第28話 逃げられない掟、仕方なく…
ミユウの10日間にわたる放置責めが終了した。
拘束していた縄をサヤが難なくほどいていく。
「あれ?その縄、そんな簡単にほどけるの?張り紙には、あたしをくすぐらないとほどけないって書いてあったけど」
「うふふ。あれは嘘です」
「……嘘?!」
「はい。本当は10日後に縄の魔力がなくなれば簡単にほどけるようにしていたのです」
「何でそんな嘘を……」
「ミユウさんのことですから、偶然会われた方に縄をほどいてもらうよう頼まれると思ったのですよ。しかし、それではお仕置きにはなりませんので……」
「へ、へえ~。そうなんだ…」
ミユウはアストリアから真実を聞かされ苦笑いをする。
やはりミユウを解放する気はなかったのだ。つくづく恐ろしい女である。
「それ書いたのはあたしだよ」
「サヤが?!なんで?」
「こういう風に書いておけば、にぃにが一番困ると思ったんだよ。もしかして、シュナさんに本当にくすぐってもらった?あははは」
高笑いしながら縄をほどくサヤを睨む。
そんなことを思いつくとは、つくづく恐ろしい妹である。あとで死ぬほど脇腹をくすぐり続けてやる!
サヤが縄を解き終わるとミユウはゆっくりと体を起こす。
「う~。やっぱり自由なのがいいな」
数日間同じ体勢で居続けたせいで固まった体を背伸びをしてほぐしていく。同時に全身に縄の傷跡が赤黒く残っていたが徐々に消えていく。
その瞬間を見たシュナが驚く。
「え!なんで?あんな傷跡、そんな早く消えんはず。ミユウ、君一体……」
不覚だった。
ミユウはシュナに自分が不殺族であることを伝えていなかった。
「こ、これは、その……」
戸惑うミユウの肩にアストリアが手を置いて、あきらめたように首を横に振る。
「こうなっては仕方ありません。これから私たちと一緒に旅をされるのです。正直に伝えましょう」
「そうだね。シュナなら大丈夫だよね」
ミユウは気持ちを落ち着かせ、シュナに自分とサヤが不殺族であることを説明していく。
シュナは最初驚いてはいたが、話を進めるうちに事実を受け入れてくれた。
「10年間も拘束されとったんはそういうことじゃったんやね」
「黙っててごめん……」
「ええんよ。話せんのも当たり前じゃ。公国が不殺族を捕まえて、恐ろしい研究しよることは風の噂で聞いとったから。うん、わかった。ミユウのこともサヤのことも絶対に誰にも話さんよ」
「「シュナ(さん)!」」
ミユウとサヤは彼女に飛びついて涙を流しながら頬を擦り付ける。
敬遠されるものとばかり思っていたが、事情を理解してくれたことにミユウたちはことのほか嬉しかったのだ。
「じゃ、じゃけん、それするんはやめて~。こしょばい~」
4人は今後のことについて話し合うために円形に座る。
「私たちの旅の目的は、私とミユウさんの婚姻の儀式を行うためにミユウさん達の村に向かうことです。シュナさんの旅には何か目的があるのですか?」
「いや。ボクの村には一定の歳になると、見聞を広めるために旅に出る習慣があるんよ。じゃけん、今のところは特別な目的があるわけやない。あの~もしよければボクもその村についていってもええ?」
シュナが申し訳なさそうに尋ねる。
するとサヤが彼女の前に身を乗り出す。
「いいよ!いいに決まってるじゃん!あたしたちのことを受け入れてくれるシュナさんだったら、大歓迎だよ!ねえ?にぃに?」
「うん!ぜひ村に来てほしいな!」
「それでは決まりですね。それでは改めてよろしくお願いいたしますね」
「うん!」
---
ミユウたちはアストリアとサヤが滞在していた町“ニヤルク”に辿り着く。
“トーア”と比べれば規模は小さいが、それでも多くの店や宿が並ぶにぎやかな町だ。
