第5話 旅支度、だから…

 窓からの暖かな日差しでアストリアが目を覚ます。


 昨日は長い距離を往復した上に買い出しのために町を歩き回ったせいでだいぶ疲れていた。


 そのおかげか深く睡眠をとることができ、昨日の疲れを癒すことができた。


 また、彼女の許嫁であり、想い人でもあるミユウと同じ部屋で寝ることができたことも、アストリアの癒しの一因になったのだろう。


 隣のベッドで寝ているミユウはかぶっていたシーツや薄い水色の薄着を乱して、子供のように無邪気な寝顔をしている。


 姿は大きく変わった、自分が待ち焦がれた将来の伴侶の姿をしばらくうっとりと眺めていた。




 そのまま彼女を眺めていたいが、そういう訳にもいかない。


 今日この町でやらなければならないことはたくさんある。


 彼女の衣類や生活用品などをそろえなければならないのだ。


 早く町に出かけないと、明日の出発に間に合わなくなるだろう。




 アストリアは心を鬼にして、ミユウを起こしにかかる。


「ミユウさん、起きてください!朝ですよ!」


 ミユウの肩を揺さぶり、声をかけてみる。


 しかし、ミユウはアストリアの手を払い、蹴とばされたシーツを掴んで身に包ませる。


「う~。もう、その責めには、慣れてきた、むにゃむにゃ…」


 後遺症というべきなのか、ミユウは拷問を受けている夢を見る。


「一体どのような夢を見ているのですか?起きないとくすぐり責めにしますよ!」


「うふふ~。何をされたって、あたしには効かないよ……」


「そうですか。それでしたら試してみますか?」


 しびれを切らしたアストリアは右手で指を鳴らす。


 それと同時にミユウの体の上にティークが召喚される。


 ティークはミユウの無防備な両脇の下に巻き付き、くすぐり始める。


「あはははははは!」


 強烈なくすぐったさに襲われたミユウは、目覚めて早々大声で笑い悶えた。


「待って!脇は、脇はダメ、あははははははは!」


 ミユウが目覚めたことを確認したアストリアはティークにくすぐりをやめるように指示を出した。




 ミユウはベッドの上で何度も大きく呼吸をして、息を整えていた。


「はあ、はあ、朝から、何するの?」


「ミユウさんがおっしゃたんじゃないですか?自分にはどんな責めも効かないって。寝言で」


「寝言でいったことを真に受けないでよ!」


「はいはい。ごめんなさい。でも、なかなか起きないミユウさんが悪いんですよ」


 アストリアがもう一度指を鳴らすとティークは水色の薄い布となり、ミユウの体を包み込む。


「こんな起こし方されるの初めて。目覚めて早々体力奪われちゃったよ」


「自業自得です。そんなことより早く起きてください。今日は朝から買い出しに行きます」


「買い出し?」


「はい。これから長旅になりますので、いろいろと準備しないと。それにミユウさんの下着や服も買わないといけないでしょ?」


「そういえば、この服はティークが変化したものだっけ?」


「そうですよ。ティークちゃんを現界させたままだと結構魔力の消耗が激しいですから」


「なるほどね。それだったらもう召喚しなくてもいいんだけどなあ」


「このまま寝ていたいというのであれば、止めは致しません。しかし、ティークさんのくすぐりマッサージがセットでついて来ますが」


「ひい!」


 ミユウは体を守るように自分の体を抱きしめる。


 朝から二回も続けてくすぐられたら、たまったもんじゃない。


「うふふ。嫌なら支度してくださいね」


「はーい」


 ミユウは観念して、顔を洗いに洗面所に行く。






 ーーー






 宿に荷物を預け、ミユウとアストリアと町へ繰り出す。


 昨日と相変わらず、アイトスの町は人や物で活気に満ちていた。


 この町には多種多様な店が所狭しと建ち並んでいた。衣服店だけでも10件以上は軽くある。




「昨日、ミユウさんが寝ている間にあなたに似合う服を見つけたのですよ。さあ、こちらです」


「ちょっと引っ張らないでよ」


 アストリアに服を掴まれるまま、町を連れまわされるミユウ。


 その姿を第三者が見れば、仲のいい女友だちとみられるだろう。


 これまで味わうことのなかった日常を今になって体験することができている。


