驟雨纏う冬隣

PROJECT:DATE 公式

息抜き

10月も半分が終わり、

日差しも8月に比べれば

随分と柔らかくなったものです。

こんな気温がずっと続けばいいのにと

願うばかりですが、

当たり前の如くそうはいかず。

段々と涼しくなり、

いつかは涼しいなんて言葉では

言い表せなくなるほど

寒くなっていく。

つい先日も突然13℃程度に下がり、

パーカーを着込んでいったほど

寒い時がありました。

そんな日ばかりになる時が

もうすぐでやってくるです。


羽澄「…あ。」


ぴこ、と光るスマホが目に入る。

何かと思えば、

愛咲からの連絡らしく

LINEのアイコンと顔を合わせました。


受験前なのにも関わらず

通知を切っていないのは何故なのか

羽澄でも分からないままでした。

何となくそのままにしておいたのです。

通知を切っていないと気になって

勉強にならないんじゃないか。

そんな時もありました。

ただ、どうしても鬱陶しくなった時は

スマホ自体を鞄に放って

集中しています。

変わらず児童養護施設にて

日々を過ごしていたのです。


スマホを覗いてみれば、

どうやら何かのお誘いのようです。

LINEを開いてゆっくりと視線を動かす。

最近は受験勉強に熱心に取り組んでいるからか

文章を読むことが多少

軽快になったのではないでしょうか。

苦に思うことも少なく読んでいると、

また愛咲らしいことを言い出すのでした。


羽澄「…ふふ。」


誰もいない部屋で思わず

声が漏れてしまいます。

愛咲は受験が終わってから

またいつものような元気さを

取り戻しつつあるような気がします。

受験前も変わらず

愉快で天真爛漫ではあったのですが、

緊張からか顔が引き攣っているように

感じていたのです。

彼女は受験も無事終わり、

進学先も決まったとのことで

随分と安堵しているのでした。


そんな最中での連絡。

内容はというと、

どうやら女子校組のみんなが

今日は文化祭をしているとのことで

遊びに行かないかという誘いでした。

羽澄は受験まで残り3週間となる中、

あまりそういった娯楽に時間を振るのは

ない方がいいのでしょう。

しかし、息が詰まり切っていた羽澄は

行こうと思う以外ないのでした。

寧ろ、受験前に息抜きができる

最後のチャンスでしょう。

羽澄は急いで文字を打ち、

すぐに準備する旨を伝えたのです。





***





愛咲の話よると、嬉しいことに

麗香ちゃんも同行してくれるようでした。

愛咲とはいい意味で違い、

麗香ちゃんはその文化祭について

下調べをしたようで、

何やら事前登録がなければ

入れないということが判明したのです。

それか、招待券を持っている家族の方などしか

入場できないようで。

愛咲はそれを知らずに

行こうとしていたものですから、

危うく不審者になりかけるところでした。


麗香ちゃんの提案で、

学校内には入れないものの

学校の周りをうろうろして

雰囲気を楽しむことになりました。

周りに屋台が出るというわけでも

ないとは思うのですが、

行き交う人々にはその雰囲気が

纏っていることでしょう。

今回のこの息抜きは、

まるで映画館に行って

フライヤーを眺めて

何も取らずに帰ってくるような

ものだろうと浮かびます。


それでも十分なのです。

心許せるような人たちと

過ごせる時間があること自体

素敵なことではありませんか。


集合場所である駅に着くと、

改札付近には見たことのある姿がありました。

相変わらず準備が早いと

感嘆を漏らす他ありません。


羽澄「麗香ちゃん!」


麗香「あ、先輩。おはようございます。」


羽澄「おはようございます!」


昼間とはいえ、出会った時の

マナーとも呼べるのでしょう、

お互いに挨拶を交わしていました。

麗香ちゃんは秋らしい色合いの服を

身につけており、

すっかりこの外の気温や雰囲気に

溶け込んでいるようです。


麗香「後は愛咲先輩けぇ。」


羽澄「それならさっき連絡来てましたよ。」


麗香「何て来てたけぇ?」


羽澄「もうすぐで着くらしいです。」


