第5話 似合うと言われて何かを貰うのは初めてだった
店内に入ってシオンは後悔した。色鮮やかな衣服たちは可愛らしく、格好良いものが飾られて煌びやかだ。客の女性たちは皆、着飾っていて上品に見えてシオンは場違い感を味わう。
(そういや、サンゴは裕福層だった……)
大事なことをシオンは思い出した、サンゴは裕福な家庭であることを。入ってしまったので商品を見ないわけにもいかず、シオンは挙動不審にならないように気を付けながら並べられている服を眺める。
可愛らしいものから格好良いものまで品揃えは良くて、これなら自分でも着れそうなものはありそうだなとシオンは探す。ただ、どれも値段が少々するので「これを買ってもらうのは……」と遠慮が出てしまう。
いろいろと眺めてみてもやっぱりどれがいいのか分からず、もう適当にブラウスとか買ってもらおうかと考えていると、隣にいたアデルバートが何かを見つめていた。なんだろうかと視線の先を辿るとそこにはコーディネートされた服が飾られれていた。
白いカーディガンとレースのあしらわれたブラウス、ピンクのキュロットはシオンの目から見ても可愛らしく感じた。
「この服がどうかしたのか?」
「いや、シオンに似合うと思ったんだ」
「えっ!」
この可愛らしい服が自分に似合うとと、シオンが見遣ればとアデルバートの目は真剣そのものだった。からかうでもなく、純粋に似合うと思っているようだったのでもう一度、飾られている服をシオンは見るが似合う自信は自分にはない。
そんなシオンを他所にアデルバートは展示されている服について店員に訊ねていた。暫く会話をすると店員が持ってきたものに靴も合わさって、そのままアデルバートは購入していた。ほんの十数分ぐらいだっただろうか、呆気にとられていたシオンだが我に返り口を開く。
「え! なんで!」
「何故って、これをお前に」
「はぁ! いや、流石にこれは貰い過ぎでは……」
「これは俺の一方的な贈り物だ」
アデルバートに「シオンはこのまま何も要求しないだろう」と言われて、確かにこのままいくと適当なブラウスを買ってもらうことになってしまう。対価を支払ったことにはなるかもしれないが、適当に決めては相手にも失礼だ。
「この服はシオンに似合うと俺が思ったんだ」
受け取ってくれればそれで対価を支払ったことにしても構わない。そんな言葉をシオンの瞳を見詰めながら言うものだから、それを受け取るしかなかった。
「き、着るかわかんないけど……」
「構わない」
受け取るシオンを見てアデルバート微笑む。その笑みが彼の整った顔立ちを強調させるものだから、なんだかシオンは恥ずかしくなった。
店員は微笑ましく見ているし、店内にいた女性客は羨ましげな視線を向けている。それに気づいたシオンは「も、もう終わったから出よう!」とアデルバートの背を押して店から出た。
「えっと、対価の支払いって終わったからもういいんだっけ?」
「あぁ、そうなる。というか、本当に何も無いんだな」
「物欲なくて悪かったな」
むっと頬を膨らませれば、アデルバートは小さく笑った。余程、珍しい人間のようなので逆に怪しまれないかシオンは不安だった。
(人間界の人間だってバレないようにしないと……)
アデルバートを疑っているわけでがないが、隠しておくことで自分の身を守れるならばそうしたほうがいい。申し訳ないけれどと思いながら見遣ると彼は時間を確認していた。
「昼を御馳走しよう」
「そこまでしなくてもいいんだけど」
「それぐらいさせてくれ」
アデルバートに「お前は欲がなさすぎるから」と言われて、それが関係あるのかと疑問に思いながらもシオンは驕ってくれるならばとその申し出を受けることにした。
近くのレストランまで歩いているととある店がシオンの目に留まった。店内が見える窓からは多種多様な動物が展示されている。なんだろうかと興味深げに見ていれば、その視線に気づいたアデルバートが「ペットショップか」と呟いた。
