5 忘れられかけているもの

 青年は蝶のモチーフが複数下がったウィンドチャイムを買っていった。

 聞こえてきた話では、別れた彼女が欲しがっていた物に似ているらしい。「なんだか急に懐かしくなって」と。


「一件落着、ですか?」


 ウィンドチャイムは買われたがってたものね。


「さあ。彼の探しているものはアレじゃないから」

「彼女の探してたものじゃないとダメですか?」


 旺汰さんはゆるく首を振って、口を閉じる。代わりに、レッテさんが口を開いた(ようだった)。


「違うのよぉ。彼が探してるのは、彼女。自覚してるのかはわからないけど、それはちょーっと無理な注文だからぁ。思い出に消化して、大事にしてくれるといいんだけど」

「ああ、そういう……人間は、無理ですよね」

「そうねぇ。みんなが求めているようなものは、基本この店にないから。この店にあるのは、忘れられかけているもの、よ」


 ちょん、と鼻の頭を突かれて、ふと疑問が湧く。


「忘れられたもの、ではないんですね?」


 んふふ、とレッテさんは怪しげに笑った。


「完全に忘れられたものは、消えちゃうのよ。あってもなくても同じものは、この世から無くなるの。世界のキャパは有限なのよ」

「え」

「だから、一度でも使われたり必要とされたものは未練を残しやすいの。たとえ、同じ道を辿るのだとしても買われたがるのよ。ひと月前、ここにあった木製のコースター、覚えてる?」


 指差された先には木を模したアクセサリーホルダーしかない。私は覚えてないと首を振る。


「消えてしまったものへのあやふやな記憶は、なかった方へ修正されるの。大事なものはちゃんと時々思い出してあげるのよ?」


 ふぅ、と小さく息をついたのは、旺汰さんだったのだろうか。女性の気配が薄くなって、日本人離れした瞳にじっと見下ろされる。


「レッテは商品と客の要望が判るんだ。完全に一致しなくても、妥協点を見つけて上手く接客する。レッテがいない時はその精度が落ちるから、同じ客がすぐまた来たりする」

「商売的にはそれでもいいんだけどぉ。違ったって言われて、数年後にまた店に戻ってきちゃう物はちょっと可哀想よね」


 去ったと思った気配が戻ってきて、同じ口から忙しなく言葉が続くと、まだ混乱する。二重人格みたいなもの、と思ってやり過ごそうとしてるんだけど、そう簡単に慣れるものでもない。どちらかというと、コントを見ていると思った方がいいのかもしれない。


「んふふ。ゆめちゃん、興味が湧いた? あなたの探し物、見つかるといいわねぇ」

「そういえば、私もお客、なんですよね。欲しいものは今、あんまりないんだけど……レッテさんには、わかる?」


 店の中をぐるりと見渡しても、すごく欲しい、という気にはならない。


「もちろん。でも、ゆめちゃんは、おーちゃんのお客のようだから。おーちゃんに任せるわ。何年かかっても構わないから、ゆっくり探してね」


 今度こそ遠のく女性の気配に、旺汰さんは額を抱えていた。


「……レッテさん、どこか行っちゃったんですか?」

「……いや。いる。奥に引っ込んでる感じ。いないのは月に一度か二度。主導権は向こうにあるから……その、おかしく思われるのは、解ってる。女子高生は……メイクとか、そういう道に進むのかい? やけに手際が良かった」

「そうでもないですよ。このくらいみんなやります。上手な友達が教えてくれたりするから……ん、でも、今日はちょっと面白かったかも。メイクで変えられる……旺汰さんは本当に変わっちゃってマジビビりしましたけど、そういうのにワクワクする自分もいるんだなって」


 ちょっと本気でその道を考えてもいいかなと思うくらいには、刺激があった。

 旺汰さんは首を傾げながら瞬く。


「そもそも、なんで俺にメイクをしようなんて。あんなに引いてたのに」

「引いたからですよ! もっとちゃんとしたら、化け物なんて言われずに綺麗なオネエになれるかもしれないじゃないですか! ただ、目指してるのが綺麗なオネエじゃないかもしれないから、あの日のお詫びを兼ねて……」


 懸念はちょっとだけ当たっていたということかもしれない。


「俺自身はオネエになりたいわけじゃないからな……それに、顔のパーツからしても、女顔じゃないし」

「でも、お肌は綺麗ですよね。技術を駆使したら、どうにかなるかも……と思わせるところが面白かった……の、かなぁ。あ、そうだ。今度レッテさんがいない時にもう一度試してみてもいいですか?」

「は?」


 見てわかるくらい身を引いて、旺汰さんは眉をしかめた。


「友達に頼めばいいだろ」

「友達はもうカワイイの基準が出来上がってて、あんまり冒険できないんですよ。レッテさんの顔と旺汰さんの顔じゃ似合う色も違うし、メンズメイクの勉強もしてきますから! あっ。写真! 写真撮らせてください! バーチャルで練習しておきます!」


 さっとカメラを立ち上げながらスマホを取り出す。有無を言わさず一枚撮ると、呆れ顔で旺汰さんは肩を落とした。


「……女子高生、パワフルが過ぎるだろう……」

「若さだけが取り柄です!」

「そう。若いんだから、新しいものに興味を持つといいよ。こういうところにあんまり居付くもんじゃない。でも、まあ、君が未来のために何かを手に入れられるのなら、しばらくは協力してもいい……かな。変な噂にならない程度にね」


 渋々と承諾してくれた旺汰さんは、今日はここまでとばかりに置いてあった荷物を私に押し付けた。

 帰れってことだろうなと理解して、ちょっとだけ上目遣いをしてみる。


「お昼過ぎてますね。旺汰さんも何か食べませんか?」

「化け物とランチしようっていう度胸は買うけど、行かない」

「リップも落として、着替えれば判りませんよ?」

「奢らない。女子高生はゴーホーム!」


 びっと出口を指差されて、ちぇっと舌を鳴らす。魂胆を見透かされていて、ちょっと悔しかった。大人は割と絆されてくれるんだけどな。


「じゃあ、また」

「来なくてもいいからな」


 聞こえないふりで出口で振り返ってぶんぶんと手を振れば、旺汰さんは躊躇いがちに小さく手を上げてくれた。




 静かになった店内。楽しそうな独り言が響く。


「かわいいわねぇ。久々に適性のあるヒトに会ったわね。おーちゃん、ワタシ、あの、欲しいかも。おーちゃんが売れたら、もらうことにしようかしら。……あらあらうふふ。おーちゃんはワタシが好きねぇ。大丈夫よ。心配しなくとも、求めるものがあれば、ドアは開くのだから」




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