麗香「律儀けぇ。」


羽澄「ですねぇ。」


麗香「そういえば、羽澄先輩は試験前じゃないけぇ?にぃ?」


羽澄「はい、そうなんです。」


麗香「今日来ても大丈夫けぇ?」


羽澄「受験前最後の息抜きです!」


麗香「そう?ならいいけど、いつ試験?」


羽澄「11月の第1週ですよ。」


麗香「となると…後2、3週間?」


羽澄「3週間です。」


麗香「わあ、もうすぐけぇ。」


羽澄「緊張します…。」


麗香「そりゃあそうけぇ。あて、模試でも多少緊張するよ。」


羽澄「そうなんですか?」


麗香「そうけぇ。」


羽澄「意外です。麗香ちゃんは勉強面で不安がなさそうって思ってたので…。」


麗香「誰にだって分からない将来のこととなると不安になるものけぇ。」


羽澄「確かに、そういうものかもしれませんね。」


麗香「うん。」


「おおーい!」


麗香「あ、来た来た。」


麗香ちゃんが顔を向けた方向には、

大きく手を上げて声をかけてくれる

愛咲がいたのでした。

相変わらず元気がよく、

姿を見るだけで自然と

笑顔になるのです。

笑顔を咲かせる彼女の名が

愛咲であることは

必然だったのかもしれないなんて

思ってしまうのでした。


愛咲は走ってこちらまでくると、

軽く息を切らしながら

笑いかけたのでした。

疲れているようにも

見えた気がしたのは、

羽澄の見間違いなのでしょう。





***





3人で歩くのは何とも言い難いほどに

楽しいものです。

最近は愛咲も羽澄も部活は引退したものの、

一緒に帰ることはなかなかありませんでした。

羽澄は受験前のため

面接練習もあり学校に残り、

愛咲は何をしているのだか

あまり把握はしていませんが、

すぐに家に帰っているか、

陸上部の手伝いをしているとも

聞いたことがあります。

麗香ちゃんも麗香ちゃんで

勉強のために学校に残ったり

塾のために早く帰ったり

しているのでしょう。

羽澄たちは、どれほど近い存在だとしても

違う人間であり、

それぞれの生活があるのだと

感じざるを得ません。


こんなにも楽しく煌びやかな

高校生活だって、

もうすぐで終わってしまうのです。

あと4、5ヶ月。

それで、羽澄と愛咲、三門さんは

卒業してそれぞれの道を歩きます。

全く違う道の上を行くのです。

自分で選んだ先へと

ただひたすらに向かうのです。


花奏ちゃんの過去を知るにあたって

みんな名前で呼び合うという

雰囲気はあったものの、

未だに三門さんだけは

どう呼べばいいのかわからないのでした。

きっと、それほど関係が

深くないことと、

5月あたりの会話を

色濃く覚えているからでしょう。





°°°°°





歩「邪魔。」


羽澄「えっ。」


歩「邪魔っつってんの。」


羽澄「ひ、酷くありませんか!?」


歩「毎日辛気臭い顔した人が2人もくるのが鬱陶しいってこと。」


羽澄「それは…。」


歩「…はぁ…。」


羽澄「…。」


歩「そんな顔するくらいならあいつどうにかしてやって。」


羽澄「あいつ…?」


歩「あの下ばかり向いてるやつ。名前忘れたけど。」


羽澄「麗香ちゃんですか?」


歩「苗字は。」


羽澄「えっと…嶺…だったはずです。」


歩「あー、そいつ。」



---



歩「キモい離せってっ!」


羽澄「わ、わ…ごめんなさい。」


歩「……うざ。」


羽澄「あの!」


歩「何。」



---



羽澄「…なんで、気にかけてくれるんですか。」


歩「は?」


羽澄「名前は覚えてないし、これまで通り他人として接しようとしているのに、どうして麗香ちゃんや羽澄のことを案じて伝えてくれるんですか。」


歩「そんなつもりないけど。」


羽澄「でも、羽澄にはそう見えるんです。」


歩「あそ。どうぞお好きに。」





°°°°°





あの時と比べると、

今の三門さんの表情や纏う色は

随分と柔らかくなったような気がします。

きっと花奏ちゃんや美月ちゃんの

おかげなのでしょうね。

同時に、麗香ちゃんも随分変わったうちの

1人だと感じていました。

