第6話 出発へ、なのに…

 部屋に日差しが差し込む。


 昨日と変わらず、青く晴れ渡った明るい朝の空だ。




「う~。よく眠れました」


 日差しの明るさに目を覚ましたアストリアは、体を起こし大きく背伸びをする。


「ミユウさん、朝ですよ。起きてくだ…あれ?もう起きているのですか?」


 アストリアが横で寝ているミユウを起こそうとした。


 しかし、彼女の目はすでに開いていた。


「あ……おはよう」


 ミユウは覇気なく朝の挨拶をする。


 アストリアは一晩寝て疲れが取れているはずなのに、元気がない彼女を不思議に思った。


「どうしたのですか?あっ、もしかして今日の旅立ちが楽しみで寝られなかったのですか?ミユウさんはまだまだ子供ですね。本当に仕方ないのですから」


「あはは、そんなところかな…」


 アストリアの見当違いな考察にミユウはガチガチの作り笑いで返す。


 ミユウが眠れなかったのは旅立ちが楽しみだったからではない。


 


 これは昨晩のことである。


 アストリアと添い寝をしていたミユウは、耳に息を吹きかけられ気絶してしまった。


 しかし、地獄はそれだけで終わりではなかった。


 抱きつくアストリアの手がミユウの脇腹を掴み、弱い部分を何度も細い指でツボ押し続けた。


 ミユウはくすぐったさで何度も目を覚ましてしまう。


「ミユウひゃんはわるいこでしゅね〜。おしおきで〜しゅ」


「いひひ、そ、そこは…だ、だめ~」


「ここがよわいのでしゅか〜。こ〜こ〜は〜?」


「いやはは、そんな、触り方、しな、いで〜」


「ほんと〜きゃわいい〜、だ〜いしゅきでしゅよ、ミユウひゃ〜ん」


 何度もアストリアの手を放そうとするが、力が入らない。


 その後、一晩中指でお腹や背中をなぞられたり、足で下半身をさすられたり、寝息を耳に吹きかけられたりとほぼ全身くすぐり責め状態になっていた。


 その上、アストリアの柔らかい女性らしい体があたしの中の男性的本能に精神攻撃を仕掛けてくる。


「しょんなミユウひゃんにはごほうびで〜しゅ。ぎゅ〜」


「ひゃあ~~~~!」


 まさに、地獄の一夜だった。






 ---






 結局ミユウは深い眠りにつくことができなかった。


 もう絶対にアストリアとは同じベッドで寝ない。


 そう決心を固めながら、昨日町で購入したものを新しく手に入れた荷物袋の中に詰め込んでいた。




 ある程度荷物が片付くと、二人はそれぞれの服を身にまとい始める。


 ミユウは昨日アストリアに買ってもらった服の中から動きやすいシャツと短パンを選んだ。


 アストリアは新しい紺色のワンピースを選んだ。


「そういえば、いつも紺色の服を着てるけど、好きなの?」


 出会って以来ずっと紺色の服を着ているアストリア。いくら紺色が好きだからといっても、さすがにおかしい。


 ミユウの問いかけると、アストリアは着ている服を見直した後にニコッとミユウに微笑み返す。


「これは体内で自分の魔力をより効率的に生成するためです。この色は魔力の生成を増長させる効果があるのですよ」


「へえ。魔術とか魔力とかまったく縁がなかったから、全然知らなかった」


「もちろん他の色の服も着ますが、これからの旅で何があるかわかりませんからね。十分に魔力を蓄えないといけません」


「なるほど」


「そ・れ・に……」


 アストリアはミユウの横に座り、ミユウの右頬を人差し指でつつく。


「すぐに私の前からいなくなってしまう誰かさんにお仕置きするためにも必要ですから」


「ひい!」


 アストリアの言葉に背筋が凍る。


「うふふ。冗談ですよ」


「そうだよね~」


 明るい表情で恐ろしいことをいうアストリアに恐怖する。


 本当に冗談であってほしい、とミユウは心から願うのであった。




 旅支度を終えると、二人は宿主に2泊分の宿泊料を精算した。


 年若い少女二人が旅に出ると聞き、宿主は「気を付けるんだぞ」と見送った。


 しかし、彼が心配することは起こらないだろう。


 なぜなら、無敵の体と怪力を持つ不殺族と、多くの魔術にたけている魔術族の二人だ。


 盗賊や獣なんて問題にもならないだろう。


 それよりもミユウの心配は今隣にいるアストリアだ。


 これから彼女は隣にいる少女に怯えながら旅をしなくてはならないのだろう。ミユウ自身もそう確信していた。






 ---






 にぎやかなアイトスの町を離れ、森の中の細い道をミユウとアストリアは歩いていた。


 向かうはミユウが生まれた村である。目的はミユウとアストリアの婚姻を正式に行うことである。


 村までの道を一切知らない。そこまでの経路を知っているのはアストリアだけだ。




「そういえば、ここから村まで大体どれだけかかるの?」


「そうですね。徒歩でしたら1年ぐらいはかかりますね」


「1年!そんなに遠いの?」


「ミユウさんが囚われていた要塞は公国と隣国との国境です。そして、ミユウさんの故郷は公国のほぼ中心に当たります。ですので距離も結構ありますし、それまでに様々な障害がありますのでそれぐらいは十分にかかるでしょう」


「じゃあ、アストリアは1年かけてあの要塞まで来たの?」


「いえ、ミユウさんがどこに連れていかれたかはっきりわかりませんでしたから、まず居場所を探すところから始めていました。3年ぐらいかかりましたかね」


「そんなにかかったんだ…。それなのにあの時あんな冷たい態度とっちゃってごめんね」


 ミユウはアストリアと再会したときに冷酷な態度をとってしまった。


 脱獄直後で余裕がなかったということもあったが、それでもミユウを3年間かけて探し、それからずっと待ってくれていたアストリアにひどいことをしてしまったとミユウ自身罪悪感を持っていた。


「大丈夫ですよ。愛する人のためなら、私の10年間なんて安いものです」


 アストリアは優しい笑顔で返事をする。そこにミユウに対する恨みは感じられない。


 ミユウはその笑顔に救われた。




「私もあの時は感情的になってしまってごめんなさい。挙句の果てにミユウさんを女の子の体にしてしまって、本当に申し訳なく思っているのですよ」


「それじゃあ、あたしの魔術印をすぐに……」


「それはダメです。消してしまったら、私からすぐに逃げてしまうでしょ?」


「ですよね~」


 答えはわかっていたが、即答されると落ち込む。




「しかし、女の子になっていいこともあると思いますよ?」


 アストリアは足を止めて、ミユウの顔を覗き込む。


「どういうこと?」


「もし男性のままでしたら公国側の追っ手に日々怯えながら過ごさないといけなかったのですよ。もしかしたら、もうすでに捕まっていたかもしれません」


「あっ!確かにそうだ」


 さすがの追っ手もミユウが女体化してるなんて夢にも思わないだろう。


 こう考えると、女体化したのも都合がいいかもしれない。


「けど、もしあたしの正体がばれて捕まったら、今度は徹底的にくすぐり責めにされるだろうな」


 その姿を想像するだけで身の毛がよだつ。


「そうならないためにも、日ごろの言動には気をつけましょうね」


 自分の現状の危うさを再確認し、気を引き締めるミユウであった。


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