クレイジーリセット
一ノ瀬 乃一
0. 葬られた救済
ふと、死のうと思った。
小学校からの帰り道。俺は通学路を外れて近くの山に足を踏み入れていた。
きっと数ヶ月前に両親が事故で死んでから精神的にずっと疲れてたんだろう。
親戚の家に引き取られて環境がガラリと変わって、それでもどうにか立ち直ろうと転校先の学校で無理して明るく振舞っていたのが逆効果だったらしい。
ぬけ殻の身体にムチ打ったらそのまま潰れたというか、マリオネットを無理に動かしたら糸が切れて動かなくなったというか。
ただ疲れたなら休めば治るが、どう休んでも疲れるならそりゃ人生やめたくなる。
生きる気力はないのに不思議と死ぬ気力だけあるのは、マラソンのゴール前と同じで人間これで最後だと思えばもうひと踏ん張りできるもんなんだろう。
思い立ったが吉日というが、俺の場合は命日になりそうだ。
だけど自殺するにしても極力人に迷惑はかけたくない。
自分の首ならともかく、これから生きる人の足を引っ張るのは流石に後味が悪い。まあ、死んだら後味もクソもないけどとにかくごめんだ。
だから、俺は熊で自殺することにした。
こうして熊出没注意の看板を無視して、人気のない山奥の森を突き進んでるのもそれが理由である。
こんな場所に人はまず来ないし、熊に食われれば俺の死体も腹の中に隠せる。仮に死体が発見されても、熊の危険を知らしめる教訓として後世にお役立ち。
まさにどう転んでもWINWINな自殺。そう思ってたんだが……
「全然出て来ねえ……」
肝心の熊がいなかった。
秋の夕方の時間は特に出ると聞いたのにまったく出会えない。ある日の森の中でも花咲く森の道じゃないからか。
今さら熊で自殺はないんじゃないかと正気になりかけてると、急に目の前の森が開けて小さな沼が見えて来た。
濁っていて底はあまり見えないが、溺れるには十分な深さ。「お兄さん、死ぬならこの沼がおすすめだよ」と変なオヤジに勧誘されてるよう。やけに親切だ。
「……もうここでいいか」
俺は泳げないからこの沼に飛び込めばまず死ねるし、沈めば誰にも発見できないだろう。熊とか餓死とか待つよりこっちの方がてっとり早い。
とりあえず傍らに落ちていた石を左手に握り込む。
そしてランドセルからガムテープをとり出して、余計な真似ができないように念入りにその拳をグルグル巻きにした。
これで封印の完成。沈むための重石代わりにもなるし、なにより俺の能力を封じれる。
準備は整った。後は人生最後の走り幅跳び。
助走をとって二度と岸に、いや現世に戻れないよう勢いよく沼に飛び込んだ。
水面が弾けて、口の中から大量の泡が暴れる。
「ゴババババッ」
命が逃げ出す音。苦しさに負けて両手両足をバタバタ動かしても、もう前後左右もわからない。だんだん身体の自由が効かなくなって、意識も遠くなって来る。
もうきっと助からない。でも……別にどうでもいい。
そう全てを諦めたその時だった。
勢いよく腕を引っ張り上げられたのは。
(…………え?)
この時の光景を、俺だけは決して忘れない。
溺れている俺を助けてくれたのは、同じ顔をした二人の少女だった。
もし俺に罪があるとすれば。
それは自殺しようとしたことよりも、ここで命を助けられたことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます