最終話 手を取り共に

「さて、マリリン嬢。行こうか」

「はい。エドワード様」


 カリーナ様が去ったことを確認すると、エドワード様は蕩けるような笑みを私に向け、胸に手を当てて恭しくお辞儀をした。そして差し出された手に、私はそっと自分の手を重ねた。


 エドワード様にエスコートされながら私たちは会場の中心へと向かう。参列者はみんなエドワード様な隣に立つのは誰かと話しているようだ。


「みんな君に見惚れているね」

「違いますよ。エドワード様に見惚れているのです」

「いや、僕の耳には君の話題ばかり入ってきているよ」

「…さようですか」


 チラリと見上げたエドワード様は嬉しそうに頬を上気させている。


 間もなく会場の中心に到着し、エドワード様は会場を見回した。


「本日は私の誕生パーティのため、遠路はるばるご列席賜り誠にありがとうございます。本日の会場の装飾から料理、飲み物に至るまで全てこちらのマリリン・モントワール嬢が手配をしてくれた。自信を持って最高の誕生パーティになると宣言する。存分に楽しんでくれたまえ」


 エドワード様の凛とした声が会場に響き、一呼吸遅れて会場中から、わぁっと歓声が上がった。エドワード様を祝う声と拍手が会場中に鳴り響く。


「嘘…あの『壁の花』が?」「美しい…彼女は本当はあんなに美しかったのか」「この会場の手配をマリリン様が…?」「是非今度の我が家のパーティもプロデュースしてもらいたい!」


 祝いの声に混ざってそんな声も聞こえてきた。少し気恥ずかしいが悪い気はしない。エドワード様の隣に立つのだ。精一杯飾り立てた甲斐があった。


「それにしても、まさか君が僕のパートナーを引き受けてくれるなんて思いもよらなかったよ」


 エドワード様は、しばらく来賓の挨拶対応に追われていたが、落ち着いた頃合いを見計らい私の側に来てくれた。

 私は私で、是非パーティや茶会のプロデュースをして欲しい、調度品を一新しようと考えているが商品を紹介してもらいたい、この料理はどこで食べられるのかなどなど様々な繋がりを得て満足していた。


「そうですか?…ふふ、考え直したのです。エドワード様の誕生パーティには国内外の重鎮がたくさんご列席されます。我が商会と取引のない方もまだまだいらっしゃいますわ。この場の宣伝効果は凄まじいものになるでしょう。手配を請け負ったのがモントワール商会であるとご理解いただくためにも私が表に立つのが最適だと判断したのです」

「ははっ、君らしいね。…そうだ、言い忘れていたけど、今日の君は見惚れるほど綺麗だ。普段の君も愛らしくて素敵だけど。送ったドレスが無駄にならなくて安心したよ」

「ありがとうございます。エドワード様も素敵ですわ」

「ありがとう」


 エドワード様がウェイターから白ワインを受け取り、私に手渡してくれる。二人で料理が並ぶテーブルへ行き、今日のために王城のシェフ達が腕によりをかけてくれた料理を堪能する。

 そして一息つくためにバルコニーに出て夜風にあたった。

 会場からはガヤガヤと賑やかな声が響いてくる。みんなとても楽しんでくれているようで何よりだ。


「ねぇ、前から思ってたんだけど、僕の耳と君の商売魂はとても相性がいいと思うんだが」

「ふふっ、そうですわね」


 それは私も思っていたことだ。

 今回のカリーナ様の企ては、私の元に駆けつけてくれた商人達と、王城での怪しい話を聞きつけたエドワード様により未然に防ぐことができた。

 こうした社交の場でもエドワード様が聞きつけたことを私に教えてくれれば、そこから新たな商売が生まれうる。


「それで、そろそろ僕の奥さんになる決心はついたのかな?」

「ええ、そうですね」

「ははっ、そうだよね。まあ気長に口説き落とすとするよ……え?今なんて?」

「なんでもありませんわ」

「いやいやいやいや!え、ちょっと待って…あー…」


 目を白黒させて慌てるエドワード様が可愛らしい。いつも翻弄されるのは私ばかりだったから、少し意趣返しができたようで満足だ。


「エドワード様、心よりお慕いしております」


 信じられないというように私を見つめるエドワード様に微笑み返し、私は心からの言葉を送った。

 エドワード様は深いため息を吐くと、熱を帯びた瞳で真っ直ぐに私を見つめてくれる。


「はぁ…最高の誕生日だよ。マリリン、必ず君を幸せにすると誓おう」

「よろしくお願いします」


 差し出された手に、そっと手を重ねる。エドワード様の顔が赤い。


「あーー…最後の切り札にと取っておいたんだが、僕はいずれ公爵位を賜って王城を出るつもりなんだ。だから、例えば君が筆頭となり新しく商会を立ち上げる、なんてこともできると思うんだ」

「…それは魅力的すぎるお話ですわ」


 でも、そんな条件がなくても私はエドワード様の手を取った。この二ヶ月共に過ごすうちにゆっくりと育まれた暖かな気持ち。『壁の花』として商売に携わってきたけれど、どんな形であれ商売は続けることができる。

 大切なのは『信頼』と『情報』。私がこれまで築いてきた信頼関係はこれからも根強く私を支えてくれることだろう。

 私は、真っ直ぐに私を愛して敬ってくれるこの素敵な王子様と未来を紡いでいきたい。彼とならきっと、今まで以上に楽しくて素敵な毎日が過ごせることだろう。





 その後、商会の仕事を妨害しようとした罰で、カリーナ様はしばらくの謹慎を言いつけられたらしい。ましてや王族からの仕事を請け負っていた私への妨害は、回り回って王族に害を及ぼすもの。そこまで気が回っていなかったらしいカリーナ様は顔を真っ青にして大人しく謹慎しているらしい。何でもお父上の伯爵様がひどくご立腹で、カリーナ様は辺境の地へと嫁がれることになったようだ。キツくお灸を添えられて、今後は血迷ったことをしないように祈る。


 ちなみに、罰が謹慎のみで済んだのは、私がエドワード様に嘆願したからだ。エドワード様は「そんな軽い罰でいいの?」と何度も確認されたが、「ええ、だってカリーナ様も我が商会の大事なお得意様ですもの。うふふ、実は伯爵様が今後全ての取引は我が商会を介して行なってくれると言うのです。しっかりと稼がせていただきますわ」とお答えすると、驚いたように目を見開いた後、大笑いをされてしまった。




 ーーー数年後、モントワール商会と肩を並べる勢力が台頭することになる。その商会の名前はマリリン商会。とある公爵家の奥方が商会長を務める女性ならではの視点が光る商会である。

 奥方は目立たぬように変装して、今でもパーティで商売の種を拾い集めては綺麗な花を咲かせているらしい。














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『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜 水都ミナト@【解体嬢】書籍化進行中 @min_min05

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