キスの異能と思い出す過去。自販機の炭酸はうまい。
さきほどは篠崎のことを反射で拒絶してしまった。やはり異能力で失敗したトラウマは根深いらしい。
僕――
発覚したのは五年前。中学生の頃。まだ純粋無垢で、心が荒んでいなかった時期のことで……。
それを含め、三回もキス関連のハプニングを経験した。いまから順を追って見てみよう。
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【Case1】 幼馴染
「危ない!」
中学から下校する最中に起きた、ささやかな事件だった。
小学校からの習慣で、僕は女の子の幼馴染と一緒に帰っていた。名前は浅葉といった。元気いっぱいで、同性の親友のような親近感を持っていた。
「ねぇ、ちょっと家まで競争しようよ」
「えー、小学生みたいじゃん」
「たっくんは精神年齢小学生だからいいでしょ」
「なら浅葉は幼稚園児か」
「調子乗らないの。ほら、いくよっ!」
気持ちが舞い上がっていたのだろうか、前触れもなく浅葉は走り出した。
「おいおい、いきなり走るなって!」
後を追いかけ、自然と手が伸びた。手が届き、腕を掴めたのはいいが。
「きゃっ」
浅葉はバランスを崩し、転んだ。
そして――僕と浅葉の唇が重なった。
あまりにも突然の出来事。互いに状況を理解できず、しばし沈黙が走った。
ふと正気に戻ると、僕は浅葉の劇的な変化に気づいた。
「たっくん……ねぇ、なんなのこれ……」
幼馴染の瞳からハイライトが消えていた。心なしか吐息が乱れている。
そしてなにより、浅葉は「悪魔の笑み」を浮かべたのである。
「ごめん、いまのは事故だった! きょうのことは忘れてくれ!」
「忘れられないよ。だって、ようやくたっくんが積極的になってくれたんだもん……」
覆水盆に返らず。それから、浅葉のヤンデレっぷりが加速してしまった。浅葉の気持ちはビッグバンのごとき大爆発を起こしていた……。
幼馴染ストーリーのオチ。
それからどうにか適切な距離の取り方に気を配って対策をした。それに、男女でグループが分かれたのもあり、浅葉とはやや疎遠になったのだった。
僕が異能力を持っていると確信したのは、またハプニングで別の女子と思いがけずキスをしてしまったときだ……。
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【Case2】 転校生
次なる被害者は転校生だった。芹澤という奴だった。
転校生は中学二年生の冬に僕のクラスにあてがわれた。表情の変化が乏しく、感情を読み取りにくい女の子だった。
「拓也君、元気?」「ねえ、見てる?」「私はいつでも拓也君の味方だよ」「返事してよ」……。
通知が鳴り止まないという地獄。溜まり続ける着信履歴、ブロックしても新たな番号で連絡を試みる。
そんなヤンデレを産んでしまった。
このときはさらに大変だった。連絡が止まらない。精神が擦り切れて、下手をすると気を病んでいたかもしれない。
うまいこと回避し、距離を取ってやると、次第に彼女の暴走はおさまった。毅然とした対応がキーだったのかもしれない。
疲労感はトップクラスだと思う。
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【Case3】妹
最後は妹だった。同じ屋根の下で暮らす、逃れられぬ存在。
こちらも上記の二例と大筋は変わらない。要約すると、家で戯れていたら、ラッキースケベした。以上だ。
幼馴染や妹と違うのは、逃げ場がないということ。
連絡先をブロックしたり、学校で話さないよう会わないよう、息を潜めたりと対策の仕様がある。
が、妹とは家族として同居している以上、遭遇しないわけにはいかない。いつもの絡みよりスキンシップがやや増えたが、熱烈さに欠けた。
どちらかというと、じわじわとメンタルを削られていく感覚があった。
ついにそんな
自宅から登校せずにひとり暮らしをしているのは、当然のことながら、妹から距離を置くためである。
あえて家から登校するには遠過ぎる場所を選んだので、ひとり暮らし以外の選択肢はなかったのだが。
幼馴染、転校生、妹。
三つの実例を受けて、帰納法的に「僕はキスの異能を持っている」という、非現実的な結論に至ったわけだ。
天使だとか喋る動物とかに、「君は異能持ちさ!」なんて宣告されたわけではない。あくまで「能力がある」という予想でしかないわけで。
いずれにせよ、キスのことは忘れたかった。
愛される喜び、それをはるかに上回る恐怖と絶望が両手を組んで僕を苦しめた過去の象徴だからだ。
教室を出る。近くの自販機で炭酸を買い、喉を潤した。リフレッシュを求めていたのだ。
「……これだよこれ」
突き抜ける爽快感が喉を焼く。一気に飲み干し、近くのゴミ箱に投げ入れる。
しかし、篠崎が僕の過去を知っていたかもしれない、というのは薄寒い。
せっかく過去の人間関係を泣く泣く清算して、誰とも接点を持たぬ地域に来たというのに。
僕の冴えた戦略が不意になっては馬鹿らしいというもの。今後も篠崎には要注意だ。
クラスでの様子を見る限り、篠崎は明るい。まさにキラキラ女子高校生。
カフェで流行りのドリンクを買い、友達とのツーショットをSNSにあげるタイプ。そんな偏見がある。人生を全力で楽しんでいそうだ。
そんな彼女がなぜ、僕とのキスを望んだのか。謎だ。しばらくは様子見に徹するまでだ。
「おっ、前野じゃん」
「宮崎!」
友人の宮崎である。
「なんだなんだ、珍しくアンニュイな顔しちゃってさ〜」
頬っぺたをツンツンしてくる。異性じゃないと嬉しくないやつである。軽く宮崎の手を振り払う。
「あれだ、憂鬱度が今月の最大値を更新したんだよ」
「そんなに俺と会うのが嫌って?」
「別件だ。トラウマを掘り返されたんだ」
「あらら」
誰でも何かしらトラウマ、もしくは嫌な過去があるだろう。忘れたいし隠したいものだ。そういうものに限って心に深く刻まれる。そして、しばしば顔をちらつかせる。
「よければ相談に乗ろうか?」
「せっかくだ、頼もう。本筋は伏せるけど」
オッケー、と宮崎はサムズアップしつつ答えた。僕の中で、隠しておきたい気持ちより、感情を吐き出したい気持ちが上回っている。
「隠しておいた秘密がなぜかバレていて、それを詮索された。拒絶するにもしにくい状況。さあどうする?」
「難題だな」
顔を手に埋めるほど考えあぐねている。宮崎は悩む時に手で目を覆う癖があるのだ。
しばらく悩んだ末、宮崎は答えた。
「もう諦めて全部吐け」
「だめだ、お前じゃ当てにならん」
根本的な解決には至ることはできなかったようだ。
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