第29話 彼に可愛いと言われると胸が鳴る


 シオンはアデルバートに血を渡すために彼の家を訪れていた。ソファに座って果実水を飲むのも採血もすっかりと日常の一つとなっている。暫く経つがまだアデルバートの欲求というのは治まっていないらしい。大変なことをしてしまったなとシオンはなんとも申し訳なくなる。



「シオンは何も変わりがないか?」

「え? 特に何かあったってことはないけど?」



 隣に座ってきたアデルバートの問いにシオンはここ最近の事を思い出してみるけれど、これといって何かあったということはなかった。強いていうならば迷い込んできたブラックウルフに襲われたことだろうかと答える。



「あぁ、通報があった。巡回を強化しているから大丈夫だとは思うが、気を付けてくれ」

「うん、わかった」



 ガロードが通報したんだろうなとシオンは果実水を飲みながら返事を返すと、アデルバートは何か言いたげな顔をしていた。なんだろうかと気になったシオンは「どうしたの?」と聞いてみると、「いや……」と濁される。



「何かあった?」

「そういうわけではないのだが……」

「なら、どうしたのさ?」

「……彼とは二人で出かけていたのかと」



 ぼそりと呟かれる言葉にシオンは目を瞬かせと、アデルバートに「いや、気にしないでくれ」と言われてしまう。気にしないでくれというのが無理な話ではとシオンは思いながら彼を見つめる。


 アデルバートはなんとも難しげな表情をしていて何を考えているのか読めない。聞いてみてもいいのだが、相手が気にしないでくれと言っているのでそのほうがいいのかもしれないなとシオンはそれ以上を問うことはしなかった。



「孤児院では変わりないだろうか?」

「うん、大丈夫。ミーニャンがたまに外に出ようとするぐらいだよ」



 ミーニャンは外に出て遊びたがる。たまに公園などに連れていくけれど、それでも足りないらしいく脱走を試みることがある。本人はただ遊びに出かけたいつもりなのだが、こちら側としては危ない目に合う可能性を考えると止めてもらいたい。


 アデルバートはミーニャンのことを覚えていたようで「あの子は大変だろうな」とシオンの苦労を察してくれた。



「子供たちの相手というのは体力を使うだろう」

「使うけど、御伽噺を聞かせてる時は大丈夫かなぁ。みんな好きなんだよね」



 王子様と恋に落ちて幸せになるという物語を女の子たちは気に入っていた。そういった話を好きになる気持ちというのは分かる。夢があって、自分にもそういった存在が現れたらなと思ってしまうことも。



「エルフの女の子がいるんだけど、その子に王子様ってどんな人なのっていうのを説明してたんだ。時に助けてくれるヒーローみたいな人だよって話してたらさ、おねえちゃんにはそんな人いるのって聞かれちゃってさー」



 説明している手前、子供たちの夢を壊すことはしたくなかったけど答えられなかったなぁとシオンが笑うとアデルバートはふむと顎に手をやった。



「シオンは伝達魔法を教わったか?」

「まだ、教わってないけど……」



 伝達魔法をシオンは教わっていない。それは比較的、簡単とはいえまだまだ素人のシオンでは難しいだろうからとリベルトが判断したからだ。そう伝えれば、アデルバートは「なら」と立ち上がって奥の部屋へと入っていき、少しして何か持って戻ってきた。


 それはネックレスだった。ゴシック調の蝶々の飾りがついていて可愛らしいそれにシオンが「なにこれ」と問えば「魔具だ」とアデルバートは教えてくれた。


 魔法がすでに付与されている道具のことを魔具というらしい。魔法が苦手な人間などが主に使うもので、これだけで魔法が使えるとのこと。このネックレスには伝達魔法が付与されていて、飾りの蝶々部分を握って伝えたことを念じれば相手に伝達することができるようになっているとアデルバートは話す。



「え、握ってるだけでいいの?」

「あぁ、それだけでいい。魔法が得意ではないシオンでもできるはずだ」



 試してみるといいと言われてシオンはネックレスの蝶々部分を握ってみる。何を念じればと拳を見つめているとぽっと淡い光が指の隙間から零れて、蝶々の姿に変わりひらひらとアデルバートの元へと飛んでいった。



「今、念じてないけど……」

「誰かのもとに行くかを決めていたから反応したのだろうな。内容は全く書かれていない」

「そうなんだ。で、これをどうするの?」

「シオンに渡しておく。何かあれば俺にすぐに知らせてくれ」



 上手く念じることができなくともその魔具には位置を知らせる魔法も付与されているので、発動さえすれば問題なく伝わるとアデルバートに言われてシオンはほうとネックレスを見る。便利な道具もあるものだなとシオンが思いながら、「貰っていいの?」と問うと、「持っていてくれ」と返される。



「シオンに何かあれば俺が助けよう」

「危機感なさそうに見える?」

「まぁ、そこまでとは言わないが……」



 そのお人好しさは心配になると言われてシオンはそれはそうかもしれないと、今までの自分の行動を思い出して納得してしまった。それに何かないとは言い切れないのだから、持っていて損はないのでシオンは有難く受け取っておくことにした。



「ネックレスならばいつでも身につけれいられるだろう」

「そうだね、邪魔にはならないかな。ありがとう、アデルさん」



 シオンはさっそくつけてみようとネックレスを首に通した。首元に違和感はなくてこれなら常につけてても問題ないなとシオンはうんと頷く。ふと、ネックレスをつけた様子をアデルバートはじっと見つめていることに気づく。



「何?」

「……よく似合っているなと」

「そうかな?」

「あぁ、可愛らしい」

「か、かわっ!」



 アデルバートに可愛らしいと言われてシオンは動揺する。言葉に慣れていないというのもあるのだが、何故だか彼に言われたという事実に胸が鳴った。そんなシオンの様子に気づいているのか、いないのか、アデルバートはどこか嬉しそうな瞳を向けている。


 なんだ、その目はとシオンは顔に熱が集まってくるのを感じながらもそれを隠すように果実水の入ったグラスに口をつけた。



「シオン」

「な、なに?」

「何かあれば必ず知らせてくれ」



 どんな些細なことでも悩みであってもいい、知らせてくれれば手を貸そう、助けよう。アデルバートは優しくけれど、はっきりと言った。


 力強く感じるその言葉にシオンは少しばかり目を開くも、アデルバートのいつの間に真剣な色に変わった瞳を見て「わかった」と頷くしかない。その返事に安心してかいつもの表情へと戻っていくアデルバートからシオンは目が離せなかった。何故だか、不思議と。



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