泊まっていた宿に入り、部屋の前で立ち止まると、アストリアは神妙な表情で話を切り出した。
「部屋なのですが、この町には大きな宿がないらしく、最大2人が泊まれる部屋しかないそうです。幸いなことに2人部屋を2部屋用意することができましたが、どういう組み合わせで泊まりましょうか?」
アストリアとサヤがとっさにミユウを見つめる。二人ともミユウと泊まりたいという空気を醸し出している。
まず、口火を切ったのはアストリアだ。
「これはもちろん私がミユウさんと泊まるのが道理ではありませんか?なんたって、私はミユウさんの許嫁ですから」
「ま、待って!にぃにと泊まるのは妹であるあたし!姉妹水入らずで一緒になるのが当たり前でしょ」
「何が姉妹水入らずですか?息が荒いようですが、一体何を考えられているのやら」
「う!あ、あたしたちは姉妹だよ。やらしいことなんて考えてるわけ……」
「よだれが出てますよ。まったく、そのようなにやけたお顔でおっしゃられても信用できませんね」
顔を見合わせにらみ合うアストリアとサヤ。その姿を見て戸惑うミユウとシュナ。
言い争いに終わりを見いだせないと思ったアストリアはミユウに目線を変えて訊ねる。
「ミユウさんはどうされたいのですか~?もちろん私と泊まりますよね~?」
「え?」
ミユウを問い詰めるアストリアを見たサヤも負けずと問い詰める。
「にぃにはあたしと泊まりたいよね?」
「あはは。二人とも落ち着いてよ」
ミユウは制止をするが、二人の耳には届かない。
「私とですよね?」
「あたしとだよね?」
「「もし選ばなかったら……」」
「ひい~」
答えに迷うミユウに対し、二人は両手をワキワキさせながら近づく。
“トーア”でのアストリアとイリイナのことを思い出す。もし返答を間違えばくすぐり地獄は逃れられない。
逃げられないと思ったミユウは意を決して答える。
「あたしは……シュナと泊まるよ!」
「「「え?!」」」
思いもよらない第三者の名前が出てきて驚く二人。
しかし、一番驚いたのは当のシュナであった。
「な、何言いだすんじゃ!なんで寄りにもよってボクと……」
「そうですよ!そんなに私と一緒の部屋になるのが嫌なのですか?」
「それともシュナさんのことが好きになっちゃったの?」
ミユウの胸倉をつかみながら問いただす二人をなだめて答える。
「聞いてよ!アストリアとサヤ、どちらかを選んだらどちらかが悲しんじゃうでしょ?そんなのあたしには我慢できない。だから、あえて第三者であるシュナを選んだの。これだったら、二人とも安心できるでしょ?」
「まあ、サヤさんと一緒になられるよりは安心できますが……」
「でも、シュナさん脱ぎ癖があるんだよね?」
「「あっ」」
ミユウたちはシュナを見つめる。
実際にシュナは寝ぼけた拍子でミユウに全裸で襲いかかった前歴がある。それが今回でない保証は一切ない。
「ボクを露出狂みたいに見んといて!毎晩脱いどる訳やないんじゃ!今晩は大丈夫じゃ……たぶん」
自信なさげに答えるシュナ。
「少し不安はありますが、シュナさんを信じましょう」
「そうだよね。これが一番いいのかもしれないね」
不安要素を残しながらもアストリアとサヤは納得した。
大事にならずに済んだことで、ミユウは安心した。
「にぃに!かわいいからってシュナさんを襲っちゃだめだよ!」
「当たり前でしょ!自分の兄を何だと思っているの!」
「『エッチでかわいいお姉さん』だよ!」
「く~」
こうして、それぞれに分かれて各部屋に入っていった。
---
部屋に入ったミユウとシュナはそれぞれのベッドの上に荷物を置く。
「いや~。さっきは驚いた」
「驚かせてごめんね。けど、ああいうしか方法がなかったから…」
「わかっとるよ。それにボクももっと君と話したいと思っとったけん、ちょうどええ機会じゃ」
