第37話 考えて、答えを出したから聞いてほしい
「え、お前、口滑らしたの!」
ガルディアの魔物対策課の部署、デスクで書類整理をしていたバッカスは顔を上げる。隣ではアデルバートが両肘をつきながら俯いていた。頷く様子に彼が何をしたのか理解したバッカスは「アホか」と突っ込む。
「お前、あの場で告白してどーすんの」
「するつもりはなかった。あれはつい、口に出てしまったんだ」
ガロードを拘束し、少し油断していたのかもしれない。シオンが無事で安堵して、話の流れでつい口に出していた。本来ならばもっと警戒していなければいけないというのに、ここまで自分が抜けているとは思わなかったのだとアデルバートは話す。
抜けているというよりかは、シオンが傍にいたからではないだろうかとバッカスは思った。彼女の事が好きなのだから傍に居れば楽になることもあるだろうし、無事だったことに安堵して気が抜けてしまうことだってあるはずだ。
普段のアデルバートはそういった油断はしないので、シオン限定ではないだろうかとバッカスは指摘する。それはそれでどうなんだとアデルバートは言いたげな目を向けてきたが、実際にそうなのだから文句は言えない。
ガロードを捕まえたあの日、シオンから事情を聞いて義父のリベルト神父が迎えに来るまでの間、会話という会話はできていない。それから事件の後処理などで彼女とは会えていなかった。
「あー、あの事件の後処理には手間取ったしなぁ」
「連続吸血殺人だからな。各部署への報告に犯人を監獄へと送る手続きなどで随分と時間がかかった。一応、リベルト神父には事件の報告などで連絡は取ったが……」
「シオンちゃんとはまだと……。で、次の採血の日っていつよ」
「……今日、予定している」
リベルトに事件の報告の連絡をする時に採血の日を伝えてもらっていた。シオンからは了承が出ているということなので、今日の夕方に会いに行くことになっている。だからこそ、どうしたものかと悩んでいたのだ、アデルバートは。
そんなことを言われても「素直にもう一度、告白してこい」としかバッカスには言えなかった。シオンのことを大切な存在として、愛しているからこそ、守りたいのは本当なのだから。
「あのまま会話無しだとシオンちゃん、混乱してると思うだろうし」
「それはそうだ……」
「気持ちをちゃんと伝えればいいんだよ。嘘じゃないんだから」
その気持ちは本心からなのだから、ちゃんと伝えればいい。彼女ならちゃんと聞いてくれるだろうし、考えてくれるとバッカスに言われて、シオンならばそうだろうなとアデルバートも思った。彼女ならば真剣に考えてくれるだろうなと。
「まー、頑張れ」
「……あぁ」
ばんばんと肩を叩かれてアデルバートは少しばかり不安げな声で返事を返してしまう。それにシオンの答えが怖いのだろうなと気づいて、アデルバートははぁと小さく息を吐いた。
***
街から少し外れた場所にある教会は夕暮れ時になると静かだ。人の姿などなく、少しだけ寂しげに見える。シオンは門前で番犬たちを撫でながらアデルバートを待っていた。
そろそろ約束の時間かなとシオンが思っていると番犬たちの目線が変わる。振り返ればアデルバートが歩いていて、時間を確認してみればぴったりだった。やっぱり、時間通りだよなぁとシオンは感心しながら立ち上がると、彼の元へと駆けていく。
「アデルさん、数日振り」
「あぁ、シオンは大丈夫だろうか?」
「え? うーん、大丈夫だけど」
「……そうか」
「あ! いや、まぁ、怖い思いはしたけど、もう解決したことだし! だから大丈夫!」
ガロードに襲われた時は恐怖があった。死ぬかもしれないと怯えたけれど、事件は解決している。監獄に送られて罰が下るのだから、もう自分に被害が及ぶことはなくて、あとは任せればいい。まだ怖くないかと問われると、少し怖いとは思うけれど一人ではないから大丈夫なのだとシオンは話す。
「サンゴもカルビィンもいるし、リベルトお義父さんもいるし。あぁ、でもお義父さん、結構心配してたんだよね」
何度も巻き込まれているシオンのことをリベルトは心配しているようだ。孤児院から帰宅する時なんて一人で帰ることを禁止されてしまい、サンゴとカルビィンに「自分たちが送っていくよ」と手間を取らせてしまっている。
サンゴとカルビィンは手間とは思っていないらしいけれど、それでも申し訳ないなと思ってしまうのだとシオンは眉を下げた。
「採血の日はアデルさんが送迎してくれるからお義父さん安心してるけど」
「シオンを一人で帰らせるわけにはいかないからな」
「まぁ、危機感ないっていうのはその……否定できないから皆に感謝してるけど……」
「シオンは採血が怖くないか?」
