第4話 ライオンとチケット屋と赤い目

 

 主神、選定の儀、真なる椅子への到達、島から出る。

 ベルモントさんとのやり取りで僕の置かれている状況はだいたい理解できた。

 ここが地球ではないことも。レグルス様に勤労意欲がないことも。


 代理人に課せられた使命は最終目的地である【真なる椅子】に辿り着く事。

 レグルス様に結果を期待されていないが、ベルモントさんの先に進んだ方が良いという言葉を信じて行けるところまで行くつもりだ。


 まずはこの島を出る、それが僕の第一目標。


 この島は塔の頂上から見た限り海に囲まれた小島。橋で隣の島とつながっているわけではない。出る為には船が必要だ。

 代理人を選んだ神様の資質を問う試練らしいけど、話を聞く限り随分と簡単なようにおもえる。ここがスタート地点だからだろうか?


 とりあえず船着き場へ向かう為、カラフルな布屋根が連なる市場を通り抜けていく。市場は呼び込みの声もなく、観光客もまばらで落ち着いた雰囲気だ。


 市場はどこからかゆったりとした民族音楽が流れ、食欲をそそる香ばしい香りも漂っている。店頭には食べ物だけではなく、剣などの武具や宝飾類、生きた妖精なども並んでいた。


 僕は店頭の籠に入っている妖精に話しかけようとしたら、黒い武骨な金属の首輪をつけた店主に「指は近づけるなよ」と釘を刺された。「いたずらなんてしないよ」と答えたら、「ちょっと前に指を食いちぎられたアホがいるから指を近づけるなよ」と言い直された。この世界の妖精は凶暴で肉食のようだ、地球の妖精が草食かは知らないが。


 僕はついでとばかりに船着き場のことを聞いてみた。


「島を出る船を探しているんだけど、どこから出ているの?」


 店主のおじさんの眉毛がピクリと動くと、妖精の餌の準備をしていた手が止まってこちらを向いた。


「その若さで神の代理人とは恐れ入るね。この道を真っ直ぐ行けば、海岸に出る。そこにチケット屋があるから行先をいうんだな。」


 親切な店主がカウンターから身を乗り出し道を指し示す。

 そしては僕はお礼と共に疑問を口にする。


「何で代理人だとわかったの?」

「そりゃ、この島に入るには船で入ってくるか、大賢者ベルモントに拉致られるかの二択しかないからさ。出るのも同じ。それを知らないってことはそう言う事さ。」


 去り際に「トラブルは起こすなよ、お前の為にならん」と言われた。

 そんなに僕ってトラブル起こすように見えるのかな?


 愛用の自動小銃は失ってしまったから、見た目はいたいけで純粋無垢な普通の子供にしかみえないはずなのに。足につけたホルダーから見える銃がそう見えさせてるのかもしれないね。



|||||



 船着き場がある海岸に着くと潮風が一段と濃くなった。

 遠くからだと黒一色だった海も波が白く受ける印象もまた違う。砂浜も広がっているが、夜の海を楽しむ人はいないようだ。


 海岸からいくつも伸びる木製の桟橋。そこにはボートぐらいの小さな小舟が数多く停泊しているのが見える。異質なのはその全ての小舟に、頭から真っ白いローブを被った船頭が質素な木製のオールを抱え、微動だにせず沖を眺めているとこだ。

 

 昔、川で乗った渡し船より貧相だ。海って波とかで沈没するって聞いてたけど、本当に大丈夫かこれ?


 少し離れた所にチケット屋さんと思わしき光が付いている建物は見えるが、僕は残念ながらお金を持っていない。そんな僕が船に乗る方法なんて一つしかないだろう。

 

 僕は当然のごとく船頭に近づき、撃鉄を起こし銃を突きつけた。


「すみません、この島から出ていきたいのですが船に乗せていただけませんか。行先は治安が良ければどこでもいいです。」


 鉛玉でのお願い。僕が唯一できる交渉術。上手くいかなかったら鉄火場になるのが欠点だが、物事を進めるには有効な手段だと思う。しかし、銃口を突き付けられても船頭さんはこちらを振り向くことすらしなかった。


パンッ!


 海面から小さな水しぶきき立ち上がり、波音しか無かった場所に銃声が響く。


「僕は本気です、あなたの代わりは他にもいますから。次は当てます。」


 実際に代わりはいた。僕がいる桟橋ですら4隻の小舟が停泊している。もちろん全て船頭付きでだ。ただ不気味なのは、このやり取りを見ているはずの他の船頭が、誰一人微動だにせず未だ沖を眺めている点だ。


