追放されし者たち ~最強なんかじゃないけれど、辺境で冒険者ライフを満喫します~

@jikkinrou

さようならA級パーティー

 王国首都、ゴブリン通りに建つ『錆びた斧亭』――。

 酒場であり、食堂であり、宿屋であり、そして冒険者組合の事務所である。

 その店にティリオは呼び出されていた。呼んだのは同じパーティーのリーダーだ。用件は知らされていない。

 そろそろ所持金も心もとないし、次のダンジョンアタックの話だろうか?


 パーティーリーダーのアイザーンはいつもの席でブランチを食べていた。

「よう、遅かったな」

 アイザーンは機嫌がいいようだった。笑顔さえ浮かべている。

 不気味だ。ここ最近、ティリオと話すときにアイザーンが上機嫌だったためしがない。


 アイザーンは長身で均整の取れた、戦士として上質な肉体の持ち主だ。顔も、やや目つきが悪いところはあるものの美形といっていい。

 対するティリオは小柄で、アイザーンと並ぶといまいち風采が上がらない。魔法使いだから肉体美で戦士に劣るのは仕方がないところだ。

「一人か? 他の連中は?」

 そう聞きながらティリオは向かいの席に座った。


「いくつかニュースがあるぞ」

 アイザーンの笑いは肉食獣のそれだ。ソーセージを突き刺したフォークをティリオに向ける。

「まず最初。古代硬貨発見の功績で、オレたちはA級に昇格だ」

 アイザーンは笑い顔のままソーセージをかじった。

「本当か!」

 ティリオは興奮のあまり思わず立ち上がった。テーブル越しにアイザーンに詰め寄る。


 ついに、だ。

 王国で冒険者が最も多い首都においても、A級パーティーは一握りしかいない。まさしく一流の証といえる。

 故郷から出てきて、同郷の縁でアイザーンらとパーティーを組んで三年。ずっとA級に到達することを目標にやってきた。そのために積極的に遺跡へ潜り、戦い、探索し、ティリオはやれることをやってきた。

 そしてついに昇格になった。ティリオが興奮するのも当然だった。


 アイザーンが笑っているのは、しかしティリオのように単純に喜んでいるからではなかった。

 当時、ティリオらは遺跡内で誰も到達していない区域に踏み込んでいた。ティリオは一度引き返すことを提案した。全員疲れていたし、アイテムや魔力のリソースも乏しくなっていたからだ。


 アイザーンはティリオの提案を却下した。戻っている間に他のパーティーに先を越されるかもしれない、という理由だった。

 そしてパーティーは更に奥に進み、そこで古代硬貨を発見することができたのだ。

 つまり今のアイザーンの笑顔は、そら見ろオレが正しかった、とティリオに向けた優越の笑みなのであった。


 だが、ティリオにしてみればそんなのは些細なことだ。とにかくA級に昇格できるという喜びが彼の体に満ちていた。今ならアイザーンと抱き合うことすらできそうだ。

(A級パーティーだ……!)

 震えるほどうれしい。

 ティリオはその震えを抑えるために席に座った。だが興奮のままに息が大きくなっている。


 ティリオの感慨に同調することもなく、むしろ皮肉げに眺めながら、パンをシチューに浸してアイザーンは言葉を進める。

「二つめ、新しいパーティーメンバーを入れることにした」

 またもや朗報だ。

「おいおい、どういう風の吹き回しだよ」

 ティリオは笑顔で両手を広げ、大げさに驚いてみせた。


(ようやくもう一人前衛を入れる気になったか)

 アイザーンは確かに有数の実力を持つ戦士だが、攻撃に偏重しすぎ、好き勝手に動きすぎる、とティリオは感じていた。とにかく敵を倒すことに集中するためよくケガをするし、味方のカバーをするという意識も薄い。ついたあだ名は『狂戦士』だ。


 だからパーティー五人のうち前衛はアイザーン一人だけ、さらにヒーラー二枚積みというかなり特殊な構成なのだ。残りのメンバーは、戦闘面では期待できないシーフが一人。そして魔法使いのティリオである。

