キスで女子を堕とせる僕が陽キャの茜さんを激重ヤンデレにするまで

まちかぜ レオン

第一章 ヤンデレたちはひそかに動く

僕を待っていたのは。キスをせがむ陽キャだった。

 三年ぶりに、僕は背中を駆け回るような寒気を覚えた。


 放課後、話があるから空き教室に集合ね――クラスメイトの女子にそう伝えられ、僕は空き教室に足を運んだ。


 その女子とは、大して関わりがない、あるクラスメイト。


 警戒はしたさ。でも、思春期男子真っ盛りである僕は。心の中で小躍りをしていた。


 なにせ相手は美人だ。可愛い子に惹かれる。男子高校生の悲しきさがである。


 僕が来たときには、空き教室には誰もいなかった。


 三分ほど待っていると、例のクラスメイトがやって来た。僕は教壇の上に立って待っていた。


「お待たせ」

「そんなに待ってないよ」

「よかった。荷物、下ろしてもいい?」

「もちろん」


 スクールバッグが、机の上にどしりと置かれる。


 ややあって、僕は切り出した。


「それで、話というのは?」 


 用件を問うと、彼女は頬を赤らめながら、いった。


「前野君」

「はい」



「私と、キスしてよ」



「え、嫌だ」



「うんうん、そうだよね! ありがと……って、え?」


 告白だとか、遊びに行こうだとか。そんな提案だったら喜んで引き受けた。


 だが、これは僕の場合だが、キスは話が違うのだ。ノーといえる日本人。完全拒否である。


「ごめん、もう一回いってもらっていいかな?」

「い・や・だ」

「そんな強調しなくても!?」

「ごめん、ちょっと過剰反応だった。でも、やっぱ嫌なんだ」


 そんな僕の態度に、彼女は動揺を隠しきれていない。


 当然だ。

 

 色々段階をすっ飛ばしたとしても、クラスの美少女たる篠崎しのざきあかねとキスできる。


 そんなエサをちらつかせたら、大概の男子は喜んで食らいつく。


 なのに、僕は拒否した。意味不明もいいところだろう。篠崎は、完全に頭を抱え込んでいる。


「で、でもさ! 前野君ってキス魔って聞いたよ? キスのひとつやふたつ、軽いものじゃない?」

「どこで聞いたかわからないけど、変な噂に流されないでくださいよ……あまり校友のない僕に、いきなり『キスして!』というのもどうなのかと」

「うっ」

「どう考えても怖くてノー。裏を考えちゃいますって」

「それでも、だよ? 私なら形振なりふり構わず奪ってくれるかなって」


 いって、自身を指差す篠崎。


 ぱっちり二重で、快活さを思わせる笑顔が光る。髪型はボブカット。女子の中ではやや高めの身長で、スタイルの良さはモデルを思わせる。


「自分でいうのもなんだけど、私って、か……かわいいっていうか。すこし迷うくらいならわかるけど、断固拒否は想定外だよ」

「驚いて当然ですよね。実際、篠崎さんは世間一般的に考えてかわいいですし」

「あなたがいっても腹立たしいだけよ」


 はぁ、と篠崎はわざとらしく溜息をついた。


「ともかく、本当のところはどうなの?」

「本当に答えなきゃいけないんですか」

「ダンマリを決め込みたい事情があるの?」

「それは……」


 三年前の記憶が頭をよぎる。


 ある事件をきっかけに、僕は自身の中に宿る、“異能力”の存在を知ってしまった。その力を知ったことで、僕の中ではキスがタブーとなった。


「篠崎さんは、人の気持ちって操作できると思う?」

「ある程度はできるとは思う。会話や仕草、格好とかを工夫すれば」

「だが、それだと絶対ではない。もし相手と犬猿の仲なら、言語が違ければ――他にも色々ありますけど、小手先の技術が役立つとは断言できない」

「……というと?」


 正直に事情を伝えるべきか。事情は複雑だ。異能力なんて、非現実的すぎる代物である。

 

 大真面目に話したら、鼻で笑われかねない。


 まだ信頼関係さえ築けていない相手。かといって、下手にはぐらかしても不審感を生むだけで、厄介なことになりそうだ。


 ゆえに、本当のことをすこし脚色して話す。失敗しても、冗談と流してもらえるように。


「さっきの質問の答え、僕はイエスと答えるよ」

「あれ、数秒前の発言と矛盾しているような」

「あくまで一般論。でも、僕の場合は別。なにせ、僕は人の心を――ある条件さえ満たせば必ず――操作できるのだからね」


 芝居がかった口調でいってみせる。当然、篠崎はポカンとしていた。


「ごめん、ひどいこというね。頭、大丈夫?」


 返ってきたのは、予想通り、失笑だった。


「褒められたと思っておくよ」

「やっぱりどうかしてる」

「そうかもしれない。でも、事実だから仕方ない。キスで心を奪い、数々の女性を堕とし、僕は“キス魔”の異名を得た。それはたしかだ」

「なら、どうして私はダメだったの?」

「そうだな……能力に嫌気がさし、キスに嫌悪感を抱いている――こんなところさ」


 ふぅ、と息を吐く。ずいぶん長々と語ってしまった。


「冗談でしょうけど、なぜか嘘くさいとも思えないし……やっぱキスは止めね。ちょっと考え直す」


 どうやら丸く収まったらしい。意外とあっさり折れてくれた。


「そういうわけだからさ。篠崎が、能力とかいっちゃう、頭がおかしいクラスメイトにキスを迫った。そんな事実はなかったことにしよう」


 お互いに暴走しすぎだ。


 突然だけどキスしよう、と問う。ダメです、異能力のトラウマあるんです、と答える。


 意味不明もいいところ。お互いに忘れるべき会話だ。


「ダメよ」

「どうして?」

「その空想話、面白くて個人的に興味が湧いたの」

「あれが、ですか」

「そう。もっとお話し、してみたいと思ったんだ」


 なにが刺さるかなんて、わかったもんじゃないな。


「だからRINE、交換ね」

「え」

「クラスメイトだし、そんな不思議なこと?」


 説得され、あれよあれよと連絡先を交換し。


「じゃあね、前野君! また明日」

「また明日」


 この日は解散と相成った。篠崎さんは帰った。


「なんだったんだ、いったい……?」


 ひとりになった空き教室で、僕はつぶやいた。



 □■□■□■


 もし、人の感情を思うがままに操れたとしたら?


 試しに魔眼を使い、絶対に命令を実行させるアニメキャラを思い浮かべればいい。


 可能性は無限大。地位・権力・金。なんでも思い通りだ。


 恋愛感情を操れば、努力など不要。いとも簡単に、異性が寄ってくる。


 しかし、だ。恋愛感情を操作して得た関係で、心は本当に満たされるのか?


 答えはノーだ!! 僕なら高らかに宣言できる。歪めた感情は、大きな禍根を残す。力の代償は計り知れない。


 だからこそ、僕は。なにがあっても、キスだけは忌避する――と、すくなくともこのときは――宣言したのだった……。






 ――――――――


 あとがき


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!


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