4月当初は愛咲以外には

心を開かないイメージがあったものです。

近づく人に対して

相応に答えはするものの

橋をかけても届かないような

大きな溝があったのです。

しかし、今ではそんなことはありません。


羽澄も愛咲も、欠片程度は

変わっているのでしょう。

それを嬉しく思うか、切なく思うか。

全て受け取り方次第なのです。


誰かの通学路を辿るうちに、

例の高校が見えてくるではありませんか。

横浜東雲女学院の見た目は

成山ヶ丘とまた違っていて、

女子校だと言われると

なんとなくしっくりくるような

気がするのでした。


愛咲「よし、1周まわろうぜ。」


羽澄「ですね。」


麗香「完全に不審者けぇ。」


愛咲「不審者どんとこい、だ!」


麗香「それは駄目なやつけぇ…。」


羽澄「あははっ。まあまあ、1周歩くくらいならなんとも言われませんよ。」


麗香「羽澄先輩が言うなら大丈夫。」


愛咲「うちは!?」


麗香「まだまだけぇ。」


愛咲「ぐっ…伸びしろしかないな!」


麗香「流石ポジティブだけが取り柄けぇ。」


愛咲「誰が馬鹿だ!」


羽澄「ふふ、言ってないですよ。」


愛咲「それならいーんだ!」


いつもとも言えるやり取りを交わし、

ぐるっと1周回ってみる。

すると、どこからともなく

楽しげな音楽が流れてくるではありませんか。

そういえば、この学校には

音楽科が併設されているのでしたっけ。

昔調べたか、誰かから聞いたかで

それとなく記憶は繋がっていました。

吹奏楽らしい楽器の音から

校内で流されているような

軽快な機械音まで様々です。


麗香「愉快けぇ。」


愛咲「だな!祭りって感じいーよなぁー。」


羽澄「そうですね。」


愛咲「てかさ、またみんなで花火とか夏祭りとか行きたくねーか?」


羽澄「わ、いいですね!」


愛咲「せっかくならイルミネーションとかクリスマス会とかもしてーけど、受験近いしって考えたら夏がいーよな。」


麗香「あれ、羽澄先輩は年内に受験終わるんだっけ?」


羽澄「順調にいけば、です!」


麗香「そっかぁ。」


愛咲「それに、みんな集まるってんだからさ。三門は一般受験じゃなかったか?」


羽澄「どうなんでしょうか。選抜とも一般とも聞いたことがないような気がします。」


愛咲「んあれ、そうだっけ?」


麗香「案外もう決まってたりして。」


愛咲「あちゃー、先越されてたか!」


羽澄「競争じゃないんですから。」


愛咲「いやいや、一種競争だって!」


愛咲の言うことにも一理ある。

そう思ったら何も言えなくなって

ぼんやりと足をすすめるだけ。

その後は、流れるように

愛咲が別の話をし出したのでした。


1周歩いて校門前に

戻ってくる頃には、

人の出入りは落ち着きつつあるのか

疎になっているような気がします。

粗方学校に入っていったのでしょう。

昼もいい時間なので、

みんなご飯を買いに行ったのかもしれません。


麗香「どうする?」


そう言い出したのは麗香ちゃんでした。

確かに、1周はした上、

羽澄たちは招待券も

予約も何ももらっていなければ

何もしていないので、

これ以上どうすることもできないのです。


麗香「猫カフェでも寄ってく?」


愛咲「かか、勘弁してくれよぅ。」


麗香「あ、先輩は猫が嫌いだったんだけぇ。」


愛咲「わかって言ってるだろー!」


麗香「にしし。」


2人が戯れているのを眺めていると、

自然と口角が上がるのを感じます。

小さい子を見た時と

同じような状態です。

微笑ましい、とはまさにこのことであり、

羽澄の守りたいと思う景色の

ひとつでもあるのでしょう。


2人がわちゃわちゃと騒いでいると、

不意に近づく影があったのです。

それに気づいた羽澄は

そちらへと顔を向けると、

その人は大きく手を振ってくれたのでした。


梨菜「おおーい!」


愛咲「ん?…あ!梨菜ー!」


麗香「…!」


梨菜ちゃんはたたたと

駆け足で近づいては、

学校指定の小さいバッグ…

サブバッグと思われるものを

肩からかけていました。