 このいびつなパーティーを機能させるためにティリオがどれほど骨を折ったか。


 もう一人前衛を張れる人が加入となればバランスもかなりよくなるはずだ。そのことは以前からティリオが提案していたことであった。ようやく聞き入れるのかと、ティリオはアイザーンを見直した。


 正直今のままでは、仮にA級になれても維持は難しいと思っていた。アイザーンもそれに思い至って、補強を考えたのだろう。

(おれたちはもっと強くなれる)

 前途は大きく開けている。ティリオはこれからの雄飛を思って武者震いに震えた。


 卓上の料理を全部食べ終えて、満足そうに大きく息を吐いたアイザーンは、

「で、三つめのニュースだ」

 ごく当たり前のように軽く言い放った。


「ティリオ。おまえはクビだ」


「…………は?」

 意想外の言葉に、ティリオは反応が遅れた。まだ笑顔のままだった。


「新しいメンバーが戦士と魔法使いのコンビでな。ほら、パーティーが六人超えると手続きとかが面倒になるだろ。でまあ、一人削ることになったわけだ」

 背もたれにふんぞり返るアイザーン。

「待て待て待て」

 ようやくティリオが再起動した。テーブルに両手を突き、乱暴に立ち上がった。

「聞いてないぞ」


「役割がかぶってるからな。おまえ魔法使いのくせに白兵戦の訓練とかしてるだろ」

「それはおまえが後衛を守らないから、カバーしなきゃいけないだろ」

「誰に頼まれたわけでもないのに勝手にな」

「なんだと……?」


 アイザーンが前の方で好き勝手に暴れている間、ティリオがヒーラーやシーフを守らなかったらパーティーが壊滅していた、ということは何度もあった。ティリオだって本当は魔法使い一本でやっていきたかった。アイザーンが追加メンバーを入れようとしないから、パーティーを補強するためにやむなく剣に手を出したのだ。

(……それを、勝手にだと?)

 ふざけたことを言いやがって。


「そのせいでおまえ、A級のメンバーにしては魔法使いとしての腕が中途半端なんだよ。戦士としてもひよっこ。ビルドに失敗したな。おまえが使う魔法はただでさえわかりにくいってのに」


 この世界、魔法使いのおよそ九割が口誦魔法という、いわゆる呪文を唱えて発動する魔法を使用している。ティリオの魔法はそうではない。ティリオが使うのは筆記魔法だ。札にして持ち歩くことが多いので符術士とも言われる。

 シンプルでわかりやすい魔法が多い口誦魔法に比べて、条件や効果などがやや複雑であり、面倒であることは否定できない。

 しかし、ちゃんと使い方を皆が理解して効果的に使用できれば、口誦魔法にも劣らない強みがあるはずなのだ。


 だが現状では、アイザーンの動きを邪魔しないようにしなければならないため、ティリオ自らの筋力増強やヒーラーの魔力が尽きたときに備えての予備の回復魔法といった地味な使い方が主になってしまっている。

 札を作るための魔法紙も高価であり、魔力を補充すれば再使用できるような一部の魔法をメインで使わざるをえないという事情もあった。


 ティリオがそう言ってもアイザーンは冷淡だった。

「だから、ちゃんと後衛を守れる戦士と、魔法紙なんか必要ない口誦魔法使いをパーティーに入れるっつってんだろ。よかったなティリオ、おまえの望みどおりになって。おれたちのパーティーは強くなれるぞ。おまえはいないがな」

「おまえ、いいかげんに……!」

「それに!」

 言い返そうとしたティリオを、アイザーンの大声がさえぎった。


「このパーティーのリーダーは誰だ? オレだ。一番モンスターを倒すのは? オレだ。勇敢な決断で古代硬貨を発見したのは? もちろんオレだ。逆に、危うく古代硬貨発見を逃すような意見を出したのは誰だ? それはティリオ。おまえだ」

「あのときはレイもバッジもろくな回復魔法が残ってなかった。扉の先にモンスターがいたら危なかった!」


「だがモンスターはいなかった。今回だけじゃない。おまえはいつもそうだったな」

 アイザーンの表情がはじめて大きく変化した。笑みが引っ込み、いまいましげな凶相でティリオを睨む。

「おまえはいつもオレにたてつく」


(それが本音か)

