清美夫人と人造人間

ようすけ

清美夫人と人造人間



 友人の男は馬鹿だった。彼は恋人を三回も殺した。

 その彼がわたしに相談に訪れたのは、ある月夜の晩のことだ。

「おれは四回めの間違いをしようとしている」

「殺せよ」とわたしは告白した。「本当のことを言えば、お前があの子を殺すたびにおれには金が支払われるシステムになっているんだ」

 金本淳一の顔が真っ赤になった。

「じゃあ、お前は全部知っていたのか?」

「殺せよ金本……」

 男の恋人は人造人間だった。わたしはその修理工を務めているのだった。金本淳一は嫉妬深くて、しかも陰湿でもあった。自分以外の人間と、その人造人間がお喋りして楽しむのが我慢できないのだ。

 彼との話し合いを終えた。わたしは事務所に戻った。

 博士はまだ中年で、更年期とは無縁だ。人間にとって最高に精力的な年齢だった。

 最近では性交もできる人造人間の開発を進めていた。金本淳一のタイプはまだそれが果たせず、だから金本淳一も愛を確かめ合うことが難しかったのだと思う。

 ゲジゲジ博士に頼まれた品物を作業台に置いた。彼は無類のトマト好きだ。

「一ノ瀬くん、わたしはとんでも無い過ちをしたかもしれない」

「どうしたんですか?」と聞いた。

「すごい発明をしたんだが、これを世に出せば……」

 その時に、ゲジゲジ博士の女房が帰宅した。彼女は常に不機嫌だ。

 それは無理もない話ではある。研究費用の調達に昼夜問わずに働かせ、帰宅したら家事や育児、夕食の支度もしなければいけなかった。彼女はわたしの存在も疎ましく感じていた。ゲジゲジ博士との時間を邪魔する悪者の扱いだ。

 そして一方の博士も、清美夫人が研究所に帰宅したとなれば無口を貫いた。

 だが、彼のいいたいことも分かった。

 開発中の人造人間が世に出回ってしまえば、女の役目というのは終わりを告げることになる。愚痴も言わずに家事をこなし、嫌がる素振りも見せずに性交が果たせ、機械だから妊娠も気にせずに中に出し放題になるのだ。

 ゲジゲジ博士が、わたしに目の合図を送った。

 清美夫人の機嫌を取れという意味だ。嫌だったが、わたしは台所に向かった。

 買い出しの品物を冷蔵庫に放り込む夫人の背中に声をかけた。

「今日はいい天気ですね、清美さん」

「あらそう?」

「今度の人造人間はすごい品物ですよ、博士も絶賛しています」

「だけどあの人って、完成した人造人間をちっとも売りに出したがらないじゃないの。そのために、あたしはパートが辞めきれないし、パート先の店長のセクハラも最近では酷くなっているのよ!」

「パート先の店長がセクハラをするんですか?」と聞いた。

 清美夫人がすぐに不機嫌になった。

 彼女は同じことを二度も言わされるのが嫌いなのだ。

 その事実をゲジゲジ博士に伝えると、彼もまた不機嫌になった。

「あいつの色恋沙汰をおれに話すなよ」

「でも清美夫人は困っているようですよ」

「知ったことかね、一ノ瀬くん!」

 

 その夜に、金本からの電話が鳴った。元気が無さそうだった。

 理由を聞くと、彼は四回めに恋人を殺したそうだ。包丁で脳天を刺したと告白する。 

 わたしは手順を説明した。動揺した彼は代理店ではなくて、直接の製造元に電話をしてしまったのだった。もちろん、金本自身は電話の相手がわたしであることには気がついてない。笑わせる話だった。この嫉妬深く、陰湿な男は、自分の恋人である人造人間が道で誰かと会話をするたびに部屋に戻り、二人きりの時間になると刺して殺してしまうのだった。頭に異常があるとしか思えなかった。

「お客さま……」とわたしは腹を抱えて続けた。「この時間にこちらに電話をされても対応が出来かねるんです」

「だけどこの機能はどうにかならないのかな……」

「わたくし共の人造人間は、道で人間と会うたびに愛想よくするように回路が組まれているんですけど、その回路を遮断するとなると、すごく機嫌の悪い機械が出来あがるだけですよ」