いつも通りのサイドテールを揺らしています。

けれど、今日はいつもより

上機嫌のようです。


梨菜「どうしたの?あ、文化祭だから?」


羽澄「そうなんですが、招待券も何もないのでぐるっと校外を回ってきたところです。」


梨菜「え!中入っちゃえばいいのに。」


愛咲「いやいやー、規律違反はよくねーぜ?」


梨菜「検問はね、校舎内の方にあるんだけど、そこの駐車場でやってる屋台には多分いけるよ?」


愛咲「…まじか…?」


梨菜「まじ!だって今日私服の人ばかりだし、みんなも私服だから行ける!」


麗香「どういう理屈けぇ…。」


羽澄「他学校の生徒とはバレないからよし…と言うことでしょうか?」


梨菜「そういうこと!さっすが!」


羽澄「えへへ。」


愛咲「えーうちはうちはー。」


梨菜「よし、愛咲ちゃん!焼きそばゲットしに行こう!」


愛咲「おーい無視かよー!ちょちょ、手を無理矢理引かない引かないー!」


梨菜ちゃんは愛咲の手を掴むと

そのまま校門をくぐり

真前の駐車場へと向かって行きました。

微かに鼻をくすぐる

屋台のいい匂いは、

嗅ぐだけで夏を彷彿とさせます。

香りには大きな力があるのだと

思わざるを得ません。


麗香「…。」


羽澄「…?」


ふと満ち足りた気持ちで

麗香ちゃんを見てみると、

何だか険しい顔をしていました。

口元を袖で隠し、

じっと睨むように2人を見つめているのです。


羽澄「羨ましかったんですか?」


麗香「…ん?」


羽澄「愛咲と居たかったのかなーって思いまして。」


麗香「あー…それも少しはあるけど…殆どは別けぇ。」


羽澄「別ですか。」


麗香「うん。」


麗香ちゃんはすん、と答えると

校門の近くにあった石の長椅子に

ゆっくりと腰をかけて

足を伸ばすのでした。

羽澄も近くにまでは寄り、

座らずその場で立ち尽くして

愛咲を待つことにします。


羽澄「別のこと…聞いてもいいですか?」


麗香「うーん、大雑把になら。」


羽澄「ありがとうございます。」


麗香「この前、あてと嶋原、遊留、あての幼馴染の4人で日帰り旅行したの覚えてるけぇ?」


羽澄「あ、えっと…あれですよね。写真がおかしくなった時。」


麗香「そう、それ。その時に…まあ嶋原と…嶋原に、かな…色々あって。」


羽澄「なるほど…それで気になってるんですね。」


麗香「気になってる…よく言えばけぇ。」


羽澄「そうなんですか?」


麗香「そうけぇ。あんま思い出したくはないかな。」


羽澄「…。」


麗香「そういえば、羽澄先輩。」


羽澄「はい?」


麗香「思い出せた?」


羽澄「何もですか?」


麗香「ほら、昔逸れた友達を探してるって言ってたやつけぇ。」


羽澄「それは全然…。」


麗香「…。」


羽澄「その友達のことは何ひとつ覚えていないんです。それから、どうして羽澄は今の進路にしているのか分からなくなっているんです。」


麗香「進路?」


羽澄「…はい。剣道部に入ったのも、将来就職先を自衛隊にしたのも全部…。」


麗香「…そうけぇ。」


羽澄「…。」


麗香「守りたかったんじゃない?」


羽澄「…守り…?」


麗香「そうけぇ。あてはそうなんじゃないかなって、前に話を聞いた時に思ったけぇ。」


羽澄「羽澄が話してたんですか?」


麗香「うん。少しだけね。」


羽澄「今度教えてください!」


麗香「りょーかい。」


麗香ちゃんは困ったように、

将又頼ってもらえたことに

面倒臭さと嬉しさを覚えるように

眉を若干下げて笑いました。


羽澄は、きっと大切なことを

忘れているのでしょう。

どうでもいいことであれば、

麗香ちゃんはこんなにも

気にかけないはずだと

勝手に思っているのです。


羽澄「その羽澄の友達の話は、愛咲は知ってるんですか?」


麗香「さぁ。羽澄先輩が話してたら知ってるだろうけど。」


羽澄「うむむ…記憶にないですね…。」


麗香「話してないのか忘れたのかは分からないけぇ?」


羽澄「はい…。」


麗香「仕方ないけぇ。もう起こっちゃったことだし。」


羽澄「…。」


足をぷらんぷらんと

交互にあげては落としていました。

