第19話

【マッチョ視点】


 ヤンキは試合が始まる前なのにテンションが高い。

 お前危なっかしいんだよ。

 このままじゃ調子に乗って魔物に殺されるぜ。

 アキに鼻っ柱をへし折って貰え。


「集まってきやがったな!アキ、お前がやられるざまをみんなに見せつけてやるぜえ!」


 俺は魔道マイクを手に取った。

 その瞬間に皆が注目する。



「その前に言っておく事がある。ヤンキ、ミルクは貴重な治癒魔法使いだ。丁重に対応しろ!お前だけではない!ここにいる全員にも言っている!」

「はい、分かりました!」


 ヤンキは俺の前ではおとなしいが問題行動が多い。


「アキ、まさか手を抜いて戦おうとはしてねえよな?もし相手が魔物だったらどうだ?手を抜いて戦い負ければ、それは死に直結する。そして今から戦うヤンキに対してもそれは失礼な行為だ。アキい!全力だ!全力を出し尽くせえええ!」


「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 会場が盛り上がる。


 俺はマイクを置いた。

 うまくいった。

 俺は今回の賭けでアキに賭けている。

 賭け金は50万ゴールドだ。


 あいつは黙ってりゃヤンキと同じ体術で戦おうとするだろう。

 勝ち負けよりスキルのレベル上げを優先しかねない。

 だがさっきの言葉でアキは全力で戦う。


 そしてアキの実力を知っているのは俺と、たまたま昨日訓練場にいた者だけ。

 つまり多くの者がヤンキに賭ける。


 そりゃそうだろう。

 アキとヤンキでは大人と子供ほどの対格差がある。

 昨日の戦いを実際見た者以外はアキに賭けようとは思わない。


 そして子供のものまね士が強いと言われて信じる人間はどれだけいるだろうか?

 俺なら冗談だと勘違いしたまま終わる。

 

 俺が高い金額を賭ければ後で俺が責められる可能性もあるが、50万なら不審には思われねえ。

 50万ゴールドは絶妙な金額なんだよ!


 俺は試合を楽しみ、圧倒的に有利な賭けを楽しむ。

 今日はいい日だぜ。


「それでは、アキ選手とヤンキ選手の試合を開始します!」


 ん?なんであいつは素手なんだ?

 まさか本気で戦わないつもりか!


 アキの右手を見ると輝いている。

 手の甲にある紋章は飾りじゃないのか!

 普通は装備に付与する特殊効果を自分の手に付けてやがる!

 あいつ狂ってやがるぜ!


 アキが拳を突き出した瞬間にヤンキを爆炎が襲う。


 なん、だ!

 錬金術で爆炎効果を仕込んでやがったか!

 おいおい、未熟な奴が錬金術を使おうもんなら腕が吹き飛ぶぜ!

 思った以上の化け物だよ!


 爆発が止むとヤンキが焦げつつも何とか立ち上がった。

 そしてアキが言った。


「手加減しすぎたか」


 はあ!あれで手加減していたのか!

 待て待て!左手にも同じ紋章があった!

 全力で戦えとは言ったがこれ以上強く撃てば壁が壊れるぜ!


 アキの左手が輝き、ヤンキ共々後ろの壁を破壊した。


「けほ、こほ!勝者!アキ選手!」


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


「アキ選手の勝利です!感想をどうぞ!」

「ギルド長の言う通り本気で戦いましたが、本気を出すとまだ制御できません!壁を壊してすいませんでした」


「は、はい、続きましては解説のジャッジさんどうぞ」

「ふ、またしてもギルド長の劇場に付き合っちまったようだな」


「ど、どういう事でしょう?」

「ふ、そのままの意味だ。俺はしっかり見ていた。ギルド長がアキに50万を賭けているのをな!そしてギルド長はその勝った367万をギルドに寄付する。ギルド長が勝った賭けの金額と壁の補修費は大体同じだ。俺はすぐにピンと来たね。これはギルド長の自作自演、マッチポンプだってな!!」