「ありがとう」
ミユウたちは少しの間話をした後に、一人ずつ共同のシャワーを浴びた。そして、部屋着に着替えてベッドの上に倒れこむ。
「まだ早いけど、なんだか疲れた。ボクは少し寝るわ」
「うん。アストリアたちが呼びに来たら起こすよ」
「よろしくな~」
そういうと、シュナは目を閉じて眠りにつく。
ふと寝ているシュナをベッドの上で眺める。
「改めてみると、あの耳としっぽかわいいな」
幼い丸顔と抜群のスタイルをもつシュナ。特に薄い部屋着を着ることにより、そのスタイルの良さが際立つ。
何より彼女には黄金色の犬の耳としっぽが生えており、一層彼女をかわいくしている。
そんな彼女に対して、ミユウの中にある感情が沸き上がった。
「かわいいな。気持ちよさそうだな。触ってみたいな」
シャワーを浴びた後の彼女の毛並みは小麦畑のようにきれいであった。
それを触りたいという感情をミユウは抑えることができなかった。
「寝ているなら、こっそり触ってもいいよね……」
ミユウは体を起こしてベッドをおり、音を立てないようにシュナに近づく。
そして、ゆっくり手を伸ばしてシュナの右耳を撫でた。
彼女の耳はフサフサで温かくて触り心地がいい。
「ん~、やめてや~。うちしょこ弱いんよ~」
寝言を言いながら体をよじらせるシュナに、ミユウは少しドキッとした。
「ここまで来たらしっぽも触りたいなぁ」
ミユウはシュナのしっぽに手を伸ばしてしっぽを優しくなでる。
長い毛並みがミユウの手のひらをくすぐる。思っていた以上にいい。数分間シュナのしっぽを触り続けていた。
すると、シュナがいきなり体を動かした。
驚いたミユウは誤ってしっぽを強く握ってしまう。
「ひゃう!な、何?!」
シュナが甲高い声を出し、驚くように目を覚ます。
「ごめん!間違って握っちゃった!」
「握ったって……え!もしかしてボクのしっぽ握ってしもうたん!」
「う、うん。なんだか気持ちよさそうだったから。……もしかしてまずかった?」
「何してくれとんよ!」
シュナは顔を真っ赤にしながら大きな声で叫んだ。
しっぽを背中の後ろに隠し、ミユウを険しい目つきで睨みつける。
「何でそんなに怒ってるの?」
「信じられん。ボク、どうすれば……」
最初怒っていたシュナであったが、息を整えて説明を開始する。
「実は獣人族が信じる宗教で、ある掟があるんよ」
「掟?」
「“同族以外の異性にしっぽを握られたら、その者との間に子を設けなければならない”っていう……」
「……え?」
あまりの事実に絶句する。もちろんミユウは初めて知ったことだ。
「で、でも、あたし今は女だから関係ないでしょ!」
「本当は男なんじゃろ?それじゃったら、この掟の対象じゃ」
「でも無視すればいいじゃん!幸い誰も見てないんだし……」
「そんなわけにはいかんのじゃ!この掟はゼリアス様に対する約束事で、誰かが見とる見とらんなんて関係ないんじゃ!」
シュナは赤くなる自分の顔を手で押さえる。
「ご、ごめん……」
彼女の反応で自分がどれだけひどいことをしてしまったか、ようやく理解した。
「もう、しょうがない……」
「シュ、シュナ?どうしたの?」
シュナは顔を押さえた両手を離し、その手でおもむろに着ていた部屋着を脱ぎ捨てる。
「な、何やってるの!」
「ミユウ!覚悟!」
叫びながらシュナはミユウに飛びつき、彼女をベッドの上に倒す。
「何するの!一回落ち着いて!」
「ミユウ。こうなったら、ボクは君と子を作らないけんのじゃ。覚悟しいや!」
「あたしは今女だってば!」
「そんなん関係ない!」
「めちゃくちゃな……」
シュナは暴れだすミユウの両手を押さえつけ、彼女に体を近づける。
このままでは大事な貞操が危ない。
「た、助けてーーーー!」