アデルバートの問いにシオンは目を瞬かせながら彼を見つめると、どこか不安げな表情をしていた。何をそんなに不安に思っているんだろうか、シオンは考えて思いつく。
「えっと、アデルさん。あたし、採血を怖いと思ったことないよ」
もともと、血の提供してしまったのは自分自身なのだ。それで血の欲求を発動させてしまったのだから、恐怖して逃げるなんて無責任すぎるだろう。それにアデルバートに血を提供することを怖いと思ったことはなかった。
「アデルさんに怖い印象とか全くなかったし、優しくて気遣いができて、しっかりとしているから別に採血するの怖くないんだ」
「それは……」
「悪い吸血鬼がいるなら、善い吸血鬼もいると思うんだよね。悪事に手を染めてしまうなんて人間でもいるんだから、種族だからとか関係ないんだよ」
人間だって犯罪に手を染めることをするのだから、吸血鬼にだってそういった行為を犯す者も出てくる。だからといってその種族全体がそういった奴なんだと思うことはしない。周囲の印象が悪くなってしまうのはあることだろうけれど、少なくとも自分はそうはしないとシオンは答える。
「アデルさんはアデルさんだよ。だから、怖くないし。てか、むしろあたしでいいのかって思う」
もう少し危機感のある人間のほうが良かったかもしれないとシオンが口にすると、アデルバートに「そんなことはない」と返される。
「シオンは危機感が薄い部類の人間ではあるのは確かだ、それは否定できない。お人好しだとも思う」
「それ、何度も言われてる」
「何度も言いたくなるぐらいにはお人好しだからな。だが、そこもシオンの良さだ」
困っている人を放っておけないお人好し、それはシオンの優しさを表している。誰かを信じるという想いも、素直に気持ちを伝えることもシオンの良さだとアデルバートは言う。
「その温かさというのに惹かれる魔族は多い。俺もそうだ」
守りたいと思うほどに惹かれてしまう。ぽつりと呟かれた言葉にシオンは「あのさ」と頬を掻いた。
「だからって、傷つく姿が見たいわけじゃないんだよ? まぁ、ガルディアに勤務している以上は仕方ないんだろうけどね」
「……シオン」
「まー、そういうところも好きなんだろうなぁ」
シオンの言葉にアデルバートは少しばかり目を開いた。彼女は何を言っているのだろうかと。そんな彼の様子にシオンは「えっとね」と言葉を続ける。
「あれって素からでた告白だよね?」
あれとはきっとガロードを拘束した時に口を滑らしたことを言っているのだろうと察したのかアデルバート素直に頷いた、嘘ではないと。シオンはその返事に「そうだよね」と返す。
「あれ、結構というか、かなり驚いたんだけどさ……」
「すまない……シオンが無事で安堵して……口を滑らした」
「いや、謝らなくてもいいんだけど……で、それって今も変わらない?」
シオンの問いにアデルバートはまた頷く。それを確認してからシオンは覚悟を決めたように小さく息を吐いた。
「考えたんだよね、答え」
*
「え! アデルさんに告白されたの!」
教会の前でシオンはサンゴとカルビィンにこの前のことを話した。多分、アデルバートは言うつもりがあったわけではなく、つい口に出してしまったのだろうことを。それを聞いてしまったシオンはどうすればいいのかと二人に相談したのだ。
つい口に出してしまった言葉とはいえ、告白であることは間違いない。返事とかするべきだろうかと悩むシオンにサンゴは「シオンちゃん」と呼ぶ。
「シオンちゃんはアデルさんのことどう思っているの?」
「えっと、好きかな」
「それ、本人に言えるぐらいに好き?」
サンゴの問いにシオンは首を傾げる。好きだったとしても恥ずかしくて、あるいは関係を崩したくなくて言えないということもあるはずだ。そう返してみると、「じゃあ、アデルさんに問われたら答えられる?」と問い返される。
本人から聞かれたら自分はどう答えられるだろうかと考えて、言葉にできるなとシオンは思った。
「言える」
「なら、それが答えよ」
「え?」
「告白してきた本人から問われるってことはね、友人として好きとは違う答えを聞いているの。それぐらいシオンちゃんは理解できるでしょ?」
告白してきた本人から「好きか」と問われる。相手がどういった意味で質問しているのか、分からないほどシオンも鈍感ではない。それなのに言葉にできると思ったのならば、それが自分自身の答えだとサンゴは断言する。
「シオンちゃんさ、アデルさんのこと好きなのよ」
「……うー」
「シオン。それ否定できないってことはもう答えだからね?」
友人として好きなのだと否定できないというのならば、それはもう答えだとカルビィンは言う。二人に指摘されてシオンはそうなのだろうかと考えてみた。
