これは少年ラーズの物語
仮名文字
第1話 前世
君は傭兵という仕事を知っているかい?
主に鉛玉を使ってお話をしたり、誰か来てないか様子を見たり、赤の他人の物を壊したりするのが仕事だ。たまに人から物を貰ったりする愉快な仕事だ。
傭兵業界はどこも人手不足で、週に何日か日常会話が出来れば受け入れてくれる器のデカい業界でもある。僕がいる傭兵団がまさにそうだった。
今年で13歳になったばかりだが、実はこの仕事に就いてもう8年ぐらい経つ。人によっては仕事に就いて1週間で土に帰る人もいると考えれば、ベテランの域に入るだろう。
僕が何で傭兵になったかというと、両親が僕が3歳の時に街で見かけた美ヤギ十頭に一目惚れしたのが原因だ。このヤギを増やすことが出来れば金持ちになれると息巻いていた両親の紹介で、僕は知らないおじさんのものになった。その後何度か物々交換を経験し、最終的に行きついたのが今いる20人前後いる傭兵団だ。
ここに電撃加入した初めの頃は武器の整備の手伝いや食事の配膳なんかをしていた。ある日、急に人手が足らなくなったと言われて、8歳の時に戦場に連れていかれ、初めてを経験したのもその時だ。8歳の僕に「お前もこれで一人前だな」と爽やかな笑顔を向けてきたリーダーは今考えてもイカレてると思うし、その後当たり前のように戦場にドナドナして、僕に銃をバカスカと撃たせたのもイカレていると思う。
お金を一度も貰ったことが無いからもしかしたら世間的に僕は傭兵ではないかもしれない。でも周りの皆は僕を一人前の傭兵と呼ぶし、敵も僕を傭兵として扱うし、僕自身何かと問われたら傭兵だと答えるから傭兵であっていると思う。
なぜ自分語りをしてるかというと、理由単純だ。僕の身に起こった世にも数奇な苦労話を誰かに聞いて欲しかったからさ。
これは不幸でもあり幸福でもあった神々の思惑が交差する異世界での僕の物語である。
|||||
弱小傭兵団の仕事は予期せぬトラブルが付き物だ。原因は金が無くて空から降ってきた仕事をこなすしか選択肢がないからだ。特に僕らのような固定の収入がない傭兵団は、金が無い、武器が足りない、人手がないってのはデフォルトで、隣町に旨い飯屋が出来たんだっていうぐらいの不確かな情報を元に戦場に向かうなんてこともよくあった。
こんな愉快な事にも慣れた傭兵団の人達からにも、”地雷”と呼ばれる仕事がある。
今回リーダーが受けた仕事はまさにそれだった。
お得意様の左翼ゲリラの依頼とはいえ、何を血迷ったのか軍が管理する石油パイプラインを人質に、捕まっているゲリラの仲間の解放を求める手伝いをすることになった。
僕らが割り振られたのは、交渉が決裂した時のパイプラインの破壊役。
パイプラインは何十キロにも渡っており、軍の目も全てには届かない、撃ち合う可能性も低いしいつもより簡単な仕事さとリーダーは口ずさんでいた。
どうやら報復が怖いから誰もやらない事は、お金の魔力ですっかり頭から抜けているらしい。最近たまに見かける野生のゴリラの方が、リーダーよりも賢く見えるのは気のせいではないだろう。
この地雷が意外なことに、収監されているゲリラの構成員を解放することですんなり決着を迎えた。数年振りにやってくる外国からのお偉いさんが全ての問題をクリアにしたとリーダーは語っていた。「ピクニックに来たようなもんだろ」と、顔に泥を塗りたくったせいでヘッドライトに照らされた白い歯がいつにもまして白く光って見え、不覚にもかっこよく見えたのは気の迷いだろう。
その後僕らは同行したゲリラの案内で運び屋が来る場所まで案内され別れた。しかし待てど暮らせど予定時刻に運び屋は現れず、ようやく車のライトの光が見えたと思ったら、リーダーの頭が綺麗に吹き飛んだ。それは軍の隊列だった。たまたま通りかかったのではない僕らに狙いを定めた正規軍だ。最初からゲリラは僕らを何かあった時の為のスケープゴートにするつもりだったんだと思う。流石に死体が一つも無ければ軍も引くに引けないと考えたのかもしれない。