ミユウが大声で助けを求めると部屋のドアが開く。
そして、アストリアとサヤが飛び込んできた。
「ミユウさん!大丈夫ですか?」
「というか、シュナさん!何しているの!」
サヤはシュナを羽交い絞めして後ろに倒す。
「離せ!ボクはミユウと子を作らんといかんのじゃ!」
「何をおっしゃっているのですか?一回落ち着いてください!」
アストリアは羽交い絞めされたシュナの顔の前で指を鳴らす。
それと同時にシュナが一瞬で眠りにつく。
サヤは眠ったシュナを抱えて、彼女の荷物が置いてあるベッドに寝かせた。
一息つくと、アストリアは振り返った。
「では事情をお話ししていただけますか、ミユウさん?」
そこには、足音を出さないように部屋から出ようとしているミユウの姿があった。
「え?こ、これはですね……」
アストリアは右手で指を鳴らす。
すると、4本の鎖が出現してミユウの四肢を拘束する。そしてベッドの上に引き戻した。
大の字に拘束されたミユウの両脇にアストリアとサヤが身を乗り出す。
「うふふ。逃がしませんよ?」
「ちゃんとあたしたちが納得する説明をしてよね、にぃに」
両手をワキワキさせて迫りくる二人を見たミユウは観念し、シュナに襲われるまでの経緯を全て話した。
説明が終わると、アストリアとサヤはミユウを軽蔑するように見る。
「にぃにのエッチ……」
「仕方ないでしょ!二人もあのモフモフの毛並みを見たら触りたくなるに決まってる!」
逆ギレするミユウにアストリアはため息をつく。
「まったく反省されていませんね……」
「どうする?同じこと言えなくなるまでこちょこちょする?」
「いえ。他の方法にしましょう。ミユウさんにはシュナさんと同じ屈辱的な目に合ってもらいます」
アストリアはミユウとベッドの間に手を入れる。
「な、何を、や、やめて!」
「うふふ……」
アストリアの人差し指がミユウの背筋を優しくなぞる。
「ひゃん!」
ミユウは強烈なくすぐったさに気絶をしてしまった。
---
一時間後、ミユウが目を覚ますと宿屋の前にいた。
「う〜。寒いよ〜。恥ずかしいよ〜」
ミユウは両手両足と腰を椅子で固く縛られていた。彼女が着ていたのは下着だけ。
そして、首から紐で一枚の大きな木板がぶら下げられていた。そこにはサヤの手書きで『私は女の子を辱めた変態です』と大きく書かれていた。
「ミユウさんには日が沈むまでここにいてもらいます」
「にぃに、こんな所で下着姿なんて恥ずかしい〜。あたしだったら、『死んだほうがマシ』って思っちゃうよ〜」
「あたしもそうだよ……」
赤く染まるミユウの頬に涙が流れる。
「ちなみに縄に魔力を流しておきました」
「また?!」
「今回は以前のものと違います。私の許可なく無理矢理にほどこうとすると、ミユウさんが身につけている下着が消失してしまいます」
「……え?」
あまりに突拍子もない事実を聞かされ、ミユウの思考が止まる。
「あははは!そんなことになったら、にぃには本物の変態だ!」
「笑い事じゃないよ!そんな……」
自分が全裸で椅子に座っている状況を想像しただけで、全身が焼け石のように熱くなる。今すぐにでも顔を隠したいが、縛られているため不可能だ。
「まあ、そうならないように気をつけてくださいね。それではこれで失礼します」
アストリアとサヤは宿屋の中に入っていく。
道端には下着姿で椅子に縛られているミユウ一人残された。
この日、雲ひとつない晴天であったため、人通りが多い。
彼らは老若男女一人の例外なく彼女に目線を向ける。
それらに耐えられず、顔を一度も上げることができなかった。
「部屋に帰ったら、シュナに謝ろう……」
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