白き巨塔の投獄者

1.荒廃としたその世界で

アメリカ合衆国、ボストン、東海岸————————


 海風が陸地へと流れ、砂埃を巻き上げている。

 さらさら。

 降水により陸地から海に流れ、そして潮の満ち引きで研磨された砂塵。

 その微小物質は目前のあれでいとも容易く巻き上げられている。

 じめじめとした暑さが自身の身を焦がす。

 この季節、通常のボストンの東海岸であれば多くの人が賑わうリゾート地となっていた。

 数百年前までは……。

「ひぐっ……えぐっ………」

 澄み渡った青い海、人の営みがなくなったおかげだろうか。自身の脳内メモリに残っている景色よりも美しく見える。

 それとも自分は、人のいないこの無人の大地の方を好んでいるのか。

 植物も乱雑に生い茂っている。

 だがそれが本来この星のあるべき姿。退廃ではなく回帰だ。

 元に戻っただけだ。だがそれが何よりも幻想的に見える。

 だけど夢はそこまで、そこから現実の世界が広がっている。

 鉄骨がむき出しになった建築物。

 あれが発する振動に少しずつ形を崩すほど朽ちていた。

 遠くに見えるガラス張りのビルも所々が割れている。

 むしろ無事なものなど数えるほどしかない。

 以前は青雲な空とは対照的に無残な姿を晒すそれに笑ったものだ。

 人は星を見捨てたが、星も彼らの営みを排除したかったようだ。

 星の支配者と豪語しておきながら結局は受給者だ。与えられたものを甘受するだけ、物を産み出せはするが、それはこの星の資源あってのものだ。

 それをまるで自身の所有物であるかのように叫ぶことのなんと滑稽なことか。

「はあー……はあぁ……うぅ…」

 トリガーを持つ手が震える。

 彼を支配する感情は恐怖と怨嗟、加えて罪の意識。

 一つ目の起因は死。

 生物として当然の当たり前の感情だ。

 二つ目の起因は自身のこの現状。

 彼はここに立つことを酷く恨んでいた。

 三つ目の起因はあれだ。

 深呼吸をして鼓動と感情を落ち着かせる。

 数刻だけ目を伏せて、そうして顔を持ち上げる。

 彼がいくら忌避や逃避を繰り返そうとも、それはそこにある。

 空を見上げる。とても澄み渡った美しい空。

 このコックピットという監獄の中でなければどんなに綺麗に見えたことか。

 天空に浮かぶ異物。

 胴体から左右に伸びた羽、後方に長く伸びた主砲はこちらに向けられている。

 赤い装甲は鱗のように浮遊のためのエネルギーを排出しながら波打っている。

 初めは点にしか見えなかったその戦艦は、もうすぐそこまで迫っていた。

 何度躊躇おうとも時間は巻き戻ってはくれない。

 こうして止まっている間にも自身の死はすぐそこまで迫っている。

 霞んだ視界でその巨大空母を見る。

 一体あの中にはいくつの命があるのだろう。

 それを考えた時、心中で怒りが湧く。

 なぜ、なぜなんだ…。

 疑問は拭えない。

 なぜ、どうして。

 それは無駄な思考なのかもしれない。どう理論を断てようとも、如何な事実に紐づけようとも現実は変わらない。

 なぜ俺にこの役目を押しつけた!

 彼に出来るのは、引き金を引くことと顔も知らぬ上層部を恨むことのみ。

 悲鳴と共にそれは実行された。

 可哀そうに、もしも彼らが数千年ここに来るのが早かったのならば、星の一部として受け入れられただろうに。

 彼の決断によって、それは作動した。

 リゾート地には不釣り合いな、白き巨塔。

 その頭頂部の主砲の中に彼はいる。

 塔の下部より熱量が流れ込んでくる。

 砲の先に貯めこまれる恐怖、彼はこの時、正気を保つことに必死だった。

 充填が完了したのだろう。下部からの供給が止まる。

 一時、何事も無かったかのように静寂が支配するが、それも束の間、轟音と地響きが彼に襲い掛かる。

 彼はそれを拒むように、己が絶叫で音を掻き消そうと試みる。

 だが無駄なことだ。スケールが違い過ぎる。

 白き塔より放たれた高密度のエネルギーは、赤き艦体を包む。

 音すら世界から掻き消す叡智は、他天体からの来訪者をこの世から消し去る。

 君たちもただ生きたかっただけなのに……。

 そう考えた時には全てが終わっていた。

 この星の防衛機構は、飛来するそれを灰すら残さず現世から追い出した。

 砲撃の余波が、都市を末端から少しずつ崩壊させる。

 これだけが唯一の愉悦だ。

 彼らはもう捨てたものだが、あれに八つ当たりしなければやってられない。

 どうせなら都市の中央に立つ、あの忌々しい保管庫すら粉微塵にしてくれないだろうか。

 都市のど真ん中にあるのは、海岸の白き塔とは対をなす建造物。

 一見只の高層ビルのように見えるがそうではない。

 あれはこの星で一番の強度を誇る白き箱舟だ。

 その証拠に、これだけの異常を外部から受けようともビクともしていない。

 皮肉だ。それ以外に言いようがない。

 なぜ自分はあんな奴らのために彼らを殺さなければならないのか。

 だがそんな文句を吐こうとも届くはずもない。

 そうして全てを終えた彼は、逃げるように、倒れるように砲手から抜け出した。

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