第28話 自分を助けてくれるヒーローはいるのか
孤児院の広い庭で子供たちが駆けまわっている。遊具で遊ぶ子や、かけっこをしている子、ボール遊びをしている子とその様子は元気良さそうだ。シオンは庭が見える軒先のベンチに腰を下ろして子供たちに御伽噺を聞かせていた。
シオンの話す御伽噺を気に入っているのは幼い女の子たちで、特に人気なのが白雪姫とシンデレラの話だ。王子様と結ばれるというのは彼女たちにとって夢があって良いらしい。茨姫やラプンツェルなどの話もするけれど、白雪姫とシンデレラの話には敵わない。
「シンデレラが羨ましい! あたしも王子様みたいな人と出会いたい!」
「わたしも!」
猫や犬の獣人の女の子たちがわいわいと話す。物語に登場する王子様を彼女たちは気に入っているようだ。確かにこんなふうに愛してくれる人というのは早々いないので、夢見てしまう気持ちは分からなくもなかった。
「王子様って何よ」
話を聞いていたエルフの少女が眉を寄せながら問う、王子様が何なのよと。どうやらこの子は御伽噺を聞いても王子様の良さがいまいち分からなかったようだ。
「少ししか会ってないじゃん」
「うーん、そこを突かれると……」
シオンはどう説明するかと頭を悩ませる。一目惚れというのもあるんだよと伝えてみるけれど、エルフの少女は「顔だけで選んでいるんだ」と言い返されてしまった。そういう捉え方もあるよなと思わず納得してしまう。
「王子様って例えば何をしてくれるの?」
「うーん、物語の王子様はいざって時に助けてくれたりするかな」
危機的状態の時に颯爽と現れて助けてくるというのが物語ではよくある。そう答えると「王子様って偉い人なのに?」と返された。そこでシオンは王子様という言葉が悪いのかなと言い方を変える。
「現実だと王子様って偉い人だから滅多に会えないけど、自分の中でヒーローだと思う人って現れると思うんだよね」
自分のことを大切に想ってくれて、時に助けてくれる存在、ヒーロー的な人というのは現れるのではないか。そうシオンが言うとエルフの少女はうーんと考える。
「そういった存在のことを王子様って言うこともあるよ」
「じゃあ、わたしにもヒーローって現れるのかな?」
王子様には会えないけれど、自分を助けてくれるヒーローには会えるかもしれないとシオンは答える。シオンは絶対にないとは言い切れないと思っていた、この世に絶対なんてないと。だから、ヒーローは現れるかもしれないと聞いてエルフの少女は「それなら会ってみたいな」とはにかんだ。
「おねえちゃんにはいるの?」
「え、あたし? うーん、どうだろう?」
「シオンちゃんにはいるわよねぇ」
話を聞いていたサンゴがにこにこしながら答える。何を言っているのだとシオンが首を傾げると、「アデルさんがいるじゃん」と言われた。
「アデルさんなら駆け付けてくれるわよ」
「それは仕事だからじゃない?」
もし、事件に巻き込まれてアデルバートが駆け付けたとしても、ガルディアに勤務しているのだから当然のことなのだ。なので、それは仕事なら普通のことなのではとシオンは指摘するとサンゴは「夢がない」と頬を膨らませた。
「シオンちゃんさー、もう少しアデルさんやガロードさんを見てみたら?」
「何、突然」
「だって、せっかくフラグが立ってるのに掴まないんだもの!」
二人とも絶対にシオンに気があるはずだとサンゴは主張する。ガロードはともかくアデルバートはどうなのだろうかとシオンは疑問に思った。彼からそういった態度をされたような気はしないのだがと思い出すように腕を組むと、「鈍感って罪よね」とサンゴに呆れられてしまう。
鈍感ってなんだとシオンはむっとするも、勘が鋭いかと問われると微妙なので言い返すことはできなかった。
「まぁ、本人が気づかないと意味がないんだけど」
「気づくって……」
気づけと言われても自分はまだよく分かっていないのだ。アデルバートのことも、ガロードのことも。好きか嫌いかならば好きなのだけれど、それが恋情かは分からない。これが鈍感だと言われるならばその通りだなとシオンは苦笑する。
「おねえちゃんなら大丈夫だよ」
