チャンポン
あべせい
チャンポン
酒やウイスキー、焼酎を一緒に飲むことをチャンポンする、と言うが、これは「混ぜる」を意味するインドネシアなど東南アジア方面の言葉「チャンポン」から来ているらしい。
沖縄のゴーヤチャンプルのチャンプルも混ぜるという意味のようだ。チャンポン麺のチャンポンも勿論、「いろんな具材を混ぜる」意味から、名付けられたと考えられるが、その真偽は他に譲るとして、これは長崎チャンポンを食べさせるお店のお話。
若いカップルが待つテーブルに、若い女性店員が出来あがったチャンポンの丼を運んでくる。
「お待たせいたしました。こちらが、並み盛りです……」
と言って、男性の前にチャンポンの並みを差し出す。
さらに、
「こちらが倍盛りです」
と言って、見るからにうずたかく盛られた丼を女性の前に置いた。
と、胸に「店長」のカードをつけた30代の男性が慌てて駆けつける。店長は女性店員に、小さいがきつい調子で、
「キミ、逆、逆だよ。倍盛りは、こちら……」
といって、男性客の前の丼と女性客の前の丼を取り換えようとした。
すると、女性客が、ささやくように、
「いいンです。それで……」
店長の巻里(まきざと)は、一瞬、耳を疑い、
「エッ!? これで、いい?……」
自分の間違いに気がつき、絶句する。
女性店員の夢子は、またか、という表情をして、厨房に引き返す。
夢子は、厨房のカウンターの前に来ると、厨房で麺ゆで機を操作している男性店員に、
「またよ、あの店長。池家クン、なんとかならない?」
「夢子、巻里店長は、この店に配属されてまだ1ヵ月だ。仕方ない。大目に見てやれ」
「でも、社員よ。威張って、バイトのあたしたちをアゴで使って、それでお客さんに恥をかかせて。前の平山さんが戻って来ないかなァ。あの人は、わたしのことを、よくわかっていた……」
「あの店長は、新宿店に栄転だろ。おれは好きじゃなかった」
「この調子じゃ、リピーターがどんどん減っていくわよ」
池家は夢子の言い分にも一理あると思うが、巻里とは同じ大学出身で同期だから、あまり悪く言いたくない。
「店長は文学部の秀才で、文科省の高級官僚になって日本語教育の改革を目指していたが、官僚試験に落ちて、このチャンポンの会社に来たらしい。官僚志望がメンを食べさせるンだから、うまくいかなくて当たり前だ」
「池家クン、詳しいわね。どうして?」
「そりゃー……」
「そりゃ、同じ女子学生に恋して張り合った仲なンだから、いろいろ調べたよ」と言いたかったが、夢子にそれを知られては、いまは都合が悪い。
で、
「店長に誘われて飲みに行って、いろいろ愚痴をこぼされたから……」
そう誤魔化した。
「いつ?」
「3日ほど前だったか」
「3日前!? 3日前は……」
「夢子、店長、うしろ」
池家は、店長が厨房に来たのをしおに、おしゃべりを打ちきった。
店の構造上、厨房からホールのようすは見えない。しかし、それは突然だった。
丼鉢が床に落ちて壊れる音に始まり、
「キャーッ!」
「ママ、ちょっと!」
「もォ、やってられないわヨ!」
女性の金切り声が続き、
「お客さま、落ちついてくださいッ」
と夢子の声がする。
厨房の池家は、あまりの騒ぎに、厨房を飛び出した。
「あなたッ、ナニさま!」
「ナニをしようと関係ないでしょうがッ!」
「それはそうでしょうが……」
時刻は午後3時を過ぎ。20畳ほどのホールには、厨房寄りの隅のテーブルに、50前後の婦人と20代の若い女性が向き合っているだけ。
母子と思われるその2人のそばで、巻里が元気なくうなだれている。
夢子は、床にちらばった丼鉢のかけらと、汚く広がっている麺と具をモップで集めている。
「ママ、出ましょッ」
「そうね。こんなところで食べていたら、消化不良を起こすわね。お代は、おいくら!」
巻里は、ゆがんた顔をあげ、
「お支払いは、けっこうでございます」
と言って、再び頭を下げる。
