第38話 魔界に落ちた少女は恋を知る


「ワタシも恋がしたいぃぃぃ」



 教会前の掃き掃除をしているシオンはこれで何回目だろうかと思う。サンゴとカルビィンがいつものようにやってきたのだが、この流れはいつものことだった。


 夢見る少女であるサンゴは恋に幻想とまでは言わずとも憧れを持っている。なので、恋愛ものの演劇や小説なんかを観たり読んだり、聞いたりすると「自分も恋をしてみたい」と口にするのだ。


 これにはもう慣れてしまっているシオンとカルビィンは変な返事をしない。余計に暴走してしまうのを知っているからだ。なので、黙って話を聞き流すようにしている。



「シオンちゃんが羨ましい」

「そう言われても困るよ、サンゴ」

「そうだよ、サンゴ」

「カルビィンだって恋したくないの!」

「僕に振らないで!」



 カルビィンに「僕はそういうの不得意だから」と言われて、サンゴは「そんなんじゃだめよ!」と詰め寄っていく。あぁ、これはカルビィンが犠牲になるなとシオンは手を合わせた。



「そこで手を合わせないで助けて、シオン!」

「無理」



 サンゴの恋愛講座から助けるなど不可能だ。夢見る少女だぞ、暴走して早口になる彼女から逃れることなどそんな隙を与えてくれるとは思わない。短い付き合いではあるけれどそれをシオンは身をもって味わっている。


 申し訳ないけれど無理ですとシオンは「諦めるんだ、カルビィン」と言葉をかけた。そんなシオンに「僕のことよりシオンにアドバイスもらったらどう!」とカルビィンが話を逸らすように投げた。


 あ、こっちにボール投げてきたぞとシオンが逃げようとすれば、サンゴが「確かに」と頷いて肩を掴んできた。



「どうやってアデルさん捕まえたの!」

「いや、どうって言われても……ただ、普通に接しただけで……」

「シオンの誰に対しても変わらない接し方とか、お人好しな優しさとかに惹かれたんだろうなぁ」



 その温かさというのは魔族にとっては惹かれるものだとカルビィンは言う。サンゴもそれには納得のようで、「そこはシオンちゃんにしかできないわよねぇ」と頷いていた。



「サンゴ、そもそも出会いがないんじゃない?」

「確かに……」

「えーと、サンゴって結構良いところのお嬢様なんだし、お見合い相手とかいたりしないの?」

「お見合いよりも自分で出会いたいわよ、シオンちゃん」

「うーん、夢見る少女だ」



 運命の人と出会えると思っているような瞳にシオンとカルビィンは黙って顔を見合わせる。そんな二人の態度にサンゴはむっと頬を膨らませた。


 運命というのを否定はしないけれど、そう簡単に出会えるものではないとシオンは思っている。自分で考えて行動して、言葉にして掴むものではないだろうか。そう言ってみるとサンゴは「それはそうかも」と眉を下げた。



「行動しないことには出会いなんて来ないわよねぇ」

「そうそう。でも無茶なことは駄目だよ、ちゃんと考えて行動しなきゃ。シオンはアデルさんだったからよかっただけなんだから」

「それに関してほんと、何も言えない」



 魔界から落ちた人間が血を提供するなんて危険な行為をして無事だったのは、アデルバートだったからだ。そうじゃなければ今頃、どうなっていたか分からない。流石にもうそんなことはしないけれど、シオンは自分って危機感無いなと何度聞いても反省してしまう。



「行動って難しいわね……」

「焦っても仕方ないし、出会いって転がってくるかもしれないから気長に待ってみようよ」

「カルビィンの言う通りだよ、サンゴ。焦っても意味ないって」



 カルビィンとシオンにそう諭されてサンゴはうーんと眉を下げる。けれど、二人の言っていることも分かるようで「そうね」と肩を落とした。まだまだ恋は遠いとサンゴは残念そうにしている。