そこから山岳地帯で半日近く命がけの鬼ごっこ。13人いた仲間は一人また一人と脱落し、ようやく追ってをまけた頃には、2人なっていた。
残ったのは僕と葉っぱの吸い過ぎで脳みそが宇宙まで吹き飛んでることが多いリーダーの弟のゴルバだ。
状況は最悪だ。
それでもベットで少しでも横になりたい僕達は、たまたま目の前にあった民家を強襲し、眠っている子供を抱えた20代前半の女を抑え込んだんだ。
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「他に人は?」
彼女の目から見ても子供にしか見えない僕からの質問に驚きながらも、彼女は首を横に振った。もちろん僕はそんな言葉をうのみにせず、そのまま仲間のゴルバに見張りを頼み一階の詮索を開始する。
リビングには大き目のテーブルとソファがあり、冷蔵庫の中にはそこまで食材は詰められていなかった。家族で住んでいるのか、単なる乳母としているのかわからないが、誰かがこの家に戻ってくるのは間違いないだろう。
一階にある窓とカーテンを閉め終え二階へと移動を考えた時、その二階から突如女の悲鳴がこだました。頭を占めたのは不安よりも困惑だった。
なぜあの女はもう一人いることを黙っていた?鉢合わせした瞬間そいつは死ぬことになるのになぜだ??
急激な状況の変化だ。
僕は瞬時にゴルバと合流する為、玄関へと向かったが二人共忽然と姿を消していた。
何が起こっている…。
いくら何でもただの女一人にどうにかされるほどあいつは弱くない。
焦る気持ちを抑え射線を警戒しつつ二階へ向かう。
古い階段は慎重に上っても、体重で一段上るごとにギシッ、ギシッと音を鳴らし僕を不快にさせる。
廊下の突き当りの部屋から男と女が争う声がする。
その部屋の半開きとなってる扉を銃身で開けると、ゴルバがさっき脅した家主の女に馬乗りになって口汚く罵っている最中だった。
僕はその光景を見て、自然と大きなため息を付いた。
人が神経すり減らしながら調べている最中に、こいつは何ここで遊んでるんだ…。
僕は既に限界だった。
食事だってまともにとっていなし24時間近く寝てない。その上朝方まで軍隊に追い立てられるし、生き残れる見通しも全く立っていない。
この馬鹿の危機感の欠片もないこの行動によって忘れていたはずの疲労感がドッと沸き上がり、僕の張りつめた糸はものの見事にぶった切れた。
戦場では一人と二人では出来る事に大きな差がある。それが体に染みついているはずの僕が、そのまま最後の一人残った仲間の頭に向けて一発の銃弾を撃ち込んだのは仕方がない事だったと思う。
パンッ!
頭に風穴を開けて仲間だったそれはゆっくりと床に倒れ込む。安物の家具だらけ部屋の一室に、硝煙のにおいが立ち上がり襲われそうになった女は撃った僕を、信じられない目で見つめている。
「はぁ…、ようやく一眠り出来るかと思ったのになぁ…。」
女の存在を忘れ、一人左手で頭を抱え出す。
視線も女から切れてしまっている、間違いなく愚かな行動だった。
犬より待てが出来ない人間なんて初めて見たな。いや嘘だ、沢山いて沢山死んでいったな。
女の悲鳴と銃声でせっかく確保した寝床も、誰かに感づかれる前に早急に放棄しなければならなくなった、まぁ銃声は僕のせいなんだけどね。
あ~もう全てがどうでもいい、鳥になって大空を飛びまわりたい。
服が破れ怯えきった女が今起きたばかりの3歳ぐらいの娘を抱きしめ、13歳の小さな僕を見上げてくる。その黒い目には不安と混乱が色濃く浮かんでいた。
わからないでもないよその反応。
突然銃突きつけられて脅されたと思ったら、15分もしないうちに頭をはじくのを目の前で見せつけられたのだから。
何がしたかったんですかって感じだよね、奇遇だね僕も同じ気分だよ、ハハッ。
僕は何度目かわからないため息を付くと、少し冷静さを取り戻し困惑が色濃く残る女に銃口を向け丁寧お願いをした。
「もう出て行くんで、金と洋服と食べ物用意してもらえますか?」
ドンドンドンドン!!