「そォよね。当然よね」
「ママ、もういいから、早く出ましょ」
「失礼なお店。2度と来てやるものですか!」
中年婦人は、そう捨てゼリフを残して、娘と去った。
「池家」
巻里が、ホールの長椅子に腰をおろし、
「しばらく店を閉めてくれ」
池家は「いいンですか」と言いながら、ドアに準備中を示すプレートを吊るした。
巻里は「おれは少し休む」と言って、そのまま客用の長椅子に横になる。
夢子によると、こういうことだ。
夢子は、問題の母子にチャンポンを運んだ。
並盛り2つ。しかし、2人はすぐに手をつけず、スマホをいじっている。席についたときから、2人はズーッとスマホに夢中だった。2人の間に会話は一切ない。夢子が注文をとりにいったときも、2人はスマホから目を離さず、メニューを指差しただけだ。
2人の動きを観察していた夢子も、5分以上、チャンポンに手をつけない2人を見ていて、「食べるの食べないの! いい加減にしたらッ!」と思ったほど。
2人が箸をもって麺を食べ出したのは、夢子が運んでから10分以上も過ぎてから。それで2人のスマホいじりが終わったわけではない。2人は、スマホを左手に持ち、右手の箸でゆっくり麺をたぐりよせ、すすっていく。
これが日本の現状なのか。娘がやるのならわかる。母親は娘に注意するどころか、一緒になってスマホに熱中している。嘆かわしい。店長の巻里はそう思ったに違いない。
で、2人の席に近寄ると、
「せっかくの麺が冷めてしまいます。おいしいうちに召しあがっていただけませんか」
そうささやくように、注意を促した。
すると、母親がギョロッとした目を巻里に向け、「あんた、だれ! なにをどうしようと、わたしたちの勝手でしょッ!」。
それに娘が加わって、「おいしい? 冷めないうちに、ですって! もう冷めているわよ。こんな麺、おいしいわけないじゃない!」
巻里に食ってかかった。
それでも、巻里が黙って引き下がれば、まだよかった。
巻里も内心、キレたのか、
「この店は、スマホをいじる所ではございません。チャンポンをおいしく食べていただく場所を提供させていただいております」
正論を述べてしまった。
火に油を注ぐと言うが、巻里のことばは、火に爆薬をぶちこんだようなものだ。
「あなた、ナニサマ! 店長がお客に指図をすんノ!」
「こんなまずいチャンポンを食え、って! いいわ、食えないようにしてやる!」
母親がそう言ってテーブルの丼鉢を払いのけた。
非は明らかに母子にある。
小さな店とはいえ、店内の管理権は店長にある。どこに腰掛け、どのように食べるかは、店長の指図があれば、お客は従わなければならない。それが嫌なら、出ていけばいいのだから。
池家は、巻里は我慢したほうだと思う。名門の私大を出て、こんなところで働いている頭脳ではないはずだ。
池家は、店内の椅子に長く横になった巻里を見下ろし、おれだったら、母子に手を上げたかもしれないと思った。
午後10時の閉店後、池家は巻里と近くの居酒屋に入った。
巻里に誘われたからだ。2人で飲むのは、これが2度目。
前回同様、ビールに始まり、焼酎の水割り2杯目で、巻里が愚痴りだした。
池家は、時計を気にしている。11時過ぎに、夢子からお金を返してもらう約束だから。どうして夢子に金なンか貸したのだろう、と池家はいまは後悔している。
「池、折り入って頼みがある」
「?」
昼間の母子騒動のことだと思っていた池家は、肩透かしにあった気がした。
「夢を譲って欲しい」
「!……」
夢とはもちろん、夢子のこと。
池家は、巻里が夢子に惚れていると思ったことがなかった。
「3日前、夢を誘ったら、こう言われた。『池家クンが、いいと言ったらね』。知らなかった。おまえたち、いつからなンだ?」
「それは……」
池家は、学生時代、同じクラスの教授の娘を巻里と張り合ったことを思い出した。
細面の美人で、前を通り過ぎようとすると、誘うような視線を送ってくる。
