化け物ショップのオネエさん
ながる
1 ギョルスルズ(また会いましょう)
きゃー! っと、黄色い声に続いて笑いを含んだ興味津々の質問が飛ぶ。
それでそれで。学校は? 年上? 誰似?
ちょっと待って、小腹も空いたしポテトでもつまみながらもっと詳しくぅ!
進んで止まって背中を押して、ファーストフード店の前まで着いたらスマホをチェックした。
「あー。ごめん。忘れてた。帰らなきゃだったよー」
「えー。なになに。ゆめっち帰っちゃうのー?」
「気になるから、明日聞かせてもらうー!」
「うんうん。それは、もちろん!」
「ほんと、残念! また明日ー!」
「ばいばーい」
一歩二歩、下がりながら手を振れば、手を振り返してくれたクラスメイト達は、すぐにまた別の学校の生徒に告白されたという彼女に向き直ってお店に入っていった。
くるりと背中を向けて、貼り付けていた笑顔を剥がす。静かに深く息を吐き出せば、自然と肩も下りた気がした。
肩が凝る。
みんなできゃーきゃー騒ぐのも楽しいのだけど、たまにこうして妙に疲れる。
本当は他人の恋路にそれほど興味が持てないのかもしれない。というか――
自分の恋心というものも一度も自覚したことがないのだから、上辺だけ合わせていれば疲れるのも当然なのかも。
特に用事はなかった。
家族から連絡が来たフリで時々こうして途中で抜ける。
一人になる時間にほっとするなんて、現代女子高生としてどうだろう。普通でいるのが疲れるなんて、やっぱりちょっとおかしいのだろうか。
少し向こうに同じ中学だったコが見えて、私は思わず横道に入り込んだ。今日はもう振りまく愛想は尽きたのだ。下手な言い訳も、世間話も、挨拶だってしたくない。
一メートル先を見つめて、ただ無心に足を動かしていたのだけど、ふと小さなショーウィンドウに飾られた、青と緑の色が目の端に入って立ち止まる。確かめるように振り向いて、ステンドグラスのような色付きガラスで覆われたランプ(ランプだと思う)に思わず吸い寄せられた。
何の店だろう。こういうものを置いている雑貨屋なんて、この辺りにあっただろうか?
モザイクガラス、だったかな。少し小ぶりのランタンタイプ。よく見ると傷があるので、中古かアンティークかもしれない。
イケメンを見た時より数段胸の高鳴りを感じながら、ショーウィンドウの奥を覗き込もうと目を凝らした。
店の中はLEDとは違うぼんやりとした明かりしかなく、目を凝らしても何が置いてあるのかはよくわからなかった。ただ、見えた明かりは、ショーウィンドウに飾られているのと同じようなモザイクガラスの吊り下げタイプのランプだと判る。
高いだろうか。高そうだな。
煌びやかなイメージに腰が引ける。でも。
もしかしたら、手ごろなものもあるかも。
壁にかかった看板にはアルファベットで店名が書かれているけれど、点々がついてたり尻尾がついているので英語ではないのだろう。
――Görüşürüz
ごるするず、でいいのかな?
小さく首を傾げながら、誘うように半分だけ開いているドアをゆっくりと潜る。
入ってまず目についたのは、アラジンと魔法のランプに出てきたような形のランプだった。使い込まれていて、こすったら魔人が出てきそうな気がする。同じようなランプが並んだ棚の横にはスプレーボトルにホースと器具をつけたようなものが並んでいた。ボトル部分が金属だったり、色ガラスだったり様々だけど、どれも欠けたり汚れたりしている。それらの後ろの壁には、カラフルな刺繍が施された布や、金の象の刺繍されたクッションも飾られていた。
ざっと見渡せば、エスニックな雑貨店、というのが一番しっくりくるだろうか。
一見小さそうな店構えだったけれど、中は奥に広く、ゆるりとカーブした木製の階段も二階へと伸びていた。今のところ、人の気配もない。
少々物騒だなと思いながらも、気兼ねなく品定めできそうでちょっとホッとした。外からも見えた吊り下げランプを目指して奥へと足を進める。赤やオレンジの暖色系、緑や青の寒色系、花の模様になっているもの、三つが連なっているもの。灯りが入っていないものもたくさん。
しばらく黙って眺めていたのだけれど、残念なことに、どこにも値札がない。売り物ではないのか……買う気のある人にだけ教えるシステムなのか……かといって、奥に声をかけて値段を聞くほど欲しいという訳でもない。
ぐるりと回り込んで、棚に置いてあるものを眺めながら出口へと戻っていく。なんだかわからない物も多いけど、眺めているだけで少し楽しい気分になった。
店の中央付近、ごちゃごちゃした一角。動物モチーフの下がっているウィンドチャイムがまとめて吊り下げられている下に、燭台やキャンドルホルダーが積み重なるようにして置いてあった。中にモザイクガラスのものもある。こちらなら、そう驚くほどの値段はしないかも。
顔を寄せて、丁寧に掘り出していく。重なっていたいくつかの小皿をどかせば、違う色のキャンドルホルダーも見えた。隣に、また別のも。
うっかり壊してはいけないと、集中していたのだろう。店の奥からのっそりと現れた人物に、私は全く気付かなかった。
「おい」
「えっ……あっ、きゃあ!」
突然かけられた低い声に驚いて、勢いよく上げた頭が、ウィンドチャイムを派手に鳴らした。耳元で聞こえる不協和音は小さなパニックを誘発して、手にしていたキャンドルホルダーがこぼれ落ちる。
あ、と思った時はもう遅かった。床に落ちて、モザイクガラスがさらに細かく砕けた音がした。
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