2-4 魔女、規格外の少年と出会う
返事もせずに固まる魔女に男性は困った顔をした。普通の女だったら一目惚れしそうな美形であったが、魔女からすればその容姿も恐怖の対象でしかない。
シルフォード家の人間は金髪碧眼。そして美形であるらしい。街で聞いた話を思い出し、魔女はめまいを通り越して吐き気を覚えた。
「顔が青いけど大丈夫? 気分でも悪い?」
そういって男性は近づいてくる。魔女は思わず布団を握りしめて小さな悲鳴をあげた。その怯えきった魔女の様子を見て男性は中途半端な距離で動きを止める。手の届かない距離だったが魔法を使えばそんなことは関係ない。
殺されるという恐怖から魔女の呼吸が乱れる。落ち着こうと思っても自然と息があがる。こんな至近距離、しかも無防備な状態で魔法使いと対面したのは初めてだった。
「ちょっと落ち着いて! 大丈夫、私は君に危害を加えたりしないから!」
男性は慌てた様子でそういった。眉を下げ、心底困った顔をする男性を見て魔女は少し落ち着いて、困惑した。じっと男性を見つめる。やはり普通の人間とは思えない魔力を持っており、魔法使いであることは疑いようがない。
冷静になって考えれば今の魔女は普通の少女に見えるはずだ。なにしろ魔力が尽きている。人間と魔女の魔力は微妙に違うため、魔力の感知が得意な者には魔女だとわかってしまうこともあるが、それならば今の状況の説明がつかない。
魔女狩り一族のシルフォード家の人間が魔女だと思われる子供を拾ってきて手当てし、豪華なベッドで寝かせるはずがないのだ。
いきなり殺されることはないとほっとしたが、すぐに危機的状況は変わっていないと気づく。
この状況で魔女だとバレれたらおしまいだ。
「うちの使用人が川辺に倒れてる君を見つけたんだ。もしかして川に落ちたのかな?」
魔女が多少落ち着いたのを感じ取ったのか男性が落ち着いた口調で問いかけてくる。声をかけるだけで近づいてこない様子を見るに、本当にただの子供だと思っているようだ。
先ほどの自分の行動を思い返してみて、川に落ちて死にかけ、パニックになっている子供に見えなくもないと思った。となれば、男性の勘違いに便乗した方がよい。
なるべくボロを出さないように小さく頷く。布団を握りしめ体を隠すように小さくなった。この方がか弱い子供に見えるだろうという意図もあったが、ビリビリ感じる魔力からできるだけ距離を取りたかったのもある。同じ部屋の中にいる以上、少し離れたところでどうにもならないのだが。
「名前は?」
優しく問いかけられて魔女は困った。人間と関わるための偽名はいくつかあるが、百年も引きこもっていたためとっさに出てこなかった。前はなんと名乗っていただろうと記憶をひっくり返し、過去の名前よりも新しい偽名の方がいいだろうかと思考を回している間に妙な間が生まれた。怪しまれるのではとヒヤヒヤしながら男性を見つめると神妙な顔をしていた。
「もしかして、思い出せないの?」
言葉の意味が分からず魔女は目を瞬かせた。思い出せないとは何のことだろうと警戒も忘れて凝視すると、男性はなぜか悲しげに目を伏せる。
「君はすごく怖いめにあったんだろうね。記憶がなくて不安だろうけど、君が回復するまではうちで面倒みるから安心して。思い出したら親御さんに連絡をとってあげるから」
慈愛に満ちた目でそういわれて魔女は固まった。
男性の中で魔女は記憶喪失の可哀想な少女ということになったらしい。何も話してないのになんて想像力だと魔女は驚いたが、そう思われていた方が都合がいい。
とりあえず魔女は不安でいっぱいの少女を演出するべく、目に涙を溜めてみた。男性が慌てた姿が視界にうつり、意外とシルフォード家ちょろいなと思う。この調子であれば意外とあっさり脱出できるのでは。そう希望が見えてきた魔女だったが、再び鳥肌がたった。