池家はドイツ文学の講義が終わったあと、彼女のあとをつけた。彼女はスクールバスで最寄駅まで行くと、電車に乗り2駅目で下車。あとは、とぼとぼと歩いて行った。
その辺りは、外国の食品や雑貨を扱う店が多く点在する地域だった。彼女はそのなかの一軒の店に入った。
池家が店のウインドウ越しに中のようすをうかがっていると、店の者らしい若い男性が現れ、笑顔で彼女に応対している。それが同じクラスの巻里だった。
あとでわかったことだが、巻里はその店で、講義のない時間、アルバイトをしていた。
巻里は彼女が欲しがっているものがバイト先にあると言って誘ったのだが、うまく彼女の希望に沿えず、彼女のハートも掴むことができなかった。
そのことがきっかけで、池家はそれまで口をきいたことがなかった巻里と話をするようになった。
教授の娘には、結局2人とも見事に振られた。
彼女は、池家と巻里が無駄な誘いをかけている間に、同じ学部の仏文科にいた大手企業社長の跡取り息子と、頻繁にデートするようになった。その後のことは知らない。
「池、どうなンだ。夢と、別れる気はあるのか?」
巻里は自分勝手な男だ。自分の思い通りにならないと、癇癪を起こす。
「別れるもなにも、つきあっちゃいない」と言いたいところだが、その説明をするのが面倒だ。池家は考える。
「いいよ。巻里には、昔のこともあるから、引き下がるよ。夢子には、おれから言っておく」
池家は、色男ぶっている自分が気恥ずかしくなったが、
「そうか。譲ってくれるか!」
喜ぶ巻里を見て、放っておけと思った。
巻里は話す。
「おれは、あいつに、50万も使っているンだ。半分は、サラ金で借金して用立てた金だ」
池家は考える。一夜で15万円だから、50万なら、3夜分か、と。
池家が夢子に気持ちが動いたのは、半年も前のこと。池家が大学を出て就活もせず、バイトを転々としてスナックの次に見つけたのが、このチャンポン店だった。
ウインドウに張りつけてあった「バイト募集」に心を動かされたのは、そのときウインドウ越しに見えた女性店長の美形だった。
面接を受け採用となったが、1週間もしないうちに、美形店長は他の店に移って行った。それが2年前。ことしになって夢子がこの店に来た。
面接した当時の店長の話では、夢子は前にパン屋にいたという。しかし、それにしては化粧が派手で、客あしらいも手馴れている。
池家が夢子に引かれたのは、かわいいしぐさと若い体だった。年齢は、6才下。半畳しかない更衣室で着替えているところをうっかりドアを開け、覗いてしまったことがきっかけだった。
そのとき半裸だった夢子の豊かな胸のふくらみと、くびれた腰のラインが、目に焼き付いた。しかし、同僚に裸を見られた夢子は、不注意とわかったためか騒がなかった。考えれば、内カギをかけなかった夢子にも非がある。
それから1ヵ月後、池家は仕事の帰り、夢子を誘った。店は店長を含め6人が、早番、遅番に分かれて切り盛りしている。
それまでは早番だった夢子が、その日から遅番に替わっていた。池家は、夢子が知っているというスナックに入り、夢子が注文するままに飲んだ。
勘定は池家が払い、外に出たとき、夢子が「うちに来て、飲み直す?」と、蠱惑的な目を向けた。
2人はタクシーを捕まえ、4、5分でマンションに着き、夢子の部屋に入った。しかし、池家はなぜか急に気持ちが悪くなり、夢子のベッドに服を着たまま、転がった。
池家が目を覚ましたのは翌朝。上着とズボンを脱ぎ下着のまま、ベッドに横たわっていた。
隣を見ると、夢子が全裸で寝ている。池家がそれよりも驚いたのは、1LDKの部屋のなかの乱雑ぶりだった。引っ越して来た直後のように段ポールがあちこちにあり、下着が部屋の中に張った針金に吊るしてある。
隅にある小さな卓には、空き缶、飲みのこしの酒瓶、カップ麺の容器、飲みかけのカップがのっている。生ゴミと思われるゴミ袋が3、4個。新聞、雑誌、チラシの類が散乱していて、とても人間の住みかとは思えない。
