第2話 マリリン・モントワール伯爵令嬢

「おお、マリリン。おかえり。パーティはどうだった?」

「お父様、ただいま戻りました」


 屋敷に帰るといつものようにお父様の執務室に向かう。長身で姿勢も良く、後ろに撫でつけた茶髪は今日も艶やかだ。顔には年相応に皺を刻んではいるが、我が父ながらかなり男前だと思う。


 ソファに腰掛けた私に執事のセバスチャンが素早くお茶の用意をしてくれる。

 今日は仕入れたばかりの工芸茶を淹れてくれた。東の国の特徴的なお茶で、蕾のような小さな丸い茶葉にお湯を注ぐと、ゆっくりと茶葉が開いてカップに美しい花が咲く。ちょうどリーナ様のお茶会用にどうかと考えていたお茶だ。うん、やっぱり華やかで香りも良くってお茶会にはうってつけだわ。


「お父様、この工芸茶に合うお茶菓子も仕入れておりましたよね?後で一覧を見せていただいても?」

「ああ、もちろんだよ。また何かいい情報を仕入れたんだね」

「うふふ、まあそうですわね。ああ、先日専属契約したドレス専門店ですが、ローズマリー様にとても好評でしたわ。きっとあのドレスに魅入られた他の令嬢方もこぞって注文を取り付けるでしょうね」

「ふむ、ローズマリー嬢を広告塔にするというマリリンの企み通りだな」

「まあ、企みだなんて人聞きの悪い。今日の料理とワインも評判でしたわ。ワインは今後少し多めに仕入れても在庫を抱えずに売れるのではないかと」

「ははっ、お前がそう言うならすぐに手配しよう。他にも遠国の変わった酒も合わせて仕入れてみよう。この国には酒好きが多いからな」

「そうですわね。お酒ごとに合うおつまみやお菓子も忘れずにお願いしますね。おすすめの取り合わせとしてセットで売り込みましょう」

「もちろんだとも。抜かりはないさ」

「おほほほほ」

「はっはっは」


 お父様と二人で、うふふあははと盛り上がっていたら、呆れた顔をしたマリウス兄様が顔を出した。


「二人とも、すっごく悪い顔してるよ」

「おっと」

「あら」


 兄様に指摘され、私とお父様は口元を隠した。


「いやぁ、今日のパーティも盛況だったね。主催者のアリスト侯爵様もご満悦だったよ。またパーティをする際は我がモントワール商会に一任したいとね」

「おお!よくやった!これもマリリンのおかげだな」

「そんなことはありません。私はただ『壁の花』となり、あらゆる会話に耳を傾けているだけですもの」

「はっは、まさか日常会話から様々なニーズをリサーチされているとは皆思いもよらんだろうな」

「うふふ、商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」

「まったく、優秀な妹を持って俺は鼻が高いよ。それだけにマリリンが小馬鹿にされているのは我慢ならないんだがなあ」

「あら、私は気にしていないわ。それぐらいの方がみんな油断して色々美味しい情報を溢してくれるじゃない?私はそれをありがたく拾い集めているだけよ。どこに商売の種が転がっているか分からないもの」


 そう、私にとって社交会は絶好の情報収集の場。壁の花となり、話が盛り上がっているところへ静かに近づき、今の流行りやちょっとしたニーズを探る。


 私の実家であるモントワール伯爵家は、王国随一の商会を有している。市井に出回っている雑貨や調味料に家具、服飾、そして王城の調度品から貴族のパーティや茶会で扱う食材や装飾品まで、幅広く取り扱っている。

 商会長は父のマクベル・モントワールが務めており、後を継ぐのは長男のマリウス兄様。次男のマリク兄様はお城務めで財務部に配属されている。次期財務大臣と名高く非常に優秀な兄だ。長女のマーガレット姉様は、すでに侯爵家に嫁いでいるが、社交会での流行や噂話などがあればすぐに私に知らせてくれる。

 そして末っ子の私は、『壁の花』として商売の種となりうる情報を拾い集める。そしてその種に十分に水をやり、綺麗に花を咲かせるのだ。


「流石は我が家を支える縁の下の力持ちだな。全て良しなに取り計らおう。マリリンの好きなように動くといい」

「よろしくお願いしますね」

「ああ…マリウスの気持ちがよく分かる。お前がこれほど優秀なことを声を大にして言いふらしたいぞ」

「ふふ、ありがとうございます。ですがそうすると今のような情報収集はしにくくなりますので」

「そうさなあ…」

「それに、私は見せかけだけの評価には興味がありませんから。しっかり私のことを見て、理解してくれる家族がいますもの」


 社交の場には仕事柄よく足を運ぶ。色んな話に耳をそば立てているからこそ、謂れのない噂話や風評などもいやでも耳にしてしまう。上辺だけの付き合いは気苦労が絶えない。私は今の立ち位置が気に入っているし過ごしやすくていい。


「では、もう夜も遅いですし、そろそろ寝支度をいたしますわ」

「ああ、おやすみ。マリリン」

「おやすみなさい。お父様、お兄様」


 一仕事終えてとても気持ちいい眠りについた。翌朝とんでもないことが起こるだなんて、誰が予想できただろうか…

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