第229話 モーゼスの目的


 「……それ、マジですか?」


 「ああ、残念ながらマジな話だ」


 五神教会教主、モーゼス・ビショップが帝都に来る。


 ギルバートから告げられたその言葉は、春風の心に衝撃を与えた。


 しかし、そんな春風を前に、ギルバートは更に話を続ける。


 「しかも、配下の騎士だけじゃなく、王国の騎士も数人程一緒に向かっているそうだ」


 「え、何故騎士も一緒にですか?」


 「実はな、セイクリア王国の騎士は、その多くが五神教会から配属された者達なんだ」


 「え、そうなんですか!?」


 「ああ、それ故に、騎士に対する権限は、国王のウィルフよりも教主のモーゼスの方が上なんだ」


 (王国、それで良いのか!?)


 春風は遠い目をして心の中でそう突っ込みを入れた後、すぐに真面目な表情でギルバートに尋ねた。


 「……それで、そのモーゼスって人は、何故ここに来ることになったのですか?」


 その問いにギルバートは「ああ、それなんだが……」と答えようとしたその時、


 「それは多分、私の所為かもしれません」


 と、隣のエリノーラが「はい」と申し訳なさそうに手を上げて答えた。


 「エリノーラ様、それは、どういう意味ですか?」


 春風がそう尋ねると、エリノーラはシュンとした様子で答える。


 「前に、『春風ちゃんと水音ちゃんの決闘は、魔導映像配信技術で世界中の人が見ている』っていうのは話したわよね?」


 「うぐ……はい」


 「その時配信された映像の中には、私が春風ちゃんのことを暴露した場面もあるの」


 「ああ、そういえばしてましたね」


 「当然、その場面も多くの人が見ているのよ」


 「……それって、セイクリア王国にも見られてるってことですよね?」


 「(コクリ)」


 「……となると、五神教会の方達も?」


 「(コクリ)」


 「……もしかして、それを見た五神教会の方達に、何か『変化』が起こったとか?」


 「……(コクリ)」


 エリノーラのその様子を見て、春風が再び遠い目をすると、


 「……実はな、あの決闘を見た後、多くの信者が五神教会を去ってな、それでモーゼスはかなりショックを受けたそうなんだ」


 「ええ、マジですか?」


 「で、そのショックの所為で、春風、お前への怒りと憎しみが膨れ上がったという報告を受けたんだ」


 「ええ、マジですか!? ま、まさか、その怒りと憎しみを晴らす為にここに!?」


 ショックを受けた春風は、すぐにギルバートにそう尋ねたが、


 「いや、残念ながら警戒が厳重過ぎて、正確な目的までは掴めなかった。すまねぇ」


 「そんな」


 ギルバートの言葉に、春風はガクリと項垂れると、


 「……ごめんなさい、春風ちゃん」


 と、エリノーラが春風に謝罪してきた。


 「え、エリノーラ様、何を?」


 「私が春風ちゃんのことを暴露したばかりに。あの暴露は元々、教会の連中をする目的があったの」


 「牽制……ですか?」


 「ええ、『春風ちゃんの背後には異世界の神々がついている。だから手を出したらお前達ただではすまないぞ』っていう意味を込めてね。そうすれば、幾らこの世界の『神』を崇める連中でも、簡単に手を出すことが出来なくなる……筈なんだけど」


 「それが、今回ここに来ることに繋がってるかもしれない、と?」


 「ええ。私の思い違いなら良いのだけど、もし、あの男が春風ちゃんに何か害をなす事があったらと思うと……」


 そう言い終えると、エリノーラは再びシュンとなった。


 その後、少しの間謁見の間が重苦しい空気に包まれると、ギルバートが口を開いた。


 「まぁ、今んなもん考えた所で、向こうの目的なんてわかるわけもねぇ! もしかしたら、別の目的があるのかもしれねぇしな!」


 「……それは、どの様なものでしょうか?」


 「いつまで経っても帰ってこねぇ『勇者』達を迎えに来た、みてぇな」


 そう即答したギルバートを見て、エリノーラを除いた全員が『あぁ』とあいづちを打った。


 「だからよ、エリー、んなもん気にする事はねぇ。どんな目的かは、本人から直接聞こうや」


 と、笑顔でそう言ったギルバートを見て、エリノーラは泣きそうになりながらも、


 「……はい」


 と、笑顔で頷いた。


 その後、暫くの間和やかな雰囲気に包まれると、その場は解散となった。


 だが、


 (モーゼス・ビショップの『目的』、か)


 春風の心の中は、まだ不安が残っていた。

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