池家のアパートでも、ここに比べたら、まだ住みやすい。さらに、化粧が禿げ落ちた夢子の寝顔を見て、池家は性欲どころか、生きる気力さえ奪われそうになった。
ぽっちゃりとした肉体も、寝そべっているブタを連想させた。池家は、夢子を起こさないように、こそこそと服をまるめて廊下に出ると、そこで服を着なおして逃げ帰った。
何もなかった。何もしていない。池家はそう信じて、その日、いつもの通り午前11時に店に出た。
夢子もいつもと変わらない。
ところが、午後2時から40分の休憩時、池家が店の向かいにある喫茶店で休んでいると、夢子が小走りにやってきた。
池家の休憩時は早番の男性がひとりで厨房に立っている。夢子の休憩タイムは、池家の後のはずだ。
池家が急な団体客でもあったのかと思っていると、夢子は池家の隣に腰を押し付けるようにして坐り、「ねェ、ひとりでいい思いをしたらダメ。昨夜と同じじゃない」
池家を見ずに前を見てささやく。
「なんのことだ」
夢子はそれには答えず、
「わたし、今月ピンチなの。3万ほど貸して欲しいンだけど……」
「3万? ないよ」
「いやとは言わせないわ。明日でいいから。じゃ……」
夢子はそれだけ言うと、店に戻った。
それが2ヵ月前。
池家が翌日の閉店後、貸して欲しいという夢子の頼みを無視して外に出ようとすると、店長に呼びとめられた。
そのときの店長は、巻里が来る前の平山だ。
身長が180センチを越える大男で、肩幅も広い。年は一回り上で、女房もこどももいる。
「池家、これはなんのことだ。レジに入っていた」
と言って、池家にメモ書きを突きつけた。
それには、「借用書」として、「池家さま、3万円、夢子」と稚拙な文字で書いてあり、池家が夢子に3万円を貸したように読める。
「売上げがきっちり3万円、足りない。おまえが彼女に貸すため、ここから持ち出したように思えるが、こんなことは2度とやるな。こんど見つけたら警察に突き出す」
池家はその場で3万円を出し、頭を下げた。
事情を言っても始まらない。夢子は、セックスの代償と考えているのだろうが、池家にはそんな覚えはない。覚えはないが、あったかも知れないと思うようになった。
それから1週間おきに3万円づつねだられ、貸し金が15万円になったとき、池家はたまらず言った。
「一度、清算して欲しい。おまえをおれの貧乏神にしたくない」
「貧乏神ですって! いいわ。そんなに言うのなら、返してあげる。15万ぽっちで、ガタガタするンじゃないわ。みっともない!」
夢子が返金すると指定した日が、今夜だった。
池家は居酒屋の外で巻里と別れると、電車で2駅、さらに徒歩で10数分の道のりを行った。
前回夢子のマンションにはタクシーに乗せられて行き、酔っていたため覚えていないが、帰り道のことは頭に入っている。だから、その逆をたどればいい。
池家がそんなことを考えながら、夢子のマンションに着くと、どこかのタクシーが、客をおろした後なのだろう、去っていく光景が目に入った。
夢子の部屋は9階。
エレベータに乗り、吹き抜けの中央スペースを四角く取り囲む口の字型の廊下を歩く。
そのとき、池家はふと思った。チャンポンの店でバイトをしている若い女性が、1LDKとはいえ、どうしてこんなに立派なマンションを借りることができるンだ。
916号室のチャイムを押す。
「ハーイ」と元気な夢子の声がして、すぐにドアが開いた。
「アレッ、池クンなの? どうしたの?」
池家はとぼけられる場合を予想して、とっておいた同じ夢子の字で書かれた1枚3万円の借用書、5枚を突きつけた。
「これ、だよ」
「ウッ!」
このときだけ、夢子はリアルな反応を示したが、すぐに顔を後ろに向け、
「あなたァ!」
ナニ、あなたダ! 池家の思考回路は、ぶっ千切れる。しかし、夢子はいたって平静だ。
「ちょっと来てよ。ヘンなひとが来てンの!」