階下から、激しく扉をたたく音と男の叫び声に似た呼びかけが響く。
尋常ではないその音に、カーテンと窓の隙間から外の様子をみると、今やお馴染みとなった軍服がわらわらと家に集まってきていた。
運なさすぎだろいくらなんでも…。
たった一発の銃声と悲鳴が敵の耳に入って、尚且つ発生源が即特定されるなんて。
てか追い付くの早すぎ、独裁国家の軍人のくせになんで真面目に仕事してんだ。この死んでる馬鹿を少しは見習ってほしいだけど。
バキッっ!!
現実逃避していたら扉を蹴破った大きな音が階下から聞こえてきた。
奴らに我慢と遠慮という概念はないらしい。
続々と一階の部屋を制圧しているような怒声が聞こえ始め、時間があまりない現実を僕に突きつける。無意識に装備の点検を慣れた動作で行っていた。
弾倉は残り1つに、手榴弾が二つ。
人を脅すのと自殺ぐらいにしか役に立たない拳銃が一丁。
敵はムービースターじゃなければ倒せない数。
最高の状況だね。
僕は目をつむり、頭を垂れ大きく一度深呼吸をしたが、それでも頭の中の予測はどれも結果は同じだった。
「死ぬな…、どうやってもここで…」
女を盾に脱出は?うん、無駄だな。どうせ最後には女ごと蜂の巣になって終わりだ。この国の軍人なんてそんなもんだろ。
僕は仕方なく覚悟を決め、一度閉めた地獄へ直通するドアノブを握ろうとした瞬間、さっきまで怯えきった女が、決死の覚悟をした目で僕の腕をつかんできた。
|||||
「動くな、その場にふせろ!!」
寝室の扉を蹴破ぶり、怒声と共に銃を構え部屋へ突入する部下の後に私は続いた。
部屋には血だまりに浸かる男と隅に子供抱えた女がうずくまっているのを確認する。
当たりだな…、一瞬痴話喧嘩の末かと錯覚したが男の上半身は武装している。
死体を見分している部下に視線を送るも、残念だが既に死んでるらしい。話を聞く為うずくまっている女を部下に起こさせると、女の右頬は殴られて直ぐなのか赤く腫れていた。
「こいつはあなたが?」
「と、突然襲ってきて、隙を見てこいつから銃を奪って撃ってやったの…」
床には女が使用したと主張した銃が転がっている。今の所はおかしな点はない。複数人いるはずの獲物が一人しか顔をみせないという以外は。
「他に仲間を見ましたか?叫び声がしてから突入まで、10分もたっていないはずですが。」
「いえ、銃を突き付け家に入ってきたのはこいつだけだったわ」
「そうですか…。」
見失うまでの反撃からして単独ではなかったはず。
潜伏を始めてから分かれるとは考えられないが、仮に複数いたしてその一人を殺した女が生き残る理由もないか。
「お願い、早く私を安全な場所に連れっていって!」
「…わかりました、私は陸軍少尉のロビーというものです。今からあなたを保護します。立つことはできますか?」
女は視線を合わせずうなずき、娘はこちらで運ぶか聞いたら首を振って否定した。部下達には家の捜索を続けろと命令し、立ち上がった女を部屋の外へ促そうとしたとき、ふと何か視界の中に違和感を感じ立ち止まる。
「どうかしました?」
「………いや。」
部屋の入口から二階の制圧も終わったとの報告に上がってくるも、違和感の正体をつかむことに集中していた私は結果それを無視したことになった。それに部下がいぶかしむ目でこちらを見てきた。
女の説明と状況におかしなところはないはず。
口数も少なく視線を合わせようとしないが、襲われそうになった後なら特段おかしいと思える挙動でもない。
だが…何だこの違和感は…。
視線をもう一度女に合わせ、その違和感を探る為女に質問をぶつけようとした瞬間、違和感の正体に気が付くことが出来た。
……そうか…抱えている、子供か…。
私は女に顔を近づけ小声で話しかける。
