第29話 新たな展開、どうして…

 指が鳴る音が聞こえると、シュナの目が覚めた。


 目を開けると、そこには部屋の天井があった。


 部屋の大きな窓から見た空は赤く染まり始めている。そこで夕方になったことに気付いた。


 頭を倒すと、ミユウが使っていたベッドにアストリアが座っていた。


「おはようございます、という時間でもありませんよね」


「アストリア。ボク、眠っとたんじゃね……。あれ?ボク何しとったんじゃろ?」


 シュナの頭の中は白い霧がかかったように不鮮明であった。


 しかし、時間が経つにつれ、霧が晴れて数時間前の記憶がよみがえる。


「……ウは…」


「?」


「ミユウは今どこにおるんじゃ!」


 そういうと、シュナはベッドから体を起こしてドアに向かい走り出した。


 そこにはドアを押さえるようにもたれるサヤがいた。


「にぃにのところには行かせないよ。今のシュナさんには」


「そこを退いて!うちは、うちは!」


「私もシュナさんには手荒な真似はしたくはないのです」


 振り向くと、指を鳴らす準備をしたアストリアが迫ってきていた。


 観念したシュナは自分が寝ていたベッドに腰をかける。


 それを確認したアストリアは再びベッドに座り直す。


「それで結構ですよ。では、先ほどの件について話をしましょうね」


「は、はい……」




「先ほどミユウさんから説明をしていただきました。それによると、ベッドで寝ているシュナさんのしっぽをミユウさんが勝手に握ってしまった。獣人族には『しっぽを握られた異性と子どもを作らないといけない』という掟があり、それに従ってミユウさんと子作りをしようと襲いかかった。と、いことでよろしいですか?」


「うん。それでええよ。でも考え直したら、やり過ぎてしもうたと反省しとる」


「そうだよね。にぃにを襲うなんて信じられ……」


「どの口でおっしゃっているのですか?」


「うっ」


 サヤが口をはさむのをアストリアが一蹴する。


「そういえば、シュナさんのこと詳しく聞いていませんでした。シュナさんは私たちと出会う前に何をされていたのですか?」


 シュナはアストリアとシュナに今までの経緯を説明する。


「ミユウには伝えているんじゃが、うちは前に他の仲間たちと旅をしとったんよ。でも、つい最近その仲間たちとけんか別れしてしもうたんじゃ。そこまでは朝言うたよな」


「はい。しかし、なぜけんか別れしたのかはまだ聞いていませんでした」


「アストリアは知っとる?“獣人族は人々から偏見の目で見られとる”ということを」


 シュナが訊ねると、アストリアは「はい」と軽く頷く。


「前の仲間に言われたんよ。『お前の血には獣の血が混ざっている。野蛮で醜い一族』じゃと。ようけの人にいわれてきとったけど、仲間じゃと思っとったもんに言われたときはさすがにきつかったのう」


「そんなことがあったのですね」


「もしかしたら、ミユウとサヤのことを受け入れられたんは自分の境遇に重なったんかもしれん。じゃが、ほんまにミユウたちと一緒に旅をしたいという想いはほんもんなんよ。決して同情やない」