 一先ずはサンゴの恋愛話を止めることができたようで、カルビィンとシオンは小さく息をつく。



「そうだ。シオンって今日は採血の日だっけ?」

「そうだよ。もうすぐじゃないかな」



 時計を確認してみればもうすぐ待ち合わせの時間だった。アデルバートは時間ぴったりにやってくるのでもうすぐだろうと聞いて、カルビィンとサンゴが門のほうに目を向ける。


 数分して番犬が立ち上がり尻尾を振りだして、アデルバートが教会の敷地に入ってきた。時計を見遣れば時間ぴったりで、「これ、真似できないわよ」とサンゴが突っ込んだ。



「遅刻とかしないの凄いわよ」

「僕には無理」

「何がだろうか?」

「いつも時間ぴったりだよねって話をしてただけだよ」



 気にしないでとシオンが返せば、アデルバートはそうかと二人を眺めながら頷く。何か話をしていたのだろうといった少しばかりの遠慮を感じられて、シオンは「大丈夫だよ」と笑う。



「いつも、二人とはこうやって話してるだけだし」

「今日は孤児院のお手伝いお休みだからねぇ」

「そんなことはいいのよ! さぁさぁ! シオンちゃんはさっさとアデルさんと一緒にいってらっしゃい!」



 そのままデートしてこいというサンゴに「アデルさんこの後、仕事なんだけど」と、言い返そうとしてアデルバートがそうかと何か考えるように腕を組んだ。



「そういうこともできるのか」

「今、気づいたみたいな反応しなくていいと思うよ?」

「今日は無理だが、考えてみよう」

「えっと、うん」



 いろいろ突っ込みたいことはあったけれど、デートは嬉しいのでシオンは大人しく返事をしておいた。そうやって騒がしくしていると「時間は大丈夫なのかい?」と自宅のほうからリベルトがやってきた。


 今日はアデルバートの仕事の休憩時間を利用して採血をするのだ。仕事に遅れては困るのでシオンは慌ててアデルバートの袖を掴む。



「そうだ! 急ごう!」

「迷惑かけないように」

「わかってるよ、お義父さん! じゃあ、いってくる!」



 袖を引いて歩き出すシオンに引っ張られながらもアデルバートはリベルトに挨拶をして教会を出た。


 教会を出て少し進むと馬車が止まっていることがあるので、それに乗れれば早くアデルバートの自宅に着くことができるだろう。早足になるシオンにアデルバートは「慌てなくていい」と声をかける。



「でも、遅れたら……」

「契約は上司に報告済みだ。時間の猶予も貰っているので問題はない」

「それなら……いいのかな?」



 アデルバートが大丈夫だというなら大丈夫なのだろうとシオンはいつものように歩く。掴んでいた袖を離すとアデルバートに手を握られた。



「……流れるように握ってる」

「嫌か?」

「嫌じゃないよ」



 嫌じゃないというか好きだとは思ったけれど気恥ずかしくて口にはできず、けれどシオンはその手を握り返した。それだけで伝わっていることを彼女は知らないが。


 こうやって手を繋いでいると恋人になったんだなと実感する。関係ががらりと変わったということはなく、かといって今までと同じということでもない。手を繋いだりとか、一緒に遊んだりとか、二人だけの時間というのは増えた。


 死ぬ前にいた世界では体験できないことを自分は経験しているんだなとシオンは感じた。魔族と友人になったり、襲われそうになったり危険な目にも遭ったけれど、魔界での過ごし方を知れた。


 恋というのも魔界に落ちて知れたのだとシオンは思う。



「どうした、シオン」

「ここに落ちてきてよかったなぁって」



 最初はどうなるかと思ったけれどサンゴやカルビィンという友人ができて、魔界という世界を観れて、恋を知れたことが嬉しかった。だから、ここに落ちてよかったなとシオンは微笑む。



「あたしが運良いだけかもしれないけどさ」

「シオン」

「何?」

「そう思う気持ちを守るために俺は傍にいよう」



 ぎゅっと握られる手にシオンはまた告白されたのだなとアデルバートを見遣る。彼の真剣な瞳と目が合ってシオンは頷いた。



「一緒にいようね」

「あぁ」



 優しく誓うように二人は言葉を返した。




END


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