 この船頭達もこの光景も。何か良くないものを感じる。昔誰かに聞いた死んだ人間を冥界へ渡す死者の川岸を連想させてくる。


 そして未だに銃口を向けられている船頭はこちらを見向きもしない。


 さて、どうするか…。撃つことにためらいはないが、流石にここまで無反応だと困るな。目的は運んでもらうことだから。


「坊主、脅しても意味ないぜ。それは大賢者の魔法で出来ている人形さ。インプットされてること以外何もしない。」


 僕の行動に答えるかのように突然声を掛けられた。

 振り返るとそこには、3m近い背丈があるライオンの頭した人間と二十歳ぐらいの眼鏡をかけネクタイをしたスーツ姿の女の人が立っていた。


 ベルモントさんで多少慣れたけど、ファンタジー生物にはまだドキドキする。そして女の雰囲気はよろしくない。薄ら笑いを浮かべ僕を見定めているように見える。


 女の方は恐らく護衛だな。僕なんかよりはるかに場慣れしているしたちが悪そうだ。


「そんな身構えんなよ、俺はかなり人がいい。欲しいものも他人に願わず自分の力で手に入れるしな」


 自画自賛するライオンさんの手に赤い光が集まりだしたと思ったら、長さ2mはありそうな大剣が突然姿を現した。

 するとその瞬間、近くにいた船頭が上下真っ二つに切り離されたのが視界に入り込むと、船頭の上半身がゆっくりと重力によって海へと落ちていく。

 

 剣筋は見えなかった。振りぬいて止まっている剣と真っ二つに分かれた船頭、そして今立ち上がった水しぶきが揃って初めてそれが切られたことを認識できた。


 ライオンさんは凶暴、把握。

 ところでレグルス様、今からでも遅くないのでちょっとスタート地点変えてくれませんか?見慣れた人間しかいないところがいいです。


 残った下半身が倒れそうになると、それは光の粒子へ変わり空気中を漂い始める。そしてその光は元いた船頭を形作ると、切られる前となんら変わらない船頭の姿になった。船頭は切られる前と変わらず再び沖を見つめている。


「お前神の代理人だろ。3か月ぐらい前に一握りの人間しかこれないはずのこの交差市場に、右も左もわかってない連中がたくさん現れたと話題になったから耳にしている。すぐ全員いなくなっちまったがなかなか神々の世界も面白い事になってるらしいじゃないか。」


 そう笑みを浮かべながら話しかけてくるライオンさんに、僕は無意識に銃口を向けた。

 この人に敵意がないのはわかっている。

 わかっているが、本能が僕の命を簡単に奪えそうな存在に向けさせる。


「子供なのに脅して物事を進めるのが体に染みついてるのは同情するが、悪いことは言わねぇ、お前のレベルじゃそれは悪手ってもんだ。」


 当然のように全く怯まない。

 僕が手にしているものが武器と認識していないわけでもないのに。

 

 ライオンさん…そのことは僕が一番わかっているよ。僕の直感がさっきから目覚ましかってぐらい頭の中で危険だと鳴り響いているんだから。


 まだ何もしていないのに呼吸は既に荒れていた。それを整えようと無理矢理大きな深呼吸してから、ゆっくり銃口を地面へと下げた。女の人が残念そうな顔をしたことで、それが正しい選択だったと気付く余裕ができた。


「なら僕をあなたの船に乗せてくれませんか?船代分は必ず働いて返すので」


 僕の少し震えたお願いは、横を素通りされる形で返された。


「残念だが、船は2人が定員だ。それ以上乗ったら消えちまう」


 二人は船に乗り込むと、ライオンさんはポケットから出した白いチケットを破りだす。するとチケットは青い炎を出しながら煙へと変わり、消えていった。


 それに呼応するように、先ほどまで微動だにしなかった船頭がゆっくり木製のオールを漕ぎ出した。ゆっくり、ゆっくりと古びた小舟が沖へと動き出す。


「船を盗んで勝手に沖に出ようなんて考えるなよ。島ぐらいデカい巨大魚に船ごと丸呑みにされちまうからな」


 二人を乗せた小舟が桟橋から20m程進んだところで突然霧の塊が現れた。船がそれに突っ込み、霧が晴れると船もまたどこかへ消えていってしまった。


 どうやらこの島を出るにはただ船を漕いでいれば出れるというわけではないようだ。

 駄目元で聞いてみただけだし同乗を断られたことにショックはない。

 しかし思っていた以上にこの世界で長生きするのは難しいと肌で感じたのは事実だった。



|||||



「一枚1000万…!?」

「一番安いやつでな。高いのだと20億ぐらいだ」


 とりあえず値段だけども把握しておくかと、桟橋の近くにあるチケット屋まで訪れた。

 小さな売店のようなその店は、カウンターや壁に所狭しとチケットが値札と共に陳列されていた。僕が話かけても店員のおかっぱのおじさんは、椅子に座ったまま新聞から視線外そうとしない。


 提示された金額にどれぐらい価値があるかわからないが、1000万もあれば僕がいた国なら家が買える。


 僕はとりあえず物価が知りたいので、自分の持っているナイフを見せて、感覚でいいので値段を教えてほしいと伝えた。


「新品なら2000リル。あくまでも物だったらの話だがな」


 ちらっとナイフを見て言った金額は、僕のいた国の単位とはもちろん違うが、だいたいイメージの値ごろ感だ。つまり船代で家が買えるわけだ。吹っかけられているとしか思えない値段の提示も気になったが、それと同じぐらい引っかかる表現もあった。