「どォした!」
ドタドタと大きな足音が聞こえたかと思うと、池家が想像だにしなかった顔が現れた。
「平山店長!」
「池かッ」
前店長の平山も、池家を見て驚いたようすだったが、夢子に「外で話をつけてくる」と言うなり、強引に池家をドアの外に引っ張り出した。
「店長、こんなところで何をしているンですか」
平山は大きな体を縮めるようにして、後ろから池家の肩に手を回すと、
「おれは今夜から、夢子と暮らす。だれがなんと言ってもだ。説教は聴かぬ、いいな」
「いいですが、奥さんと娘さんは?」
「女房は2人目を出産するため、娘を連れ実家に帰っている」
「鬼のいぬ間の洗濯ですか?」
「バカ言え。池、おまえは15万円をとり戻しに来たンだろうが、あきらめて帰れ!」
「知っているンですか」
「当たり前だ。おまえを追い返すのが、おれの役目だ」
「わかりません。15万円はぼくには、大金ですよ」
「おれがそのうちなんとか、する。池、おれはあの夢子にいくら貢いでいるか、知っているか」
池家が首を横に振ると、
「3百万、3百万だゾ!」
池家は、口をあんぐりと開けて、呆然となった。
聞けば、平山は、夢子が店のレジを開けて、池家が無断で夢子に貸したことにしたあの1件で、翌日夢子を問い詰めた。
3万円の借用書の筆跡が、明らかに女の手。それも細い針金を折り曲げた夢子の字に酷似していたから、夢子の自作自演を疑った。
本部から店長を任されるのだから、その程度の見識はあったのだろうが、その先がいけなかった。木乃伊とりが木乃伊になったようなものだ。
平山は、居酒屋の暗がりで、夢子に手を握られ、「弟が白血病でお金がいるの。わたし、どんなことをしてでも、弟を助けたい」
そうささやかれ、20万円づつ、15回、計3百万円を貸したという。
確かに、3百万円と15万円じゃ、話にならない。
しかも、平山はその3百万円を、女房の預金口座から勝手に引き下ろしている。その口座は、両親が娘の困ったときのためにと思って2千万円を預けて作ったものだが、平山は女房に無断でネットバンクを開設していた。
女房が見つければ、ネット犯罪だと言って逃げるつもりなのだろうが、そんなにうまくいくか、どうか。
とにかく、平山は、出産予定日を挟んで、女房が里帰りしている前後6ヵ月の間、夢子と同棲する約束をとりつけている。
「店長、夢子の体を、半年、3百万円で買ったつもりですか」
「そんな言い方はするな」
「しかし、店長、ぽくは何もしていないのに、夢子に15万円、持っていかれたンですよ」
「夢子は、そんなことは言ってないゾ。『15万円を5回の分割で払うから、一緒に温泉旅行に行って欲しい』って、おまえが夢子に頼んだ。そうじゃないのか」
バカなッ。そんな話を真に受けるほど、平山は夢子に狂っているのか。
と、そこへいきなり、
「池、ここで、なにをしているンだ」
巻里だった。
夢子の玄関ドアの前に、さえない男が3人並ぶ形になった。
平山と巻里は初対面、互いに相手の素性を知らない。
「巻里、おまえこそ、何をしに来た。ここは夢子の……」
平山が、その「夢子」に鋭く反応した。
「おまえはだれだ。おれの夢子に何の用だ!」
「おれの夢子? 池、この大男はだれだ。夢子の親父じゃないだろうな」
平山は、巻里のむなぐらを掴んだ。
「おやじ、だと! おれは、てい、亭主だ!」
すると、ドアが開いて、
「あんたたち、外で何してンの。ご近所迷惑でしょうが。中に入って、話し合ったら」
池家は思った。
3百万円で半年の約束をとりつけた平山に、50万円でこの先を楽しみにしている巻里、そして、たった1夜で何もしていない15万円のおれ。この女は、おれたち3人をチャンポンして、楽しんでいる。
(了)
チャンポン あべせい @abesei
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