異世界でも国家資格は通用するようです

かぼちゃ

ようこそケモナーランドへ

えっ? ウシは?

第1話 ウシな気分だったんですけど!

 小学四年生の時、観光牧場に遠足へ行ったことがあった。


 その観光牧場には色々な種類の動物がいて、あの頃はそれだけで喜んでいた。

 今にして思えばカピバラやヌートリアなんかは、客寄せのために飼っていたのだろうが、牧場と銘打っている以上、家畜を飼うべきだろう。


 そんなことを言っても、当時の僕はあのゴワゴワの身体を喜んで触っていたけど……。


 しかし、たくさんいた動物たちの中でも、僕が特に心惹かれたのはウシだった。


 初めて間近で見るその身体の大きさに興奮した。

 優し気なつぶらな瞳にいつまでも魅入った。

 乳搾り体験で初めてウシに触れた時には将来の夢が決まった。


 ラーメン屋の大将だったのがウシに変更され、そして確定した。

 その日からはとにかくウシ、ウシ、ウシの毎日だった。

 

 寝間着はウシ柄になった。

 部屋に飾っていたアニメのフィギュアはウシの置物に変わった。

 嫌いだったはずのチーズと牛乳も大好物になった。

 

 とにかく、ウシに関わる全てを僕は好きになった。


 そんな調子だったから、中学を卒業して進学した高校は、電車で片道一時間半の農業高校だったし、大学は農業大学へ。

 

 畜産エリートとして完璧な経歴を歩み、将来の夢であるウシへと着々と近づいた。


 そして小学四年生の頃に抱いた夢を、足掛け十余年の歳月経てとうとう叶えようという朝——


「ここはどこなんだよ……」


 僕は、大草原にいた。


 間違いなく自室のベッドで眠ったはずなのに、目が覚めたらこれだ。


 まるでテレビ番組のドッキリ企画か何かのよう。

 これでこの大草原に小さな家でもポツンと建っていれば、何かのジョークかなと鼻で笑えたのだが、地平線の彼方まで、見渡す限り青草の大草原。


 目に入るのは草の青と、空の青以外は何もない。

 カメラを持っている人も、『大成功』の看板を持っている人も、誰も居ない。


 考えてみれば、学生生活をウシに捧げた僕である。友達と呼べるような人なんて一人もいなかった。周りのクラスメイト達はいつも僕のことを変人扱いして、先生すら僕を奇異の目で見ていた。


 ドッキリをしかけてくれるような人は僕の周りには誰もいない。


 じゃあ、これはなんなのか。


 大自然で真っ先に連想するのは、日本の農業の本丸である北海道であり、たしかに就職先は北海道にしようかと悩んだりもした。

 けれど、どうやって寝ている間に北海道に来てしまうのか。

 それ以前に、ここが本当に日本なのかという疑問が湧いてくる。

 

 辺り一面に生えている青草は見たことのない種類ばかりで、分かる種類が1つもない。

 そりゃあ、特別野草に詳しいという訳ではないし、知っている野草と知らない野草、どちらが多いかといえば断然知らない方が多いだろう。

 それでも大多数の人よりは格段に詳しい自負はある。だってウシが食べるから。


 それなのに、知らない野草しかないというのはどういうことなのか。

 

 それはもう日本ではないという証明ではないか?

 

 もちろん新しい外来種という可能性もなくはないが、そうなるとかえって日本であって欲しくないというのが正直なところだ。

 

 どこまでも続く外来種の群生地とか、もうwwじゃないか。

 いったい環境省は何をしているのかという話になってくる。

 これが日本だったなら、真っ先に庁舎へと特攻を仕掛けて「税金泥棒」と叫ぶ義務が発生してしまう。


 まあ、十中八九日本ではないだろうけど——そんな気がしてる。


 この際、どうしてこんなことになっているのかは後回しだ。グダグダ考えてもきりがないし、連絡の取れる場所を探さないことには、僕の夢のウシライフが無に帰してしまいかねないから。


 とにかく動きださなければ始まらない。


 どっちに向かって歩いたらいいかなんて分かるわけもなく、とりあえず風下に向かって前進。


 気候からしてヨーロッパのように思うが、歩いても歩いても、どこまでも大草原。


 自分の置かれている状況は相も変わらず訳が分からないが、こんな所で牛を飼うことができたらきっと楽しいだろうなと、ついつい考えてしまう。


 ペーターはこんな気持ちだったのだろうか。彼が世話していたのはウシではなくてヒツジだったけど——いや、ヤギだっけ? まぁ、どっちでもいいけど、こんな所で生活していたら、そりゃクララもついつい立ち上がってしまうだろう。




 しかし歩いていて思ったが、いくら気持ちのいい草原とはいえ、果てしなく続いていると砂漠にいるのと変わらない。


 心地よく吹いていた風は、日が傾くにしたがってだんだんと肌寒くなってきた。

 連絡を取る以前に、今晩をどう明かすかという心配をしなければいけない。


 このまま気温が下がっていって、野ざらしで夜明かしなんてしたら、明日の朝日は拝めないなんてことになってしまいかねない。


 歩いていればどうにかなるだろうと考えていたが、正直安直過ぎた。この状況はズバリ遭難ではないだろうか。

 そして今更ではあるが、水と食料の問題が深刻だ。特に水。


 気温が高くはないから気になっていなかったが、身体に水分が足りていないことを実感を通り越して体感している。

 川でなくても、せめて野生動物の水飲み場がどこかにあってくれたらいいのだが、これだけ歩いていてもそれすら一つも見当たらない。

 今なら病気も大腸菌も何も気にせず、そのまま口を付けてグイグイ飲めるぐらいに水を求めているというのに。


 ところがよくよく思い返してみると、水場もそうだが、今まで野生の生物の姿も一度も見かけていない。日本では街中にだってタヌキが出るというのに、これだけ自然が溢れかえっていて見かけないというのも不思議な話だ。


 あまりにも不思議な話だが、これを見かけないのではなく、そもそもいないと考えると合点がいく。


 どうしていないのか——そりゃ水が無いから。


 つまり野生動物も棲めない環境という、恐ろしい仮説が立ってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る