第2話 ここは四〇〇〇年前のメソポタミア
ここは四〇〇〇年前のメソポタミア。
四大文明発祥の地、メソポタミアに最初に開花したシュメール文明から数えて四〇〇〇年後の紀元前二〇〇〇年頃の出来事。
のちの歴史学者が、現代以上の文明を築いていたと考えられるシュメール人が忽然と消えた謎を追い求め、誰一人、真実に近づけなかったシュメールの末期の物語である。
天空には、四〇〇〇年に一度の大パノラマが展開されている。
夜空の4分の1を覆うコマと呼ばれる巨大な尾を引きずりながら、彗星が地球に接近しているのだ。一週間前に忽然と現れた彗星。冥王星の存在を知っていたシュメールの天文学を持ってもその彗星がどこから現れたのか分からなかった。彗星が引きずる尾は、イオン化した金属がガス化したプラズマティルと呼ばれるもので、その色は黄金色に輝いている。
その夜空を見ながら、シュメール文明の最後の王朝ウル王国の王ルガルパンダは、妻ニンスンとその腕に抱かれる長子ギルガメッシュに、代々王族に語り継がれてきた神話を聞かせたのだ。
この時代でも神話に分類される荒唐無稽な神々の物語は、真偽を図る必要さえ感じないふざけた内容だった。
シュメール人が神と崇めるアヌンナキは、四千年に一度、地球の近くを通る公転軌道を持つニビルという太陽系の第10番惑星の住人だというのだ。彼らは5メートルを超える強靭な巨体と自然を操る力、そして宇宙の叡智を使い、ニビルが通過する周りの星々を支配下に置き、役に立たない惑星を徹底して破壊してきた宇宙の覇者なのだ。
そんな惑星ニビルの公転軌道は半人工的で、異世界にある宇宙から異次元ゲートを通って周期的にやってくるために、ニビルの大気は非常に不安定なのだ。
それで大気を安定させるためにニビルの周りにシールドを張っているのだが、そのシールドの創造に金が必要らしい。そこでその金が大量に埋蔵されている地球に目を付けた。
彼らアヌンナキが地球の金を搾取しだしたのは、地球に類人猿が生まれて間もなくのこと。地球の金を掘るのに、アヌンナキは自分たちの遺伝子と地球に住んでいた類人猿の遺伝子を掛け合わせ、人類(ホモサピエンス)を作り上げた。さらに、アヌンナキの知識と記憶そして言葉(ことのは)を使って自然を操る力を持った遺伝子を組み込んだスメラギ王を作り出し、ホモサピエンスの王として据えたのだ。
自然を操る力を持つアヌンナキの言葉は膠着語(こうちゃくご)といい「を、が、に」などの助詞があり、母音と子音の表記があり、表音文字と表意文字が混じった文体系の言葉であった。それは、まさに大和言葉であったが、スメラギの支配の及ばない地域は、まったく違う文体系の言葉が広まった。
アヌンナキは地球の金鉱脈のあるところに文明を築く。四千年ごとに地球に近づき徹底的な破壊の後、アヌンナキは絶望に打ちひしがれる人々の前に出現し、救いの手を差し伸べ、その地で金の採掘をさせる。
そして、すべての金を掘り起こした地域は完膚なまでに破壊し尽くした。
さらに、人類の反逆を抑えるため、王のスメラギは長くても25歳を超えない短命で、アヌンナキの知恵と能力を継ぐのは長子だけ、真実が語り継がれるのも長子だけ、さらに真実を話すことで親は命を失う呪い(遺伝子操作)を掛けていた。
ルガルパンダが息子ギルガメッシュにこの話をするのは、自らの死とこのウル王国の最後を覚悟したのだ。もちろん、この告白は傍にいるニンスンに聞かせるのが主な目的なのだろう。
その話を聞いてニンスンの瞳に涙が浮かぶ。
一緒に逃げようというニンスンの言葉を否定し、自らが持つアヌンナキの遺伝子に刻まれた恐怖の記憶「古代蛟龍(いにしえのみずち)」の封印を解き惑星ニビルを滅ぼすようにと願いを託した。
翌日、王都から逃げ出したニンスンとギルガメッシュは側近とともに、アララット山の地中に建造された方舟の艦橋のモニターでウル王国が滅びるのを見た。
ウル王国の主要都市の上空には数十の巨大宙船が飛来し、その中でもさらに巨大な宙船が王都の上空に飛来し、ウルの抵抗むなしく近代兵器はすべて駆逐され、そこから四柱のアヌンナキが光の中、降臨してきたのだ。
ウルの王城に降り立ったアヌンナキの姿は、伝承に残る六本腕の巨人の姿で、近衛騎士たちを火、風、土、水を操り血祭りにあげ、ルガルパンダの首を跳ね、その首をニンスンたちが見ていたモニターのカメラに向かって突き出したのだ。
地獄絵となった黄金で創られた王城と神殿が大地から引き剥がされ、上空に浮かぶ最大の巨大宙船に吸い込まれると、数十の巨大宙船の下部から水が噴き出したのだ。
ウル王国は水の底に沈み、その水の勢いは数百メートルの津波となりアララット山に向かってくる。まるでシュメール文明を押し流すようにチグリス・ユーフラテス河流域に流水の猛威が荒れ狂う。
ニンスンたちが乗った方舟も埋まっていた大地ごと押し流され、濁流に翻弄されて
一気に海に向かって流れだしたのだ。
方舟の全体像が浮かび上がる。現代の潜水艦に近いその姿はアルミ合金であるジェラルミンで創られ銀色の光沢に光るスタイリッシュな葉巻型で、全長50メートル以上、高さ5メートルになる巨大な方舟だ。
その艦橋の指令室では、王城の惨劇に倒れそうになったニンスンがエンキドゥに支えながらも気丈振舞っていた。
(今やるべきは、太陽に住むという古代蛟龍を探し出すこと。そしてルガルパンダの敵(かたき)を取ること。そして、あの人の最後の言葉、このギルガメッシュを立派に育て、ウル王朝の王の血を絶やさぬこと)自分自身を鼓舞するように、側近エンキドゥ、ウルク、バベルの三人に指示を飛ばした。
「直ちに、東に向かいなさい。日出ずる国を目指すのです」
「「「はっ!!」」」
シュメール文明の最後のウル王朝の末裔、神と崇められたアヌンナキの遺伝子を引き継ぐギルガメッシュとその母ニンスン、その者たちに付き従う近衛100名が新天地を目指して、大海を東の果てに向かう。
この出来事は世界各地に残る大洪水伝説の元になる物語。ただし、この物語はこのままでは終わらない。
なぜなら、アヌンナキたちもまた、次の黄金の採掘場に選んだのは東の最果て、日出ずる国、のちに黄金の国エルドラドまたは日ノ本と呼ばれた国なのだから……。
◇ ◇ ◇
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