人魂の檻
枝葉末節
人魂の檻
『我々は不完全な存在だ』。
生まれ、育ち、老いて、朽ちる。生物というサイクルに組み込まれた肉体は、魂という高次元の精神体を閉じ込める檻でしかない。
先進企業による人体の解析は、そんな結果を排出した。その果てに、世界の混乱を巻き起こして。
「おい、まだ時間かかるのか!」
私めがけて誰かが怒鳴る。反射的に視線をそちらへ向けた。義足で杖をついた初老の男性だ。いかにも現世に不満があります、と言わんばかりの小汚い姿。百年足らずの人生を半ばで捨てて、死に急ぐ敗北者(ルーザー)。安楽死制度が実施されてから、似たような人間ばかり見てきた。金にもセックスにも縁がなく、生物であったときの快感一つすら味わえずくたばる社会的弱者。人が人である間は決して無くならない、カースト最底辺の代表者だ。
「申し訳ありません、ご覧の通り大変混み合っておりまして……」
「だから、どれだけ時間がかかるんだって聞いてるだろ! ポンコツが!」
そのカースト最底辺にすら、私たちは侮蔑される。それもそうだ、生の肉体すら持っていない機械なのだから。それでも舌打ちの一つくらいはしたい。人工知能が発達した今、人間以上のスペックを持っているのだ。劣等種族に愚弄される謂れはない。
「処置の手順には個人差がありますので、具体的にどれほどお時間を要するかはお答えできません」
おくびにも出さず嘘をつく。本当は目安の時間くらい算出できた。あと一時間から一時間十五分の間には彼の順番が来るだろう。けれど答えない。答えてはいけない決まりだ。
「けっ! 使えねえなあ!」
罵声を上げて睨んでくる。見つめ返さずに頭を垂れて応じた。これであの男性は死を見つめる時間や恐怖を忘れ、途中で列から外れもせず死んでくれる。引き続き私に対して侮蔑し怒りを募らせるならなおさら良い。勝手に死ぬ人間が多いほど、私たちは楽になる。
「ナンバーエックスセブンワン、交代です」
後ろから音もなく声がかかる。向きを変えると、私の後続機が居た。
人間からすればおかしなことらしいが、私たちには休憩が設けられている。旧世代機械のようなバッテリー充電時間ではない。純粋な休み時間だ。
軽く一礼して、その場から立ち去る。先の男性は相変わらず文句を言っていた。精々好きなだけ騒げばいい。あとで地獄を見るのは彼自身だ。いかなる行いをしようとも。
休憩室に入る。スリープチェアに腰かけて、タイマーをセットし仮眠状態へ移行――
「なん……なんだ、これは!」
――一時間経過したところで、合成音声の絶叫が聞こえた。喋りの癖は聞き覚えがある。休眠前に聞いたばかりだったから。
スリープを解除すると同時、タスクに新入りへの研修を行えと通達が来た。今担当している業務の中で、これが一番楽しい時間だった。
「起動しましたか、ベータワンオーナインスリー」
「な、なんでお前が居る! というか、俺の名は……名前、は……」
そう、その反応だ。
自分の記憶も不確か。名前すら覚えていない。朧気な人格が残っている程度。記憶媒体にあるマニュアルログと、魂にこびりついてしまった記憶との齟齬で混乱する姿。なんとも滑稽でたまらない。
――企業が見つけたのは肉体という枷だけではない。魂の行き先も、行く先の変え方も分かった。
私の後発機は、多くが人間だったモノたちだ。それを生産するのも、企業が作った安楽死施設が関わっている。
彼らにどんな理念があって人間を機械化しているかは知らない。人類全てを完全な機械体に変えるためか、奴隷が欲しくてやっているのか。元々奴隷の身として生まれた私には分からなかった。学習機能にその答えはない。
だから私は、今日も課せられたタスクをこなすだけ。機械の中に行ってもカースト最底辺から抜け出せない人間たちをせせら笑って。
「さて、業務を説明します。既にマニュアルも入っているでしょうが――」
人魂はまだ、檻に閉じ込められたままだ。
人魂の檻 枝葉末節 @Edahasiyou
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