流れの解放


サル型の魔獣は動かない。鼓動が見て取れるので生きているようだ。


大木は完全に魔獣の頭に当たって、魔獣の意識を奪うことができたみたいだ。

流石の魔獣でも巨大な質量が脳天に直撃すれば気を失うらしい。


状況が落ち着き、一気に冷静になる。


今考えれば、かなり無茶なやり方だ。でもうまくいってよかった。

体の力が抜けた。魔石もほとんど使い切った。


久しぶりに死を感じる。この世界に来てすぐの事を思い出した。あの頃もこんな風にフラフラになって死にかけたな・・・


やっぱり俺はこの世界で生きていくには、まだまだ甘い。


今回みたいに運がよくなければ、簡単に死んでしまう。痛む手足が、死を意識させる。途端に体が冷えた。


そこまで考えて、まだ魔獣が死んでいないことを思い出す。


この魔獣の意識がいつ戻るか分からない。できる限り早くこの雑木林を出よう。


悲鳴を上げる体にムチを入れ、歩き出す。一歩、歩くごとに体のいたるところから痛みが伝わってきた。


林の中をゆっくり歩いていく。

破裂魔石を踏んで発動させたから、予想以上に足を怪我してしまった。痛みが激しく走ることが難しい。こっちの世界に来てから初めて大けがをしていた。


こんなに痛いのか・・・血も流れていて、歩いてきた跡が残る。


しかし、諦めずに、歩き続けたかいがあった。遠くに街の明かりが見えてきた。


やったぁ!もう少しだ。


だが・・・現実はやはり・・・甘くない。

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」


木々に反響し、林のいたるところから、唸り声が聞こえる。まるで、雑木林全体が鳴いているみたいだ。


「くそッ アレでもまだダメなのかよ。」

魔獣の生命力を侮った。こんなにも回復力があったなんて。


爆発音のような轟音がした。後ろを振り向くと、ヤツはいなかった。どこに行った!?


ふと、辺りが暗くなる。・・・いや、違う!地面に、はっきりと大きい影が迫った。


上に振り向き、魔獣の姿を捉えるが・・・もう遅い。


上空から体の左側を、巻き込むように殴られた。体から聞いたことが無い音と、抗いようのない力を感じる。

自分の体が歪んでいることを実感する。


いったいどれぐらい吹き飛んだのだろう? 意識を失わなかっただけ運がいい。

体がしびれて、起き上がれない。


魔獣はゆっくりと近づいてくる。大きな口を開け、大量のよだれが落ちる。

人の腕を食べていた。不規則に体が欠損した死体もあった。おそらくこのまま食われてしまうのだろう・・・


こんなところで終わるのか?


嫌だ・・・

 

元の世界でも何もなせていない。こっちの世界でも何もなせていない。こんなとこで死にたくない。

言い難い悲しみが心に広がり、流れる血とは反対に体が冷えていく。


まだ動く右手でバッグの中を探ると、余っている魔石に手が当たる。確か・・・残りは高純度の光と火の魔石だ。


火の魔石は発動が遅いし、燃やす物に接触していないと、効果を出せないが、もうなりふり言ってられない。

すでに魔獣は目の前にいる。ニヤついたその顔が脳裏に刻まれる。そしてゆっくり、その大きな口が開いた。


いつもの感覚で魔石を掴む。最後の力を振り絞って魔石を取り出し、開かれた口に、自分から腕を突っ込んだ。


視界に映る景色がゆっくりとしたものになる。もしかしたら本当にゆっくりと口を閉じているのかもしれない。


俺は目を閉じて集中し、大量の熱が伝わるように、熱が流れるイメージを持って、全力で魔石を発動した。



魔石は、そのイメージに答え、大量の流れを作り出す。


途端に魔獣の口は青白く発光し、バチバチと激しく連続した破裂音が鳴り響く。


魔獣の体中に強力な電撃が走り回った。サルの魔獣は激しく痙攣し、最後に口の中から煙をだして仰向けに倒れた。


魔獣を完全に倒すことができていた。


俺はそれを確認する気力もなく、そのまま意識を失った。

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