しかし、これはまぎれもなく、現代に起こっていることです。


 生贄は何に捧げられているのでしょうか? 言うまでもありません。もちろん、〈神様〉に対してです。


 この国の根っこにいる者たちは、〈神様〉の存在を信じているのです。抽象的な意味ではありません。現実に存在している〈神様〉から超自然の力を貸してもらうために、国民から無作為抽出した生贄を差し出しているのです。


 つまり、この国はなのです。


 相手が〈神様〉であるというだけで、事は外国と締結した通商条約と同じかもしれません。生贄の命は自動車や電化製品といった輸出品と同じ扱いというわけです。


 あなたは生贄という言葉が荒唐無稽に聞こえるので、まったく危機感を覚えないかもしれません。たぶん、ほとんどの方々が信用しないでしょう。だけど、これは都市伝説や陰謀論などの絵空事ではなく、まぎれもない真実なのです。


 生贄が捧げられる現実を私は何度も目の当たりにしてきました。人知を超えた出来事を繰り返し目撃してきました。


 これから語るのは、そうした生贄たちの物語です。前置きが長すぎたかもしれません。そろそろ本題に入ろうと思います。まずは私自身のターニングポイントになった出来事について、ご紹介しましょう。




 


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