巡回教師サクヤと護衛のオウス(仮)

月偲織 慧泉明

第1話

 帝国の首都から西に向かうと最初に辿り着く宿場町にある一番大きな酒場兼宿屋、『ツエツキ』。ここは酒や料理を提供するだけでなく、冒険者に仕事を斡旋したり持ち込まれる様々な依頼を仲介したりするギルドとしても機能している場所である。今日も今日とて店の中は、まだ昼間だというのに酔漢すいかん達による喧騒で満ちていた。

 正午を少し過ぎた頃、大型の猛獣を思わせるような強面こわもての巨漢が店に姿を現した。ツエツキのあるじ、スクネである。

「キャ~~ッ、スクネちゃ~ん、おはよ~~!!」

「あ、大将ぉ、おはよ~ございま~」

「スクネさん、おはようございます!」

 店の中の者は皆、スクネを見て思い思いに声をかける。ちなみにここツエツキでは24時間いつでも『おはよう』という。そんな彼らに対し、スクネは軽く手を上げて答える。なかなかの人気であった。

 スクネが店の奥にある自分の仕事部屋へ向かう途中、一人の男を見て、足を止めた。

「オウス、久しぶりじゃねえか」

 オウスと呼ばれた精悍な男は、挨拶代わりに酒瓶を上げてみせる。

「前に受けた仕事がやっと終わったんで金を受け取りに来たんだ。こいつは祝杯だよ」

「そうか、ちょうどいい、あの仕事が終わったんならお前にはすぐにでも次の仕事を頼みたいと思っていたんだ」

 二人の間にしばし沈黙の時間が流れる。

「……なんてひでぇ野郎だ、ひでぇのは顔だけにしとけよ!」

「てめぇ喧嘩売ってんのか!?ぶっ○すぞ!!」

 二人の怒号が店内に響き渡り、先程まで騒いでいた客と従業員に緊張が走る。……しかし、よく見ると二人の顔はにやけている。この静寂が面白くて、二人はたまにこういった悪ふざけをするのだ。

「……あの二人にも困ったもんだねぇ…………」

 事情を知っている一部の子分達が首をすくめる。

 二人のやり取りが冗談だとわかると、店内は再び活気を取り戻す。そんな中、店の出入口の扉が開き、一人の少女が入って来た。

「な~んだい、お嬢ちゃん?入る店間違ったのかい?」

 胸元の大きく開いた服を着た従業員の女が少女に歩み寄る。少女はうつむいてしどろもどろになっている。

「おい、止めとけ。嬢ちゃん、仕事の依頼だろ?俺はこの店のあるじのスクネだ。こっち来な」

 スクネは出来る限り優しく声をかけたつもりだったが、少女はおっかなびっくりスクネを見たまま動かない。かたわらで笑いをこらえているオウスを見て、スクネはため息をいた。

「ホオズキ」

「はい、スクネ様」

 いつの間にかスクネの後方に立っていた美しい女性が、名を呼ばれて返事をする。

「やあ、ホオズキ、久しぶり」

「お久しぶりです、オウス様。お顔が見れて嬉しゅうございます」

 そう言うとホオズキは、オウスが持っていた酒瓶をそっと奪い、空になっていたグラスに酒を注ぐ。相変わらずそつがない、とオウスは心の中で呟く。

 酒を注ぎ終え、オウスに一礼したホオズキは、少女に近づき、その手を取って微笑んだ。



 少女がスクネ達と共に店の奥に消えた後、オウスはしばらく一人で酒を飲んでいた。すると再びホオズキが彼の前に現れ、スクネの部屋に来て欲しいと言う。特に断る理由もないので、オウスはホオズキの後をふらふらと付いて行った。



「おいおい、本当に仕事の依頼かよ……?」

 酒のせいもあるのか、オウスは大袈裟おおげさに呆れてみせる。

「えー…と、何だ、オレがこの……この……」

「サクヤです」

 少女が酔っ払いに自己紹介をする。

「あぁそうそうそう、サクちゃん、サクちゃんの護衛?を?…………しろと?」

「サクヤです。サクヤです。もう一度言います、サクヤです。………………」

 サクヤと名乗る少女は、助けを求めるようにスクネを見る。スクネはサクヤの視線に気付くと、オウスを見て、ホオズキと目を合わせ、天井を見上げ、ほんの少し間を置いてこう言った。

