2-6 リリシア、快楽主義の魔族と話す
「なにを考えておるのか、全くわからん……」
ルーカスとイクスが去った後、リリシアと名付けられた魔女はベッドの天蓋を見上げながらぼやいた。ふかふかのベッドも魔女の精神的疲労を癒やすには物足りない。そもそもこのベッド、もしくは部屋に何かが仕掛けられていないという保証もない。
探知魔法を使おうかと考えてすぐさまリリシアは思い直した。魔力を回復させなければいけない状況なのに、回復してすぐ消費しては意味が無い。探知魔法を使うことで反応する魔導具も存在する。それが仕掛けられていた場合は魔女であると自らばらすようなものだ。
記憶喪失の少女だという設定を貫き通すのであれば何もしない方が良い。不安で胸が押しつぶされそうになるが、冷静さを失ったらおしまいだ。
リリシアは胸の上で手を組むと深呼吸する。今自分に出来ることはか弱い少女を演じきること。隙を見て逃げるにしても今ではない。この屋敷の間取りも、立地もリリシアは知らないのだ。行き当たりばったりで行動したら今度こそ死ぬ。相手は魔法使いとは名ばかりのゴロツキではなく魔法使いの中でも上位に君臨する一族なのだから。
「運命の忠告をちゃんと聞いておくんじゃった~」
それでも後悔が押し寄せてきて、リリシアは子供のように手足をばたつかせた。なにかに八つ当たりしないとやってられない気分だ。
『チェルカドル様としては今の状況は大変面白いから、あっぱれといった感じだがな! さすが俺様が見込んだ眷属! 褒めて使わす!』
突然、頭の中に声が響く。久しぶりに聞いた、出来れば一生聞きたくない声にリリシアは勢いよく上半身を起こした。廊下の気配を探り誰もいないことを確認してからリリシアは渋々声を出す。
「……チェルカドル様……」
『おぉ! めちゃくちゃ嫌そうな顔だな!』
契約した魔族と魔女はつながっている。魔族は契約した魔女の居場所が分かるし、こうして念話も出来る。魔女の方からも魔族に呼びかけることは出来るが、会話をするかは魔族側に決定権があるため気軽に呼びかけられるものではない。チェルカドルは魔族の中でも気まぐれなので、念話に答えてくれるかどうかは五分五分。そもそも送る理由もない。
だからこれは数百年ぶりの会話になるのだが、懐かしいという気持ちも嬉しいという気持ちもない。むしろこの状況で念話が送られてきたことに殺意を覚える。
「これはチェルカドル様の差し金か?」
チェルカドルは魔族の中でも自由気ままな快楽主義者だ。面白いことが大好きで、面白いことにしか興味が無く、気まぐれに眷属である魔女にトラブルを持ち込んでは反応を見て楽しむ。いたずらっ子というにはトラブルの規模が大きすぎて、リリシアは何度も死にかけた。実際に死んだ同胞もいる。今回の不運もチェルカドルの気まぐれだと思えば運命の魔女がリリシアを本気で止めなかったのも納得がいく。
魔女は契約した魔族に絶対服従だ。その命令に逆らうことなど出来ない。
『俺様の差し金だったら面白いんだがな、さすがのチェルカドル様も運命をねじ曲げることはできない。誠に残念なことだがな! ということで、今回は普通にお前がめちゃくちゃ運が悪かっただけだ。俺様はお前がめちゃくちゃ運が悪くて面白いことになると運命の奴に聞いたから見に来た!』
快活な声が頭に響いて頭痛がしてきた。声だけ聞くと明るいのだが言っている内容が酷い。いつものこととは思いつつも、なんでコイツが契約者なのだと苛立ってくる。
「ん? 運命がチェルカドル様を呼んだのか?」
あまりに腹がたったので聞き流しそうになり、慌ててリリシアは確認を取った。チェルカドルから「そうだぞ」と元気な返事が返ってくる。
『詳しい話をするから、その部屋にある姿見の前に移動しろ。部屋の隅にある、布が被ってるやつだ』
チェルカドルの言葉にリリシアは部屋の中を見渡した。たしかに隅の方に布がかけられた細長いものがある。形状的にチェルカルドの言った通り姿見らしかった。
家捜しするときは引き出しを中心にあさっていたため気づいていなかった。それなのになぜチェルカドルは姿見があると知っているのか。