 ジャッジ目、雲行きが怪しくなってきやがった。

 解説のジャッジにヤジが飛ぶ。


「たまたまかもしれないだろ!」

「証拠はあるのか!」

「お前の妄想だ!」


「よく考えて見な!Gランクの子供であるアキとヤンキが戦う事になったらどうだ?ギルド長の立場になって考えて見な?大人と子供の戦いだ。普通なら止めるぜ!だがギルド長は止めなかった。止めないどころか煽って試合を始めさせ、挙句の果てにアキに本気を出せと言ったんだ!よ~く注意深く1つ1つ見て見な!パズルのピースがかみ合ってくるからよお!!!」


 ギャラリーが騒ぐ。


「そ、そう言えばギルド長の言葉はアキが勝つことを分かっていたように、き、聞こえてきた!」

「そうよ!ギルド長は戦いを止めなかったわ!」

「解説のジャッジさん。パズルのピースを分かりやすく教えてくれませんか?」


「分かりやすいのは結果だ。ヤンキの鼻っ柱をへし折り、アキの弱点である錬金術による爆炎を制御できねえ課題を浮き彫りにさせた。そしてちょうど壁の補修費と同じ分を賭けで勝ったギルド長。これは俺達に対するメッセージでもあるんじゃねえか?」


「どういう事でしょう?」

「俺達の多くがものまね士の子供は弱いと思っていた。だが今はどうだ?アキの強さを知り、何も考えずヤンキに賭けた奴らは賭けに負ける結果になった。アキだけじゃねえ!ヤンキだけじゃねえ!俺達全員にギルド長は現実を見せつけて来やがった!俺達の慢心をぶっ壊した!鼻っ柱をへし折った!そうだろ!ギルド長!!」


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!マッチョ!マッチョ!マッチョ!マッチョ!」」


「おっと、まだ話は終わってねえぜ。アキはギルド長期待の新人だ。今アキはミルクの光魔法をものまねしている。ギルド長の考えがアキのものまね訓練だけじゃねえことは分かるだろ?」


「ジャッジさん。すいませんが詳しく教えて欲しいです」


「ふ、つまりギルド長はやり手だって事だ。ギルド長はたった一手で3つの効果を生んでいる。

 1つ目、ミルクにアキを付ける事でミルクを護衛することが出来る。

 ミルクを犯そうとしやがった奴はアキの爆炎の餌食だぜ。

 この試合は娯楽と見せかけてミルクに近づくゴロツキを牽制している。


 2つ目、アキが光魔法を覚えたらどうだ?想像して見な?今この街にはヒール待ちの患者がたくさんいる。その問題をアキが解決するだろう。

 ギルド長はその日の利益だけで考えているわけじゃねえ。

 遥か先を考えてやがる。


 3つ目、基本を守らず魔物狩りに向かう冒険者への教訓だ。

 ギルド長はスキルの訓練を重視するが、学のねえ冒険者は手っ取り早く魔物狩りに行く。そしてそのまま戻ってこねえ奴が多い。分かってる奴は分かると思うがギルド長はそれをよく思っていない!いくらギルド長がスキルは大事だと説いても伝わらねえ。だが期待の新人、アキはひたすらスキル訓練を積んでやがる。

 俺は予言するぜ、スキル訓練を積み重ねたものまね士アキが更に大成するってな!

 冒険者はアキの大成を見て、自分の行動を見つめ直すこったな!

 今子供で、不遇と言われているものまね士のアキがお前らをすでに追い越して、更に先に進んでいく様を見届けな!

 そしてそれを見てハートに何かを感じたなら、後でいい。俺の言葉を思いだして自分の行動を見直そうぜ!」



 賭けの事だけは言うな!


 ジャッジ、いい加減うるさい!


 やめろやめろ!


 俺を尊敬の念で見るな!


 賭けの勝ちをギルドに寄付するしかなくなるだろうが!

 くそ!


「そ、そこまでは考えていない。だが、賭けの勝ち分はギルドに寄付するぜ!」


 ジャッジが笑った。


「ふ、そう言う事にしておくぜ!ギルド長マッチョ!あんたの劇場、ハートにガツンと来たぜ!!」


 俺とアキに歓声が巻き起こり、その歓声が止まない。


 ぐう!賭けの儲けが無くなっちまったぜ!

 ジャッジの奴め!

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