「……明日にしよう」



 翌日の昼過ぎ、スクネの部屋に再び四人が集まった。

「大丈夫ですか、オウス様」

 二日酔いに苦しむオウスをホオズキが気遣う。

「ま……まぁ…………何とか…………」

 全然大丈夫そうではないが、そんなオウスを無視してスクネがサクヤに話しかける。

「改めて確認するが、嬢ちゃんは出来るだけ優秀な護衛を一人、雇いたいと。それも長期で」

「はい…………ってまさか、この酔っ……この人を、私の護衛に!?」

「確かに今のこいつはただの駄人間だにんげんにしか見えんが、素面しらふなら帝国内でも三本指に入る剣士だ。そして冒険者としても頼りになるぞ?」

「ダニ……?」

 スクネがべた褒めする男は今、ホオズキによって二日酔いに効く魔法をかけてもらい、緩やかに快方に向かっていた。とてもじゃないが頼りになるような男には見えない、サクヤはそう思ったが、オウスの実力を未だ知らないのも事実である。

「サクヤ嬢ちゃん……」

 調子良くなって来たのだろう、オウスがサクヤに呼び掛ける。

「……サクヤ、でいいです……」

「……そうか。じゃあサクヤ、君が護衛を必要とする理由をオレに教えてくれないか」

「………………出来れば先にオウスさんの実力を見せて欲しいです」

「オレの実力?う~ん……どうすればいい?」

「ホオズキの力を借りればいいだろ」

 スクネが提案する。

「なるほど、お願い出来るかな、ホオズキ?」

「あまり気が進みませんが、お二人のご要望とあらば……」

「?」

 サクヤだけがよくわかっていないまま、四人は町の外に出て、だだっ広い荒れ地に到着した。

 サクヤは改めてオウスの装備を確認する。動き易さを重視しているのであろうか、何だか軽装だ。左右の腰にそれぞれ長剣を下げている。

「この辺りでいいな。ホオズキ、頼むよ」

 オウスがそう言うと、ホオズキはわかりましたと印を結び、何やら唱え始める。やがてどこからか唸り声が聞こえ始め、サクヤは辺りを見回した。

「伏せろ!!!」

 スクネが、叫ぶと同時にサクヤとホオズキの上に覆い被さる。そのスクネのすぐ上を、とても大きな何かが猛スピードで通り過ぎた。その直後、サクヤは何かが弾けたような大きな音を聞いた。

「スクネ様!!」

 ホオズキが叫ぶ。

「俺は大丈夫だ、ホオズキ。おっと、無事か?嬢ちゃん」

「え?えっと、はい」

 何が起こったのか?確認しなければ。オウスさんは?スクネさん。その背中のきずは何??ホオズキさん。泣かないで?オウスさんは?さっきのは何??

「サクヤ!!」

「!!!」

 オウスの呼び掛けにより、正気に戻るサクヤ。サクヤの両肩を掴んでいたオウスは、安堵の表情を見せる。

「オウスさん……」

 オウスの後方に、真っ二つに斬られた巨大な死骸が見えた。ドラゴンバードと呼ばれる鳥と蜥蜴とかげを掛け合わせたような危険生物である。体長は4メートルほど、広げた翼は7メートル以上もありながら、高速で飛行して牛や人間をも狙う怪物を、オウスはその腰の長剣で両断したというのか。

「!!スクネさんは!?」

 サクヤが振り返ると、スクネがうつ伏せに倒れていて、その背中の大きな創に、目に涙を浮かべたホオズキが治療魔法をかけている真っ最中だった。

「スクネさん!ホオズキさん!」

 サクヤは慌ててホオズキに加勢し、治療魔法をかけ始めた。オウスとホオズキは驚いた。まだ十代であろうサクヤが治療魔法を使ったからである。それほどに治療魔法の習得は難しい。オウスはサクヤに色々尋ねたかったが、今はそれどころではないと諦めた。



 四人はツエツキに戻っていた。

 スクネは二人の治療魔法と己の強靭な肉体のおかげで、豪快に笑いながら酒を飲むまでに回復していて、そんな彼を見てオウスとサクヤは安堵し、お互い顔を見合わせ微笑んだ。ホオズキも落ち着きを取り戻し、いつもと変わらぬ様に見える。

「ハァッハハハハハァッ!久しぶりに死ぬかと思ったぜぇ!!」

「……いや、お前が助かって本当に良かったよ……」

「何だぁオウス、お前、そんなキャラだったかぁ?」

 軽口を叩く二人だったが、スクネがホオズキの微妙な表情に気付く。

「……どうしたホオズキ」

「いえ……少しせない事が……」

 ホオズキいわく、荒れ地で彼女が使った魔法は近隣の肉食獣を呼び寄せるもので、あの辺りにはフォレストウルフと呼ばれる犬型の猛獣しかいないはずだと。

「なるほど……確かにドラゴンバードがどこから来たのか謎だな……」

 冒険者であるオウスもドラゴンバードがどのような場所に生息しているかを知っている。一同は沈黙し、考え込んだ。

「あの……」

 その沈黙を、サクヤが破った。


















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