「ここ、動物売ってるんだ」
「様子を見るに愛玩用魔物も売っているだろうな」
「え、魔物って飼えるの!」
「愛玩用ならば飼育はできる」
愛玩用魔物とは魔物のなかでも力はなく人間に害のない種類のことをいう。その取り扱いには特別な資格が必要であり、専門店以外では珍しいのだと教えてくれた。アデルバートの目付きが途端に厳しいものになっていることにシオンは気づく。
「どうかした?」
「……いや、何でもない」
苦手な動物でもいたのだろうかとシオンはそう思いながら奥の方を覗くいてみる。普通の動物ではない生き物がちらほらと目に止まった。魔物を間近で見れる機会など早々無い、あってはならないのだがそれは置いておいて、興味を持ったシオンは店内を指差した。
「ちょっと見てもいい?」
「……構わないが」
アデルバートの許可をもらい、シオンはペットショップへと入る。犬や猫、ウサギのコーナーを抜けると愛玩用魔物が姿をみせる。魔物の姿は犬のようなものや鼠のようなものなど様々で、羽根の生えている猫を見て「すっごい」とシオンは声を零す。
「この猫、翼がある!」
「ミャオネライト。ウィングキャットとも呼ばれている人間に無害な魔物だ」
「空飛べるの?」
「低空飛行ではあるがな」
空が飛べる程度の能力だとアデルバートは説明する、それ以外は何の変哲も無い猫そのものらしい。翼の手入れが面倒な点以外は飼育難易度は猫と変わらないと教えてくれた。
なるほどとシオンがミャオネライトのゲージを眺めているとその値段が目に留まり、思わず二度見してしまった。
(たっか!)
先ほど見た猫の金額を軽々超えていた。ちらりと他の金額も確認するとどれも桁が凄いことになっていて、愛玩魔物は高いのかとシオンはすっとガラスから離れる。
「気になるのか?」
「いや、欲しいとか、そんなんじゃないからね! 確かに可愛いなぁとか思うけど、ペットってそれだけじゃダメじゃん? 家族として迎え入れるんだから、責任もって飼わなきゃ。愛玩用魔物とか特に飼うの難しいだろうし……」
ペットは生きている、生き物なのだから当然だ。命を預かる身である以上、責任を持って飼育しなくてはならない。可愛いから、カッコイイからだけではいけないとシオンに言われて、アデルバートはそうかと呟くとガラスのほうに目を向ける。ミャオネライトは二人を見上げるように首を持ち上げると小さく鳴いていた。
「パパー、うさぎさんだっこしたい!」
ウサギのコーナーから幼い子供の声がする。見てみれば、幼い女の子がピンクのワンピースの裾を掴みながらぴょんぴょんと跳ねていた。
ふれあいコーナーとして、ウサギが何匹か店内のゲージに放されている。一匹のウサギを指差しながら「この子がいい!」と父親にせがんでいた。全身の体毛が白く、耳先が少し黒っぽいウサギはじっと女の子を見ている。
娘のお願いに父親は店員に声をかけてそのウサギを抱きかかえさせると、女の子が嬉しそうにぎゅっと抱きしめる。
「可愛い!」
そんな様子を微笑ましくシオンは眺めていた。幼い女の子は「この子欲しい!」と離さないので、父親がどうしたものかと悩んでいると、今まで微動だにもしなかったウサギが首を揺らした。女の子の手首を臭うように鼻をひくひくと動かす。
「痛い!」
がぶりとウサギが女の子の腕に噛みついた。その痛みに思わず手を放すとウサギはぴょんと跳ね逃げるように走る。店員が慌てて追いかけるが、動きが素早く陳列された棚などに隠れながら移動するために捕まらない。
捕まえるのを手伝おうか迷っていると、ウサギがシオンのほうへと走ってきた。これは丁度いいやとシオンが手を伸ばすとアデルバートがそれを制止し、腕を引かれた――瞬間だった。
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