『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

水都ミナト@【解体嬢】書籍化進行中

第1話 壁の花

 絢爛豪華なパーティ会場。


 煌びやかな装飾、有名シェフが腕に寄りをかけた色彩豊かなご馳走、各地から取り寄せられた上質なワイン。参加する令嬢令息も眩いほどのドレスや礼服に身を包み、キラキラ賑やかな社交の場。


 そんな華やかな場所で、私ーーーマリリン・モントワールは壁際に一人佇んでいた。

 片手にはウェイターから貰ったワイン、もう一方の手にはお気に入りの扇を持って静かに会場を見回す。


「ほら、見て。またマリリン様ったら『壁の花』になっていらっしゃるわ」

「うふふ、もはや装飾の一部のようですわね」

「今日も随分地味な装いですこと」

「お一人で寂しくはないのかしら」


 いつものように私を見て小馬鹿にするご令嬢達。十八になるが、パートナーを連れずにパーティに参加していることも馬鹿にされる要因の一つなのだろう。


 今日の私のドレスは淡いピンクベージュ。この会場の壁紙と同じ色。もちろん事前に会場の装飾をリサーチした上で選んだのだけれど。

 そして私の薄い栗色の髪と茶色の瞳も王国ではよく見る色で、景色に溶け込むにはうってつけ。


 お淑やかに微笑みながらお皿に取った料理を味わっていれば、コソコソ此方を見て笑っていた令嬢達もすぐに興味を無くして別の集団に溶け込み様々な話に花を咲かせ始める。影の薄い私の存在はすぐに記憶から消え去っていることだろう。


 私は、『甘やかされて放任されている自由気ままな末っ子令嬢』として知られている。

 社交の場ではいつも兄にエスコートをしてもらい、兄が得意客の対応をしている間、私は『壁の花』として静かにひっそりと佇む。もちろん豪華で美味しい食事はしっかりと楽しませてもらう。



 ーーーだって、今日は特に自信があるのだもの。



 今日はワイン好きな侯爵家主催のパーティだけあって、他国の珍しいワインやそれに合わせたおつまみに料理が沢山用意されていた。



「うぅん、このワイン絶品ですわ~」

「本当、少し酸味があってこちらのチーズとよく合いますわぁ。ハーブが入っているのか爽やかな風味がするわ」

「このオリーブと生ハムのマリネとの相性も最高ですわ。噛み締めるたびに旨味が口の中に広がって…うーん、いくらでも食べられそうです」



 ほぅ…と頬を赤らめながらワインと料理の相性を絶賛する声が耳に届く。


「ふふ、そうでしょうそうでしょう。その取り合わせは特にお勧めなのよ」


 その声に思わず口元がニヤけてしまう。



「あら、ローズマリー様…そのドレスとっても素敵ね」

「おほほ、ありがとう。今日のために特別に作らせたの。初めて頼む専門店だったけれど、凄く良い仕事ぶりだったわよ」

「そうなの?良ければ我が家にも紹介してくださらない?」

「ええ、もちろんよ」



 別の集団では、侯爵令嬢のローズマリー様がドレス自慢を始めたご様子。無類のドレス好きで何十着ものドレスを所持していることは社交界では有名だ。今日のドレスは上質なレースや装飾の宝石がふんだんに使用された非常に高価なドレス。派手な顔立ちのローズマリー様の魅力を存分に引き出している。


「ローズマリー様のことだから、実物を見せれば必ず購入されると思ったわ、予想通りね。彼女に憧れるご令嬢も多いから、あの様子だとあの高価なドレスにも少なからず需要はありそうね」