「苛々するんだ、すごく……」

「回路を切ると誰にでも愛想が悪くなるんです」

「その部分が納得できないんだ。だって金を払うのはこっちなのに、金を払っていない野郎にまで話しかけたりするんだよ?」

 それはまあ理解できた。

「ですが、お客さま……」とやはり腹を抱えた。「ええ……まあ……」

 金本との会話を終えた。わたしは研究室に戻った。

 ゲジゲジ博士は最新式の人造人間の性交能力を試していた。彼女を犬の姿勢で犯しているところだった。目も当てられない光景だった。清美夫人の立場は無いも同然だ。

 彼の性交が終わってから、博士に金本の提案を続けた。

「知るか!」という答えが返ってきた。

「同感です、あいつは少し頭がおかしいんです」

「お前の友だちじゃないのか?」

「そうですけど、金を払って人造人間を買う人間なんかあいつしかいませんよ」

「他にはいないのか?」

「そりゃあまあ、性交ができるのなら別ですけどね……」

「できるよ」と彼は胸を張った。

 最新式の人造人間は悲しげに犬の姿勢を保っていた。ただそう見えただけなのかも知れないし、実際にそうだったのかもしれないが、機械には感情が無いので、博士が表情をそうプログラミングしただけなのだ。

「清美夫人は寝てしまいましたよ」と博士に伝えた。

「あいつは明日も朝から仕事があるからな」

「そろそろ彼女にも楽をさせてあげないと……」

「なんの、死ぬまで働いてもらうさ。女というのは外に出しておかないと、すぐに元気がなくなって手首を切ったりするからな!」 

 研究室を出てから、わたしは冷蔵庫を開けた。夕食の残りを食べるためだ。

 清美夫人が部屋から顔を出した。

「一ノ瀬くん、お話があるんだけど」

 わたしは最初、その声を聞かないふりでやり過ごした。彼女はしつこかった。

 とうとう振り返った。清美夫人はネグリジェの姿で耳を赤くしていた。それから幾晩にも渡って続く、わたしと夫人との不倫の始まりの最初の夜だった。

 まず彼女は人生の相談からして様子を探った。

「このままでは生きているとは言えないわ、一ノ瀬くん」

「誰だってそうですよ、実感なんてほんの一瞬の輝きのようなものです」

「あたしよりも年下のあなたに説教なんてされたくないわ」

「そんなつもりは無いですよ、清美さん」

「その清美さんってのをやめてくれない? 虫唾が走るときがあるの」

 随分と回りくどいやり方ではあった。その後でわたしと夫人とは性交した。

 

 最新式の人造人間の売り込みが始まった。代理店に持ち込み、担当の男に性器の具合とかコミュニケーション能力を試してもらった。愛撫は不要だったが、やたらとそれに時間をかける気持ちの悪い男で、わたしは別に用事あったのに、実際に彼がその人造人間の味を堪能したのは、プレゼンを始めてから二時間も経ってからのことだ。こちらの用事というのは家賃の振り込みや電気光熱費、携帯料金の振り込みなど、他人に迷惑を掛けないものだったからまだ良かったものの、こうも予定が狂わされたら腹も立ってくる。

「一ノ瀬さん、今度の機械はいいよ。素晴らしいよ」

「気に入ってもらえてこちらも感無量という感じです」

「さっそく売り込みを始めようと思うんだけど、一回した中古品を誰かが買ってくれるとも思えないな。割安でいいのならおれが買おうと思うんだけど」

「こちらは売れれば誰にでも売りますよ」

「少し安くできるかい?」

 その提案には乗れなかった。値段はすでにゲジゲジ博士と相談済みだったし、今では不倫相手となった清美夫人の負担を増やす訳にもいかない。収入のためだ。

 わたしは取り繕ってその案を拒否した。

「まだ出始めですし、値段はさげられないんです。売れなかったら考えるとして……」

「売れないよ、こんなの!」と男が人造人間の腹を擦った。「だって中にたっぷりと出したんだし、一度使われた穴は男ってもう使いたがらないだろう?」

「自動洗浄機能があるから大丈夫ですよ」

 それは本当だった。簡単な仕組みだ。人造人間の口には管があった。その管からホースで水を流せば、中の装置を濡らさずに洗うことが出来たのだ。

 男はとうとう納得してくれた。

 

 研究所に戻ると、ゲジゲジ博士が今度は欧風の人造人間の開発を始めているところだった。自分のパソコンを使ってポルノを見ていた。見慣れた光景だ。そうやって人体を研究しているのだ。時には本物の死体を使って特殊ゴム化させることもあったが、今ではもう使われていない過去の技術となっていた。 

 わたしは憤慨してゲジゲジ博士に言った。

「代理店のあの野郎はとんでもないやつでしたよ、博士」

「あいつのことは悪く言うなよ、まさか君は喧嘩なんてしていないだろうな」

「丁寧な対応を心がけてましたけどね」

「まあいいだろう、この家で不機嫌なのは清美だけで十分だ」

「その清美夫人ですけどね、最近は悩みごとが溜まっているようですよ」

 ゲジゲジ博士は不機嫌にポルノを見るだけだった。












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