「物だったら?」

「それはお前さんの権能だろ?お前さんの意思で消えちまうもんなんて売り買いなんてできないね。この島にそんなのに騙されるやつもいない」

「…、権能ってなんですか?加護とは違うんですか??」

「権能を知らない!?……ってよく見ればレベルが1桁じゃないか。お前さん、3か月前に大量に表れた代理人と同種ってことかい…。」


 はぁ…とため息をつき厄介者を見る目でこちらを見て、首元にある黒い首輪をひと撫でした。

 恐らく代理人と何かひと悶着あったのだろう。

 初対面なのに好感度は0を突き抜けマイナスになっている気がするが、新聞から意識をこっちに向けれたので良しとしよう。


「権能ってのは、神から世界で行使することが許可された能力の事ね。まぁ言うなれば物理法則と同じこの世界の原理原則の一つね。」

「原理原則?」


 おじさんは手元にあった水の入ったコップを僕の顔の前に突き出した。


「このコップを傾けたら中に入っている水はどうなるね?」

「もちろん地面へ落ちる」

「その通りね」


 実際におじさんはコップを傾け水をこぼしてみせた。


「権能っていうのはまさにこれと同じ。水は高い所から低い所へ流れる。世界がそう出来ているからね。権能も同じで、それを行使すれば現実に反映される。わしには【鑑定】という権能を神から与えられた。これを使えば人や物の価値を知ることができるね。それが誰の視点なのか、何が基準になってるかは知らない。だが、確実なのはなぜこれが可能なのかは世界の原理原則でそう決まっているからね。」

「…じゃあもし僕が【空を飛ぶ】って権能を手に入れたら、空を飛べるようになるってこと?鳥のように翼がなくても」

「そういうことね。」

「論理は?」

「神という論理がある」

「万能だね、神様って言葉」

「お前さんのいた世界には権能はなかったようだね」

「魔法もレベルもね」

「そうかい、興味ないね」


 話は終わりだといわんばかりに、再び新聞へと視線を戻すおじさん。


「まだ質問いい?」

「最後ならいい」


 暇そうなおじさんにまだまだ話を聞きたかったが、最後と言われたならこの質問だけはしなければいけない。


「代理人でチケットを買っていった人は何人いるの?」



|||||



 僕は人気がない海辺のベンチに座り、全てを飲み込みような海をぼーっと眺めていた。

 少し離れた所にある街頭のランタンが辺りをうっすらと照らし、一定間隔で聞こえる静かな波音が僕に考える空間を与えてくれた。


 次の案内人に会う為には島を出なければならない。

 島を出る為の船に乗るにはチケットが必要。

 チケットは一番安いので一枚1000万。

 そして、チケットを買っていった代理人は一人だけだった。 


 チケット屋のおじさんに返り討ちにした代理人の数を聞いたら無視された。

 権能と加護の違いも聞きたかったが、口にした事は実行するタイプの人らしくこれ以上は無駄だと諦めた。単に代理人と子供が嫌いという説もあるが、それは仕方がないことだ。


「んん…とりあえず行き詰ったな。前の人生に戻ったみたいだ。」


 何をするにも銃が主軸だった僕。ライオンさんとのやり取りで僕が思いつく金策がほぼ全て不可能だと思い知らされた。チケット屋さんも代理人とひと悶着あったはずなのに、元気にお店やってるし奪うことは現実的ではないのだろう。


 ライオンさんは三か月前にたくさんの代理人が突然現れて、すぐにいなくなったと言っていた。

 すぐいなくなったと表現されるぐらいの速さで全員が1000万をクリアしたとはとても思えなかったが、まさかチケットを買った代理人が一人しかいなかったとも思わなかった。


 他に正解のルートでもあるのだろうか。未だ予測も検討も付かないがそちらを当たる方が現実的に感じる。どちらにしても時間がかかるな、予想していたよりはるかに。


 僕はベンチから立ち上がり、少し疲れた身体を伸ばした。

 夜空を見上げると7つの月が浮かんでいて、ここがあらためて地球ではないと示していた。

 レグルス様が意外にもお仕事をしていたという良いニュースは聞けた。

 とりあえず小銭でも稼ぐかと、誰でも出来るお金の稼ぎ方物乞い編でも実践してみるかと気持ちを切り替えた。


「よぉ、ちびっこ。まさかとは思うが今から海へ飛び込むつもりじゃないだろうな?」


 僕は伸びをしたままの状態で深い闇のような海から視線を外し、その勝気な声へと視線を向けた。

 そこにはランタンの弱い光でも赤い瞳が目を引く20代に見える女の人が、笑みを浮かべながら僕を見つめていた。


 ご要望でしたら飛び込む先をあなたに変えてもいいですよ、と軽口でもたたこうと思ったが、腕を広げられたら負けだと思った賢い僕は、別の言葉を冷静に模索した。



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