魔族と魔女はつながっているからリリシアの視界を通して景色を見ることは可能だ。しかし、リリシアが気づかないものを発見するのは難しい。どこか近くで見ているのだろうかと窓の外を眺めるが、それらしい姿はみつからない。
いくら魔族といえどシルフォード家にホイホイ侵入するのは難しいだろう。それをする意味があるとも思えない。
チェルカドルは物事を引っかき回すよりも、物事に翻弄される他者を眺めることを好む。トラブルを振りまくことはあれど、トラブルに首を突っ込むことはない。そういうところもリリシアからすれば腹が立つのだが、チェルカドルに対して怒りを募らせていてもどうにもならない。
腹は立つが、ここでチェルカドルがリリシアに連絡を取ってきたということは何かしらの打開策があるのだろう。チェルカドルはここであっさりリリシアが死ぬ姿よりも、なんとかシルフォード家から逃げ出す姿を見たがるはずだ。そう思いたい。
契約者に対して若干の疑念と諦めを抱きつつ、リリシアはベッドから降りると姿見の前に移動した。言われたとおりにかけられた布をとればリリシアの全身が映る。貴族のものらしい綺麗な鏡に感嘆していると映っていたリリシアの姿がぐにゃりと歪み、こことは違う風景を映し出した。
「ずいぶん懐かしい姿になった白銀! いや、今はリリシアか」
鏡の中に映っているのはリリシアの隠れ家だった。お気に入りのソファにチェルカドルがどっかりと座っている。テーブルの上にはリリシアが食べようと思っていた果物やら保存食やらが無造作に置かれていてイラッとした。
魔力を作り出すためにある程度の食事を必要とする魔女と違い、魔族は食べる必要がない。一切食事をしない魔族もいると聞く。それにも関わらずチェルカドルが食事をするのは完全なる趣味。つまり必要もないのにリリシアの大事なご飯を横取りしたのである。
しばらく帰れないだろうから食べなければ腐ると分かっているが、チェルカドルに食べられたと思うと妙に腹が立つ。野いちごのジャムはいつになくよく出来たと言うのに、チェルカドルはありがたみもなく完食するのだろう。本当に腹が立つ。
「おぉー苛立っているな。お前はチェルカドル様と会うときはいつもイライラしている。せっかくの美人が台無しだぞ。まあ、俺には関係ないが!」
「そういう態度じゃからだ!!」
思わず大声を出せばチェルカドルは愉快そうに笑った。この魔族、眷属に反抗されると喜ぶのである。頭がおかしい。おかげで敬語を使う必要も無く、嫌いという態度を隠す必要もないのだが、それでも鬱陶しいことには違いがない。
「そう、苛立つな。あまり騒いでルーカスとイクスとやらが戻ってきても困るだろ。チェルカドル様としてはお前がどんな言い訳をするか興味があるが、あっさり魔女だとバレて殺されては面白くないからな! もっと抵抗してくれ」
そういう奴だというのは分かっているが、こちらの生死などどうでもいいという言動に苛立ちが募る。魔族にとって魔女は取り替えのきく道具のようなものなので、リリシアがここで死んでもチェルカドルにとっては痛くもかゆくもない。それにも関わらずわざわざ様子をみに来たということに気づいてリリシアは嫌な予感に眉を寄せた。
「……運命は、一体どんな未来をみたんじゃ」
リリシアの言葉にチェルカドルは愉快そうに目を細めた。ソファの上で足を組み、とっておきの秘密を口にするみたいな楽しそうな顔をした。
「お前がこのまま死ぬと、魔女対人間、血で血を洗う戦争が起こる」
予想外の言葉に魔女は息をのむ。冗談だと笑って欲しくてチェルカドルを凝視するが、チェルカドルは相変わらず子供みたいな無邪気な顔で笑っていた。
「魔女も人間もたくさん死ぬことになるらしい。さあ、どうする? どんなに貶められても人間を嫌いになれない哀れな魔女よ」
そういって笑ったチェルカドルは人々に恐れられる魔族らしい顔をしていた。
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