いまさら遅い後悔も。強面ギャルの呼び出しも、失言も。

 あーーーーっっっっ!


 完全にやらかした! 


 人生終了!


 ここまで前野拓也の人生を応援してくださりありがとうございました。前野拓也の来世にご期待ください。


 ――そんな、頭のネジが吹っ飛んだようなハイテンションに、僕は陥っていた。


 もう、きのうの話ではあるが。


 さすがに、きのうはどうかしていた。


 篠崎茜、ひとり暮らしの僕の家に来る。それだけでも充分ビッグイベントだ。来てからはゲームをして、汗だくの服を洗濯し、ポッキーゲームに勤しみ、押し倒される。


 一日の出来事か? 他人から、「こんなことあって」といわれたら、確実に創作を疑うレベルだ。


 しかし、事実はなんたらより奇なり。これが事実なのだ。


 あれだけエンジンを急速にかけたあかねさんも、絶対後悔しているはずだ。そうじゃなきゃ、僕の女性への認識が歪む。


 いや、もともと歪んでいた、というべきか。


 三人ものヤンデレを生み出した、自動ヤンデレ生成機たる僕に、一般的に正しいとされる女性への認識など、皆無に決まっているだろう。


 ともかく、きのうは叫びまくった。もちろんクッションに。だが、あまりに叫んだせいか、隣の人から壁ドンされた。


 よくよく考えると、隣の人に僕らのいちゃいちゃは筒抜けだったか? 


 恐ろしいので、僕は考えるのをやめた。


 食事なんてほとんど味がしなかったし、食欲もわかなかった。ここ最近の、鮮烈な記憶が鮮明なイメージをともない、頭から離れなかった。


 思い出して興奮してもおかしくなかったが、それよりも罪悪感だ。負の感情でいっぱいだった。




「……以上でホームルームは終了だ」


 気がつくと、登校してホームルームが終わっていた。朝食以降の記憶が薄い。


 いつものルーティンを、体は覚えている。それに従って体が動いていたのだ。やはり僕は機械なのか。


 宮崎は休みだった。他のクラスメイトとも話すが、いまは誰とも話せなかった。


 そうそう、あかねさんはどこにいる? あんなことがあって、すこしは動揺しているんじゃ?


「ねー、ほんとやばいよね」

「あかしーもわかってくれてよかったー」

「最低だよ、そんなやつ。痛い目に合わせちゃえ」


 女友達と、いつも通りおしゃべりしていた。動揺などかけらもない。


 きのうのことなど、すべて記憶から抹消でもしたのか? 


 そうじゃなきゃ、ふつうに行動できないだろうに。


 ……そう考えるのは、僕が幼いからだろうか。


 すくなくとも表向きは、気丈に振る舞う。いやなことがあっても軽く流す。


 大人な対応、とでもいおうか。陽キャ歴が長いであろう篠崎さんは、処世術もきっと弁えている。


 まあ、ある意味これでよかった。下手に様子がおかしければ、あかねさんが追及されかねない。


 僕がいまやるべきなのは、近いうちに謝ることだ。熱くなりすぎて、雰囲気に流されて、過激な行動に出てしまったのだから。




 授業は本当にあっという間に終わった。


 なにせ、頭になんにも入ってこないのだ。一度注意されたが、口は半開き、アホみたいな顔して虚無心に沈んでいた。


 対するあかねさんは、授業中もいつも通り。さすがである。


 帰りのホームルームが終わり、篠崎に直接謝るタイミングを見計ろうかと悩んでいたとき。


「ねえ、あんた」


 人がまばらになった教室。話しかけてきたのは、女子。


「僕ですか」

「とぼけちゃって。あんたしかいないでしょ?」

「相海さんが、僕になにか用件ですか」


 相海あいみ真依まい


 ピンクに髪をしている、昔ながらのヤンキー系。ギャルという方が正しいか。


 あかねさんの友人であり、「あかしー」とあかねさんのことを呼んでいた人である。


 ちょっとキツそうな見た目をしているが、あかねさんとうまくやっているので、根はいい人なのだろう。悪い噂も聞かないし。


「最近、あかねのことチラチラ見てない?」

「僕が、ですか」


 いわれて見ればそうかもしれない。


 篠崎茜、という存在が、単なるかわいいクラスメイトから親しい友人となり。


 出かけたりなんなりで、親近感も湧き。これまでよりかは意識し始めているのは確かである。


「誤解されますよね、以後気をつけます」

「そういうことじゃ、ねえ」


 ドン、と机を強く叩く。いまの時代はパワハラだ! 


 正直怖い。ドスの効いた声に、若干残っているクラスメイトの目線も、相海さんに釘付けだった。


「チッ……ここじゃ埒が明かねえ。あんた、体育館裏に来い」

「体育館裏」

「ごちゃごちゃ抜かすな、ちゃっちゃっと来い!」

「はい!!」

「来なかったらただじゃおかないんだかんな!?」


 ギャルの呼び出し、体育館裏。


 ガチじゃん。ボッコボコに締められるやつじゃん。


 渋々ながら、僕はいうことを聞くしかなかった。




「それで、こんなことをする真意はなんです」

「あんた、あかしーになにした」


 友人の勘、というやつか。僕とあかねさんとの関係を、見抜かれているのか。


「なぜそんな話に」

「最近、あかしーの様子が変だ。表面上は同じだが、いつもと違う。やけにお前のことを意識してる」


 僕ほど露骨ではないが、ちょっとした目線だったり。


 異性に関する話題が、いつもより多かったり。


 恋した乙女の瞳になっていたり。


「あんたが、あんまパッとしないあんたが、あかしーのことを……!!」


 近くにあった壁を、回し蹴り。怒りマックスだ。恐ろしくてすぐ目を閉じてしまった。


「僕に対する嫉妬、ですか」

「じゃあ、あかしーと関係があると認めるんだな?」

「あっ……」

「ほんとはさ、あかしーは目線なんて送ってないし、あとのふたつもブラフってやつ。まんまと吐いてくれた」


 あっ、これって詰んでる?


「いや、これはあのですね」

「問答無用。一発わからせてやらねえと、この女たらしには」

「許してください、暴力だけはやめてください。なんでもしますからっ!」


 その言葉を聞いて、相海さんはニヤリと笑った。


「失敗ってのは、繰り返したときが失敗なんだわ」


 なんでもしますから。


 もっとも恐ろしい言葉を、軽々しく吐いてしまった。

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