「そうそう、おねえちゃん優しいから!」
優しいおねえちゃんならきっと素敵な人が現れるよと子供たちに言われて、シオンはそうかなぁと頬を掻く。
「あれ、ガロードさんじゃない?」
「え?」
サンゴが孤児院の門を指さしたのでシオンも見てみるとガロードが周囲を見渡しながら敷地に入ってきていた。何かあったのかとシオンはベンチから立ち上がると、彼は「シオンさん」とぱっと表情を明るくさせながら駆け寄ってくる。
「ガロードさん、どうしたんですか?」
「女将さんから頼まれごとをしましてね。院長さんはいらっしゃいますか?」
シオンは院内にいるはずとガロードを案内する。子供たちの描いた絵や工作が飾られている玄関から「院長―」と呼べば、奥の部屋から少し年を取った熊の獣人男性がやってきた。彼はこの孤児院の院長のスヴェートだ。ガロードに気づいてか、「あのことかね?」と話しかけてくる。
「はい。女将さんがお弁当の準備は大丈夫だと言っています」
「そうか、それはよかった」
「お弁当?」
何のことだろうかとシオンが首を傾げるとスヴェート院長が「たまには子供たちにもっと美味しいものを食べさせたいと思ってね」と話す。どうやら、たまには子供たちに外食をさせてあげたくなったが、子供の人数上それが難しいくどうしたものかと知人である民宿の女将に相談したら、「うちでお弁当を作ってあげよう」と提案されたのだという。
その打ち合わせでガロードは訪ねてきたようで、「こっちは問題と女将さんが言ってました」と女将さんの伝言を伝えていた。それを聞いたスヴェート院長は「ならそのままお願いしますと伝えてくれ」と返していた。
「では、そう伝えておきます」
「よろしく頼むよ」
子供たちも喜んでくれるさと嬉しそうにしているスヴェート院長にシオンも同意するように頷いた。きっと、楽しんでくれるだろうなと。
院内から出ると子供たちが「おねえちゃん!」と駆け寄ってくる。ガロードが傍にいることに気づいて、人見知りのようにシオンの背に隠れてしまう。
「ガロードさんは悪い人じゃないよー」
「男の人、こわい」
「おや、嫌われてしまいましたかね」
ガロードは困ったように眉を下げる。シオンは「ごめんなさい、悪気はないんですよ!」と慌てて説明する。この孤児院にいる子は紆余曲折あってここにたどり着いている。中には父親に虐待を受けていた子もいるので、そのせいで男性に恐怖心を抱いている場合があるのだ。それを聞いて「それは仕方ないですね」とガロードは納得したようだ。
「おにーさんだれー?」
「あ、ミーニャン」
ひょこっと顔を覗かせてきたのは猫の獣人のミーニャンだ。彼女はガロードに恐怖心を抱いていないようで純粋な瞳を向けている。そんな様子にガロードは目線を合わせるようにしゃがんで自己紹介をしていた。
「ミーニャンちゃんは元気だね」
「うん、元気だよ! おにいさん背が高いね! 肩車してー!」
「こら、ミーニャン!」
「大丈夫ですよ」
ガロードは「少し時間ありますから」と微笑んでミーニャンを肩車した。その高さに彼女は「すっごーい! たっかーい!」とはしゃいでいる。それを見ていた子供たちが「いいなー」と羨ましげだ。
「ガロードさんって子供好きなんですか?」
「えぇ、好きですよ。純粋なところとか」
元気で純粋なところは見ていて飽きないとガロードは答える。確かにそこは子供の良さだよなとシオンも思った。成長していくにつれて純粋な部分というのは大人になってしまうから。
「子供好きってちょっと好感度上がるわよね」
サンゴはぼそりと呟いてミーニャンと遊ぶガロードへ目を向けた。ミーニャンはきゃっきゃと嬉しそうで、彼の傍には自分も肩車してほしいと子供たちが集まっている。印象というのは悪くはないのでサンゴの言いたいことは分からなくもなかった。
「わたしもー」
「はいはい、順番ですよー」
わいわいと騒ぐ子供たちに優しく声を掛けるガロードをシオンはそんな一面もあるんだなと眺めていた。
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