ホテルに潜む影
神木駿
何かいる
俺は旅行先でホテルに泊まった。
全国展開しているチェーンのホテルだ。
二週間と長い間滞在するため、ホテル代は安く済ませたかった。
だけど旅行だから少しだけ贅沢もしたくて、最上階の景色がいい部屋を予約した。
そこまでは順調に進んでいた。
フロントで鍵をもらって部屋のドアを開ける。
清潔感のある見た目と違い、ドロドロと肌に貼りつくような空気が俺にのしかかる。
あ、ハズレだ。
俺はすぐにそれを感じとった。
旅行に行っているとこういう部屋がたまにある。
仕方がない。これも旅行の一環だ。
温泉でリフレッシュして明日からの旅行を楽しもう。
俺はそう思い、大浴場の扉を開けた。
その瞬間、また俺は肩を落とした。
あぁ、ここにもいる……
シャワーが並ぶ場所の一角に異様な空気が流れている。
俺はなるべくそこに近づかないようにした。
足はあるのに顔がない。一体何を洗おうとしているのだろうか。
はぁ……初日からこんな感じか。
明日は近くにある温泉街に行こう。
俺はお風呂から上がり、髪を乾かす。
その間も風呂にいる何かは、何もない空間を自分の手で洗い続けている。
部屋に戻り、ベッドに横たわった。
携帯で音楽を鳴らし、ゆったりとした時間を過ごすことにした。
多少何かの音が鳴っても気にならないように、こういう部屋ではいつもやっている。
音楽を流し始めてから2時間ぐらい経った頃、俺はウトウトし始めていた。
あぁこのまま何もなく寝れそうだな。
と思ったとき音源と違う声で歌っているのが聞こえた。
あっ、
と俺が反応した瞬間にはもう遅かった……
俺の体は指一本動かすことが出来なくなり、呼吸も浅くなっていく。
ヤバいヤバい!
なんとか呼吸だけは確保しなければ死ぬ。
直感的にそう感じてはいるが息を吸うことが出来ない。
俺は気合を振り絞り全身を動かそうとする。
ぐっ……っはぁ!
勢いよく動いた俺の手が壁にかかっていた額に当たった。
はぁ……はぁ……
なんとか動けた。
安心して顔を上げると額の裏側は御札が大量に貼られていた。
ダメだ。ここに二週間もいられない。
俺は次の日まで寝ずに過ごすことに決めた。
翌朝俺はフロントに事情を話し、キャンセル料を払ってホテルを後にした。
さて、これからどうしようか。
俺の問いに答えるようにどす黒い声が聞こえた。
『あそこにあったのに……』
足元に転がる黒い塊が俺を睨んでいた。
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