 いろいろ理由を述べたが、結局は自分に逆らうティリオが気に入らないということだ。

 確かにティリオとアイザーンは仲良しではなかった……というか嫌い合っていた。当然、意見が分かれることも多かった。

 が、それはあくまでパーティーをどうするかという見解の相違だとティリオは考えていた。

 私情は別として、アイザーンが前進、ティリオが制止でいいバランスだと思っていたのだ。リーダーはアイザーンだし、最終的には彼の決定に従ってきたつもりだ。

 だがアイザーンはそうは思っていなかったようだ。

 異なる意見を出すこと自体、許しがたい行為だと見なしていたのだろう。


 ティリオは、アイザーンの険悪な視線を真っ向から受けた。

「……パーティーのリーダーは王様じゃあないぞ」

 アイザーンがティリオをやめさせようと思っているのはわかった。

 だがいくらアイザーンがティリオを嫌っていても、彼一人だけで勝手にクビにはできない。そこまでの権限はリーダーといえどもないのだ。


 アイザーンもそれがわかっているから、一人でティリオを呼び出したのに違いない。他のメンバーがいたら止められるからだ。新メンバーの話も、ティリオに圧力をかけるためのブラフと見た。それでティリオが自ら去るのを期待しているのだ。

(その手に乗ってたまるか)

「他のメンバーを呼べよ。レイ、バッジ、グレイ。あいつらの意見も必要だろ。パーティーのことをおまえだけで決めるな」

 そうすればティリオのクビがアイザーンの独断専行であることがはっきりするだろう。


 だが、どういうことか、それを聞いてアイザーンは腹を抱えて大笑いした。

「な、なんだ……?」

 ティリオはその反応に戸惑う。

 ひとしきり笑ったあと、アイザーンは涙を拭って息を吐いた。

「はー、食った飯が出ちまうかと思ったぜ」

 ニヤニヤ笑いを残したままティリオを見る。


「ケンカして一発いいのを食らったやつが、自分が倒れたことに気づかねえで天井に向かってファイティングポーズ取ってる、なんてことあるよな」

「なんの話だ……?」

 よくわからないながら、アイザーンの態度によくないものを感じてティリオの顔が強張る。

「今のおまえがそれだ。他のメンバーを呼べだ? 呼んでどうするよ。連中の意見が必要? はっ、おまえはな、もうとっくにパーティーから除名されてんだよ。メンバーの総意でな!」


 ティリオは目をむいた。

「なんだって!? まさか……?」

 パーティーメンバーを除名するには、本人の意思、あるいは本人以外のメンバー全員の意思が必要なのだ。

 つまりアイザーンだけでなく、レイ、バッジ、グレイもティリオをパーティーから追放する意志があったということか……?

 ティリオのショックを受けた顔を見てアイザーンは楽しそうに笑った。それは、期待していたものを見られて満足だという笑いであった。


 言葉が出ないティリオに、アイザーンはサディスティックに追い打ちをかける。

「パーティーの全員がおまえのことを要らないって思ってるってことだ! 信じられないなら、いいぜ、組合の職員に聞いてみな。教えてもらえるからよ。オレらのパーティーにはもうおまえの名前はないってな」


 今までA級を目指してパーティーを強くしようと努力してきた。アイザーンはともかく、他のメンバーはわかってくれていると思っていたのだが、どうやらそれすらもティリオの思い上がりだったようだ。

 今までの努力が無駄だったと知って、ティリオは強い疲労感に襲われた。

 がっくりと肩を落とす。


「他のメンバーはおまえを気遣って顔を合わす気になれねえってよ。だから、呼べなんて言ってやるなよ。かわいそうだろ」

 アイザーンにとって、すっかり意気消沈したティリオは実に楽しい見世物だったに違いない。

 高笑いを残して、アイザーンは行ってしまった。彼が食べたあとの皿の前で、ティリオはうなだれているしかなかった……。

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