 私の笑みは深まるばかり。計算したことが思い通りにいくと本当に気持ちが良い。



「リーナ様、今度のお茶会楽しみにしてますわ」

「ええ、今回もまた異国の珍しいお菓子を揃えようと思っているの。きっと初めてご覧になるものばかりよ。是非楽しみにしていてちょうだい」

「まぁ、それは楽しみですわ。お菓子に合う紅茶も用意されるのかしら?」

「もちろん、一緒に探しているところよ」

「それは楽しみですわ。前回のお菓子も大変美味しゅうございましたもの」



 またまた別の集団では、伯爵家のご令嬢であるリーナ様が近々予定されているお茶会の話題で盛り上がっている。


「うふふ、あのお菓子は私も気に入っているわ。今度はどんなお菓子を取り寄せようかしら。そういえば東の国からの商人が色々紹介してたわね。資料を見返さないとね」



 あちこちの話題に耳を傾けながら、私はボソボソ独り言を呟く。これはもう癖のようなものだ。

 私はバサリと扇を広げてニヤける口元を隠した。淑女にあるまじき表情をしている自覚はある。


「さて、今回も収穫は上々というところでしょうか」


 目的は十分に果たしたので、そろそろ退席したい。会場を見回し、マリウス兄様の姿を見つけた私はギョッと息を呑んだ。


「あれは…エドワード殿下…?」


 兄様がニコニコ話している相手はなんとこの国の第二王子だった。青みがかった銀髪に蒼碧の瞳は宝石のように煌めいている。この国随一の美女である王妃様の特徴を継いだ第二王子は、大変に見目麗しかった。


 未だ婚約者を置かないエドワード殿下に、あわよくばと色目を使うご令嬢は星の数ほどいる。実際に今も虎視眈々とエドワード殿下にお近付きになろうと獣のような目をしたご令嬢が機会を窺っている。


「見て、エドワード殿下よ。はぁ…今日も麗しいですわ~」

「どうにかお近づきになれないかしらねえ」

「私は遠くからご尊顔を眺めているだけで幸せです~」


 実際に近くの集団が殿下に熱視線を向けている。

 それにしても…


「…はぁ、みんな外見ばかり見ているのね。あの見目じゃ仕方ないでしょうけど…大事なのは中身でしょうに。エドワード殿下は外見よりもそのお心のほうがずっと美しいわ」


 エドワード・ルージュ・オリベスタ殿下。

 この国の第二王子。兄のアーノルド殿下と共に将来の国を背負って立つお方だ。


 あまり知られていない話だが、エドワード殿下は慈善事業に力を入れている。特に孤児院や貧困層の子ども達への学習支援に惜しみがない。

 この国に住む子ども達には、平等に将来を選ぶ権利を与えたいと懸命に動いていると聞いている。開けっ広げにしてしまうと、興味本位で孤児院を覗きにくるご令嬢もいるらしい。孤児院に迷惑をかけるからと、このことは内密にされている。


 ともあれ、この国の王子は二人ともとても優秀だ。

 第一王子のアーノルド殿下は既に公爵家の令嬢との婚約が決まっており、国王に付いて国政に関わる執務に就いている。手の回らない細やかなところは第二王子が俊敏に動いて対応している。誰にでも分け隔てなく接する彼らは国民の支持も厚い。


 その上、この国の王子達はとても兄弟仲が良い。お互いの得手不得手を補い合い、共に手を取り合い国の未来を見ている。よく聞く派閥争いもなく、本当に心から信頼し合っている。


 うん、この国は安泰だ。おかげで我が家も存分に商売ができるというものだ。ありがたい。


 私は神に拝むようにエドワード殿下に手を合わせ、兄様が来るまで馬車で待とうと会場を後にしたーーー




 その少し前。



「あちらの壁際に佇んでいるのは君の妹君だよね?」

「ん?ああ、そう。可愛い妹のマリリンだよ。実は今日のワインと料理は彼女が手配したんだよ。見たところ…大成功みたいだね、あはは、みんな満足そうだ」

「ふぅん。『地味』だとか『壁の花』だとか酷い言われようじゃないか。放っておいていいのか?」

「ああ…全く、マリリンの実力を知らないくせによくそんなことが言えるものだよ。否定して回りたいところだけどね、妹がそれを望まないから」

「へぇ…」



 ーーーまさかエドワード殿下と兄様が私のことを話題にしていただなんて、つゆとも知らずに。

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