 まんざらでもないな。むしろいいかもしれない。




 まずは、アストリアにつれられるまま洋服店に入った。


 もちろん女性ものを着る機会がなかったため、ミユウには何がいいかまったくわからない。


 ミユウはアストリアが見繕った洋服の中から動きやすいものを五着選んで、それを購入した。




 次に、下着を買いに行く。


 これまたミユウには無縁だったものだったからまったくわからない。


 またアストリアに選んでもらうのだが、見るからに過激なものを勧められたため、無難そうなものを適当に10セット選んだ。




 その後、靴や荷物入れなど旅用品を次々と揃えていく。


 一通りの買い物を終えたころには昼を過ぎ、日が傾き始めていた。


 苦しい時間の時と比べて、楽しい時間が過ぎるのは早いものだ。


 二人は少し遅めの昼食を軽く済ませて宿に戻ることにした。






 ---






「あー、もう疲れた!」


 ミユウは買ったものを机の上に置くと自分のベッドの上に倒れこむ。


 この柔らかい感覚は何度味わっても飽きさせないものだ。


「今日はいっぱい歩きましたからね」


 アストリアが隣のベッドに腰掛ける。


 ミユウと違い、座る姿からも彼女の上品さがにじみ出てわかる。


「どうですか?いい気分転換になったと思いますよ」


「うん。とても楽しかったよ」


 彩のなかった10年間の記憶を色鮮やかな半日が忘れさせた。


「それはよかったです。これからは過去のことは忘れて私との将来のことだけ考えましょう」


「あはは。そうだね…」


 明るい将来を夢見るアストリアに対し、ミユウは不安しかない将来を思い覇気のない返事をする。


「なんですか?その反応は。何か不満があるとでも?」


 彼女の返事に対して不満そうにアストリアが尋ねる。


「ま、まさか!そんなわけ……ないでしょ」


 ミユウは必死に否定したが、アストリアの目を見ながら答えることはできなかった。


「何ですか、その間は?今回は信じてあげますけど。さて、明日は出発ですし、しっかり体を休めましょう」


「そうだよ!そうしよう!」




 二人は交互に宿の浴室で汗を流し、ミユウは身体が温かい間にのベッドの中に入る。


「ミユウさん、お願いがあります」


 アストリアが自分の髪を櫛で整えながら、声をかける。


「何?」


「一緒のベッドで寝ませんか?」


 彼女の突然の予想外の提案にミユウは動揺してしまった。


 これまで家族以外の女性と同じ寝具で寝たことはない。もし一緒に寝るとしたら……。


 頭の中で桃色の想像をしてしまったミユウの顔がポッと赤く染まる。


「やっと一緒になれたのですよ。もっとミユウさんのことを感じていたいのです」


「そんなこと言われても……」


「昨日はミユウさんが気絶されたのでできませんでしたが、今晩はどうしても一緒に寝たいのです」


 一体誰のせいで気絶したと思ってるのか?


「ダメ…ですか?」


 アストリアは櫛を机の上に置いて、寝ているミユウの顔の前に自分の顔を近づける。


 目を潤ませてながらもの欲しそうに迫るアストリア。


 そんな少女の表情を見せられて、断る男はいない。


「わかったよ!でも、変なことしないでよ?」


「本当ですか?うれしいです!」


 ミユウの返事を聞くと、アストリアはすぐにミユウのベッドのシーツの中に潜り込む。


「うっ!」


 一人用のベッドだから二人で横になるとどうしても密着する。


「もうちょっと離れて。これじゃ眠れないよ」


「仕方ないではないですか。こうしないと落ちてしまいますよ」


 そういいながら、アストリアはミユウの体に力強く抱き着く。


 洗いたての髪の香りが鼻をくすぐり、彼女の柔らかい全身の感覚がミユウを襲う。


 自分の中の男の部分が今にも爆発してしまいそうだったが、それを強い精神力と理性で抑え込んでいた。


「それでは、おやすみなさい」


「ひゃん!」


 アストリアがミユウの耳元であいさつを囁くと、魔術印によって敏感となった彼女の体が反応する。


 ミユウはいきなりの耳責めで気絶し、そのまま眠りについた。

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