こつ、こ、と

石の椅子と靴がぶつかる音が

鈍く響き渡ります。


麗香ちゃんはどこを見ているのか、

視線を下げては憂いでいるようにも

見えたのです。

愛咲の前ではしないような

表情だったものですから

つい気になりました。

愛咲はあのように元気な人であるから

自然と元気になってゆくけれど、

抱えているものがなくなるわけではない。

それらに目を向ける時間が

少しばかり減るだけなのでしょう。

麗香ちゃんは今、

両手に抱えているものを

見ているのではないでしょうか。


羽澄「……羽澄達は…。」


麗香「…?」


羽澄「…麗香ちゃんに、色々押し付けているのかもしれませんね。」


羽澄は笑ったのでしょうか。

それとも悲しそうな顔をしたのでしょうか。


麗香「押し付け?」


羽澄「はい。そう言ってしまうと強い言い方かもしれませんが、梨菜ちゃんのことも、羽澄が忘れてしまったことも、麗香ちゃんは覚えてる。」


麗香「…。」


羽澄「それに、花奏ちゃんの時もいの一番に動いてくれました。」


麗香「それは…別に。」


羽澄「麗香ちゃんに、負担ばかり押し付けているんじゃないかと思うんです。」


麗香「…あー…羽澄先輩はさ、海の底のことは覚えてるけぇ?」


羽澄「海の底…?はい、多分大体は。」


麗香「その中で、白いワンピースを着た人と会ったのは?」


羽澄「勿論覚えてます。」


目を閉じずとも想起することができました。

あの目が痛むほどの青、

そして眩むように強い白。





°°°°°





羽澄「あの、あなたは誰なんですか。」


「ボクが誰であろうと、君達には関係ないよ。」


麗香「…何あいつ。」


羽澄「そんな敵意を剥き出さなくても。」


麗香「原住民か何か?」


「違うよ。」


麗香「じゃあ何。」


「何であっても構わないよね。」



---



「自分のやるべきことを忘れていないよね?」


羽澄「…何を言ってるんですか。」


麗香「…っ?」


羽澄「………それは、誰に対して」


麗香「早く先輩を助けに行かないと。」


羽澄「待って、麗香ちゃん。」





°°°°°





羽澄達は、間違いなく

海の底にいたのです。


麗香「その時にあて、「自分のやるべきことを忘れちゃいないか」って言われたのも覚えてるけぇ?」


羽澄「はい。」


麗香「それ、なんじゃないかなって。」


羽澄「…。」


麗香「あてのやるべきこと…言葉にするのは難しいけど、みんなの色々な事情を知って、大切に手で覆っておくことなのかなって…ちょっと思ったけぇ。」


羽澄「…それは、辛くはないですか?」


麗香「辛かったらやめるし、そもそもこれがやるべきことって決まったわけじゃないけぇ。ただ思いついただけ。」


羽澄「そうですか。」


麗香「ま、羽澄先輩はあての心配なんかしてないで自分の将来のことだけ心配してればいいけぇ。」


羽澄「なっ…冷たくありませんか!」


麗香「羽澄先輩ってそんなに勉強できたけぇー?」


羽澄「で、できますよ!多分…。」


麗香「にしし。あれあれー?」


憂げな雰囲気も顔も全て1度

地面に捨て去ると、

今度は意地悪そうな顔を持ち出して

羽澄の前に手渡すのです。

むっとして、羽澄も愛咲みたく

簡単に怒ってみせます。

すると麗香ちゃんは嬉しそうに

けたけた笑うのでした。

それでいいや、と思ってしまいます。

愛咲もこんなふうに感じていたのでしょうか。

まさか羽澄にこのような

言動をしてくれるとは思っていなかったので、

嬉しさが勝るのでした。

まるで猫のようだ、なんて

思ってしまったのです。


麗香ちゃんは多くのことを

抱えているのでしょうけれど、

彼女が大丈夫と言うのであれば、

彼女が頼りたいと思う時まで

見守ることにしておこうと思います。

彼女は、悪いことをしようと

しているわけではありませんし、

そんなことをするような人でもありません。

大丈夫。

麗香ちゃんなら大丈夫。

そう、羽澄自身にも暗示をかけるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る