とっさに魔女はドアの方を見た。男性が閉めたドアの向こう、廊下を誰かが歩いている。その気配は確実にこの部屋へと向かっていた。
突然顔をあげた魔女を見て男は驚いた顔をした。それに対して魔女は不自然にならないように顔を伏せ、ぎゅっと布団を握りしめる。抑えきれずに震える体を見て男性は「寒い?」と心配そうに声をかけてくる。それに答えることが出来ず、魔女は小さく首を左右に振った。
ここはシルフォード家だ。何人もの優秀な魔法使いを輩出した家ということは、平均以上の魔力持ちが一人とは限らない。むしろもっと多いと考えるべきだ。
代々優秀な魔法使いを輩出している家系は兄弟が多い。血筋を残すため、子供は多い方がいいという思考なのだ。優秀な子供が生まれれば生まれるほど魔法使いの家系は栄える。となれば、シルフォード家の人間も目の前にいる男だけというのはあり得ない。
優秀な魔法使いは忙しいはずだ。魔女は至る所で暴れ回っているし、どこかで新しい魔女が生まれている。対応に追われ、邸宅に全員がそろっていることなどないだろうと思っていた。しかしここでも運命の魔女がいった「運勢最悪」という予言がのしかかってくる。
すべての事柄が魔女にとって悪い方に働いているのであれば、目の前の男以外にも優秀な魔法使いはいる。というか、近づいてくる魔力が目の前の男より多いことに魔女は気づいてしまった。
ノック音がする。続いて「ルーカスさんいるか?」とドア越しに声がかけられた。それに答えたのは目の前にいる男性で、軽い口調で「いるよ」と返事をする。その口を魔女は塞ぎたくなったが、そんなことが出来るはずもない。
ドアが開くと濃厚な魔力が肌を刺した。
魔力は年齢に応じて許容量が増える。限界値は人によって決まっており、魔力容量が多ければ多いほど良いとされる。
そのため魔力の量だけでいえば若者よりも老人の方が多い。年配の魔法使いが厄介なのは知識や経験だけでなく、若者よりも使える魔力量が桁違いだからだ。
しかし、ドアを開けて入ってきた人物は目の前にいる男性よりも若かった。男性が三十代くらいだとすれば、十代後半といったところ。魔法使いらしく伸ばした赤い髪、片目を隠す特徴的な髪型。隠れていない瞳は茶色で、魔女の姿を見ると細められる。
「……起きたのか」
「イクス、目覚めたばかりのお嬢さんを睨むなんて失礼でしょ」
歓迎とは程遠い硬い少年の声。それに対して男性が苦笑する。しかしイクスと呼ばれた少年は魔女から一切目をそらさなかった。
イクスの気持ちに呼応して魔力が鋭く魔女を刺す。制御のできた魔法使いであれば起きない現象だが、年齢にそぐわぬ魔力量故に制御が甘いのだろう。皮膚が燃えるような感覚がして、少年の属性が炎のだと悟る。とっさに逃げそうになった体を魔女はなんとか抑えた。
魔力の感知能力は個人差があるが、魔力容量が多いものほど敏感である場合が多い。ここで魔女が反応すれば、自分は魔力容量が多いと自白するようなものである。
熱気を肌で感じていることなど目の前の二人に悟らせるわけにはいかなかった。
「事情は聞いたのか?」
部屋に入ってきたイクスは魔女から視線をそらさないまま男性に問いかけた。男性は困った様子でイクスを見つめる。
「記憶がないらしい」
「……はあ?」
イクスは一度男性を睨みつけてから、再び魔女へと視線を向けた。その顔には「胡散臭い」と太字でハッキリ書いてあった。
上から抑えつけられるような圧に魔女は体を震わせる。魔力関係なしに震え上がりそうな眼光なので、今は普通に怖がってもいいはずだと魔女は布団で顔を隠した。隙間からちらりとイクスを見れば、射殺さんばかりに魔女を睨みつけ続けている。
男性だけならなんとかなりそうだったが、イクスは無理だ。そう悟った魔女は運命の魔女の忠告を聞かなかったことを本気で後悔した。
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