「この家に他にご家族は?」
「いません、旦那が農園に今働きに出ているので。」
「ご両親とかも?」
「えぇ、もう数年前に他界してます。」
「そうですか…。ではもう一点だけ確認させて頂いても?」
「なんでしょうか…?」
私は朗らかな笑みから一転、能面のような顔で女に言葉を投げかけた。
「あのクローゼットの背板は外れますか?」
「!?」
女の目が一瞬揺れ、私は口角が少し上がった。
違和感の正体は、抱きかかえていた子供の視線だった。
胸に抱いた子供の視線は、私が見た時から一度もクローゼットから外れていない。 見知らぬ大人が大勢部屋に入ってきて、自分の母親を囲んでいるにも関わらず、今こうして話しかけている最中一度もだ。
既に開かれている扉の奥の背板が外れ、人が隠れられる程度の隠し空間でもあるんだろう。私の実家にも軍が家捜しをする時に備えて、財産を隠す為のそういうスペースがいくつかあった。
私は部下にハンドサインで一斉に銃口をそれに向けさせた。
損傷なしで生きたまま引きずり出せるかどうかは微妙な所か…。
「待ってください!」
突如女が割って入ってきたことに驚くも、私はすぐさま手で女の次の言葉を制止させた。獲物に感づかれるものそうだが、私にもこの年齢ぐらいの娘がいたからかもしれない。
「それ以上口を開けば連座で一家丸ごと銃殺になる、わかってやっているのか?」
女ののどが大きく揺れる。それでも震える唇でひねり出すように女は言葉を吐いた。
「あ、あの子はまだ子供なの…それにこいつに襲われそうになった私を助けてくれたんです。」
|||||
薄すぎる板から漏れ聞こえる限り、僕の存在はバレたのだろう。
正直に隠れてやり過ごすのは連中のしつこさを考えると無理だと思っていた。
でも何でかな…、必死の形相で僕を匿まおうとする姿に体がなぜか従っちゃったんだよね、まぁ諦め半分だったてのもあるけど…。
思い返せば物心付いたときからよくわからない連中に、こき使われ続けた人生だった。
まぁ最後に僕なんかでも、ほんの一瞬でも生きて欲しいと思ってくれた人に出会えたのは、良かったのかも知れないね。
神様、くそみたいな人生ありがとね。
僕は自分の上半身より大きい自動小銃の銃口をのど元に突きつけ、別れを告げる相手がいない為、いるかどうかもわからない神に対して最後の別れを告げたのだった。
|||||
「子供…?助けただと…?」
私は女の振り絞った声による説明と予想外の内容に頭がすぐには理解が出来なかった。
しかしそれが致命的な判断の遅れへとつながったのは間違い。
パンッ!!
クローゼットから突如一発の乾いた音が部屋に響いた。
その場にいる誰もが聞きなれた音。
その音に呼応するように、豪雨のように弾丸が、発生源だったクローゼットへと降りかかる。
「待て!やめろ!全員撃つのをやめろ!!」
命令とは言えない怒声と宙を舞う木片。
女の悲鳴と子供の泣き声すら打ち消す轟音。
宙を舞った埃が床につく頃には、せき込む程の煙とにおいが辺りを充満し、クローゼットは中間から綺麗にへし折れ原型をとどめていなかった。家を建てた後に作られたと思われる隠されていた穴もその姿を露呈し、その中から未だ煙が立ち込めている。
部屋の時間は止まったままだ。誰もが他人に次を求めたからだ。
するとその止まってしまった時計の針を動かすかのように、体育座りの恰好をした人だったものが、煙を裂くようにゆっくりと穴から倒れ落ち出てきた。
ようやく探し求めていた獲物が目の前に現れたのもかかわらず、部屋にいた者たちはその光景を前に、ただただ たたずむことしか出来ないでいた。
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