「それは十分に理解しているつもりですよ。ね?サヤさん?」


 アストリアの問いに答えるようにサヤが頷く。


 その姿を見るとシュナの頬に一筋の涙が流れる。


「ありがとう。シュナ、アストリア。けど、もうみんなと一緒におられんわ。あんな獣みたいな姿見られてしもうたんや。うちのことを軽蔑してしもうたじゃろ?」


 その言葉を聞くと、サヤがシュナの近くに近寄る。


「そんなことないよ!誓ったよね!うちらは仲間、あんなことでシュナさんを軽蔑するわけがない!」


「そうですよ。少し驚きましたが、決してシュナさんを軽蔑することはありません。きっとミユウさんも同じでしょう」


「ありがとう……」


 大粒の涙を流しながら何度も感謝の言葉を繰り返す。


「それにあれは完全にミユウさんのせいです。ですので、後でしっかりお詫びをさせますね」


「うん!楽しみに待っとるよ!」


「それと、もうミユウさんを襲わないでくださいね?」


「そ……それは……」


 シュナはアストリアの問いに答えられんかった。


 ミユウがアストリアの許嫁でシュナが手を出す筋合いはない。しかし、ミユウと子どもを作らなければいけない。


 ここではっきりと明言するわけには……


「シュナさん?誓っていただけますよね?目を背けないでください」


 アストリアは目線を反らすシュナの顔を両手で抑えて、無理やり目線を合わせる。


「う、う~」


 なかなか答えないシュナを疑うアストリアとサヤ。


「サヤさーん」


「うん!わかった!」


 アストリアの合図に応じてサヤに羽交い絞めされた。


「な、なんじゃ!さっきうちのこと仲間って言ってくれたやないか!」


「ええ。これから一緒に旅をするのですからシュナさんを信じたいのです。だから、どうしても誓っていただきたいのです。『もうミユウさんを襲わない』と」


 笑顔で両手をワキワキさせながら近づくアストリア。


「待って!お願いじゃけん!や、やめ……にゃあーーーーーーーー!」






 ---






 陽が沈むと下着姿で宿屋の前に晒されたミユウを、アストリアとサヤが迎えに来た。


「ミユウさん、反省されましたか?」


「うん…。本当に反省してる…」


 優しく訊ねるアストリアに、ミユウは伏せた顔をゆっくり上げて答える。


「まったく!寝てる女の子の体を無断で触るなんて、にぃには最低だよ!本当だったら死ぬまでくすぐり続けられても文句は言えないんだからね!」


「シュナには本当に申し訳ないことをしちゃった……」


 いつもならサヤの言葉に反抗するところが、今回ばかりは真摯に受け止めるしかなかった。


 そんな彼女の姿に拍子抜けしたのか、サヤはそれ以上ミユウを責めなかった。


「あの……シュナは?」


「1時間前に催眠を解いて、その後に私とサヤさんで話をしました。最初はいろいろと戸惑われていましたが、今は落ち着かれています。『もうミユウさんを襲わない』と誓わせ、誓っていただきましたので安心してください」


「うん。とりあえずよかったよ」


 ミユウは日中晒されていた間もシュナのことを心配していた。


 そのため、彼女が落ち着いていると聞いて、少し安心した。


「とりあえず部屋に戻りましょう。話はそこからです」


「そうだね」


 アストリアはミユウを椅子に縛る縄に向けて手をかざして縄に流した魔力を取り除く。そしてサヤが縄をほどいていく。


 解き放たれるて椅子から立つと、アストリアが部屋から持ってきた薄いシーツをまとい、シュナが待つ部屋に向かった。






 ---






 ミユウたちは部屋の前に立つ。


 部屋のベッドに手をかけたが、どうしても渋ってしまう。


 どうしてもシュナとどう会えばいいかがわからなかった。けど、しっかり謝らないといけない。


 ミユウは意を決し、2回ノックをした後にドアをゆっくり開ける。


 そこにはベッドの上にちょこんと座るシュナがいた。


 ドアの反対側に向いて座っているため、しっかりと顔を見ることができない。彼女の耳が折れ下がり、大きな黄金色のしっぽをベッドの上に倒していた。どう見ても落ち込んでいる。


「しゅ、しゅ、シュナ?」


 ミユウが話しかけると、それに答えるようにゆっくりと振り向く。


「ミユウ?帰ってき……え?何で下着姿なん?」


 ミユウ自身も忘れかけていたが、下着姿であった。


 その姿にシュナは違和感を持ったのだろう。


「えへへ。いろいろあってね…」


 照れくさそうに返事する。さすがにそこについては触れてほしくなかった。


 一つ咳払いをして空気を変える。


「そんなことより、あの、ごめんね。あたしが勝手にシュナのしっぽを握ってしまったために……」


「君も知らんかったんじゃろ?それやったら仕方ないわ。正直まだボクの中では整理がついとらんけど……」


「ご、ごめん……」




 気まずさの余りに会話が続かない。


 そんな兄を見かねたサヤはミユウの背中を押して促す。


「にぃに。わかってるよね?」


「ん~。もうわかったよ!」


 ミユウは自分の使っていたベッドの上に倒れて大の字になる。


「あたしも男だ!煮るなり焼くなり、シュナの気が晴れるようにして!」


「……ええん?君に何をしても」


「男に二言はないよ!」


「じゃあ、こしょこしょしても?」


「う……もう、覚悟は決まってる!やるなら思いっきりやって!」


「それじゃ、遠慮なく……」


 シュナはベッドから立ち上がり、ミユウの上に馬乗りになる。


「じゃあ、覚悟しいや」


 シュナの手がミユウの上半身に伸びる。


 しかし、シュナはミユウが予想していたものとは違う行動をした。


「う~!う~~~!」


 差し出した手で彼女の顔を固定して口づけをした。


「なななななな何をされているのですか!」


「シュナさん!約束が違うよ!」


 ふたりの口づけの光景にアストリアとシュナが動揺する。


 それに気づいたシュナは口を離す。


「ふん!ボクは襲っとらんけん、約束破っとらんもん!」


「「く~~!」」


「ミ~ユ~ウ~~~。ボクは君を逃がさんよ。絶対君との子どもを作って見せるけんね」


 呆気に取られているあたしの頬に、強引に自分の頬を擦り付けるシュナ。


 それを嫉妬の目で見るアストリアとサヤ。


「あたし、どうしていつもこうなっちゃうんだろ……」


 自分の女運を恨むミユウであった。

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