ちょっと心配症な気がしなくもないけれど、そこは彼の優しさで。人間が魔族に劣るのを理解した上でそれでも決めつけることなく接してくれる。隠し事ができないのか素直に言葉にしてくれるところは彼なりの気遣いから出るところ。
好きなのだ、そんなところが。そう気づいて、自分ってどうしてこんなにも鈍感だったんだろうかと呆れてしまった。
「シオンちゃんは自信もってその気持ちを伝えなさい!」
絶対に伝わるからとサンゴに言われて、カルビィンに「大丈夫だよ」と励まされてシオンは答えを出した。
*
「気づいてみるとさ、さっきの話とか聞いてそういうところも好きなんだよなぁって思ったんだよね。だから、あたしはアデルさんのこと好きなんだよ」
少し照れたようにけれどはっきりとシオンは伝える、好きなのだと。言ったはいいが不安がないわけではないのでアデルバートの様子を見てみると、彼は暫く固まったのちに口元を押さえた。
なんというか、嚙みしめているようなそんな態度にシオンが「大丈夫?」と聞いてみると、「だいぶ持ってかれた」と返される。何がとシオンは疑問に思ったけれど、彼の安堵したような、嬉しそうな表情に聞くのはやめておくことにした。
「えーっと、こういう時ってどうすればいいんだろうね?」
「交際してくれないだろうか」
「あ、そうか。えっと、よろしくお願いします?」
これでいいんだっけとシオンが小首を傾げると、アデルバートが一瞬また固まるも、「あぁ」と返事が返された。
「おめでとう、シオンちゃん!」
「こら、サンゴ! 隠れてる意味がないだろ!」
教会の外壁の裏からサンゴが「だって、黙ってられないわよ!」と言いながら出てきた。それを止めるカルビィンだが、シオンに何事かと見られて「ごめんね?」と頭を掻いた。
「サンゴが見守りたいとか言うから……」
「ずっといたの!」
「いたわよ! おめでとう、シオンちゃん!」
よかったわとサンゴはシオンに抱き着きながら喜んでいた。喜びすぎて泣いていて「そこまで!」と思わず突っ込んでしまう。
「シオンは知っていたわけではないのか?」
「知らなかったよ?」
「知っていたのかと思ったが……」
「え、二人に気づいていた!」
「あぁ」
気配がしていたのに気づいていたが、シオンが不安で付き添ってもらっていたのかと思って黙っていたのだとアデルバートは話した。気づかれていたことにカルビィンが「気づくよね、うん」と、ガルディアに勤務しているのだから気づかないわけないかと納得する。
気づかれていようといなかろうとそんなものは関係ないとサンゴは「ワタシたちが見届けたから大丈夫よ!」と拳を握る。
「告白が成功したなら次はリベルト神父に報告よね!」
「いや、それは……」
「大丈夫よ! ワタシたちも説得するから!」
何が大丈夫なのだろうかとシオンは思ったけれど、自信満々なサンゴの様子に突っ込むことができない。カルビィンは暴走気味な彼女にお手上げといった表情をみせていた。
「いや、もう知られていると思うが」
「え?」
「え?」
アデルバートの言葉にシオンとサンゴが首を傾げると、ふいと背後を指さされた。振り返ってみるとそこにはリベルトが立っている、何故かハンカチで目元を押さえながら。
どうやら、リベルトもこっそりと様子を窺っていたようだ。アデルバートはその気配にも気づいていたようで、「これも知らなかったのか」と少し驚いていた。
「なんで! なんで!」
「血が繋がってなくともお前の父だからね。心配になるだろう」
「いや、そうかもしれないけど……」
「お前を拾ってからこの魔界で生きていけるか不安だったけれど、もう大丈夫なんだろうね」
知らない世界で生きていく不安も恐怖もあっただろうに、サンゴやカルビィンと友人になり、魔族やこの世界の人間に偏見を持つこともなかった。優しい心で接していき、信頼できる存在に出会うことができた。リベルトは目元をハンカチで拭うと優しく微笑んだ。
「アデルバート殿が傍に居れば大丈夫だろう」
「お義父さん……」
「リベルト神父」
「なんだろうか、アデルバート殿」
「シオンを大切にすることを誓う」
彼女を愛していることに嘘はつかず、傍にいることを誓うとアデルバートはリベルトに告げる。はっきりと、強く、迷いなく。
その誓いにリベルトは目を閉じてゆっくりと瞼を上げると頷いた。
「娘を頼むよ」
まだ日が浅いと言われればその通りで、父親面するのはどうなのかと自分でも思う。父親らしいことをできているかもわからないけれど、それでもシオンは自分の娘と想っている。だから、君に任せようとリベルトは彼の誓いを受け止めた。
友人に、魔界でできた新しい父にシオンは祝福を受けて、アデルバートと想いを繋いだ。
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