KOKYTOS(コキュートス)
弓チョコ
第1話 やる気のない男
お前やる気あるのか?
もう少ししっかりしろよ。
それで良いのか?
「………………うるせえなあ」
□□□
大陸では長い間、戦乱が続いていた。いくつもあった国々は植民地化と独立、吸収や分裂を繰り返し。やがて最終的に、最も強大なふたつの勢力に別れた。
後に、大戦期『末期』と呼ばれることになる、その時代。
ガルデニア連邦――ウェントゥス士官学校。
その食堂にて。
「………………」
窓際の席に座り、ひとりでプレートを置く青年。青みがかかった短い白髪に薄い褐色肌。プレートの上の皿に置かれたパンをもそもそとちぎっては口へ運びながら、窓枠に肘を立てて手に頬を乗せ、外の様子をなんとなく眺めている。
外では昼食時間にも関わらず、竹刀を持った学生達が集まっている。女子生徒も居る。
「よっ。フォルト。隣良いか?」
「…………あー」
フォルトへ声を掛けたのは友人である。赤茶髪のパーマをした、小太りの青年。両手に持つプレートには牛丼とミートソースパスタ、そして天津飯が乗せられていた。
フォルトは彼へ見向きもせず返答も雑だったが、友人はいつものことと気にせず、向かいの席に座った。
「……あいつらまだ食わねえのな。折角の昼休憩だぜ。メシ食わずに何すんだよな」
「…………あー」
友人はちらりと外を見て、直ぐ様食べ始める。まずは牛丼に生卵を割り、マヨネーズを掛け、七味唐辛子を振る。それを雑に掻き混ぜて、バクバクと。
「…………よくやるよマジで。意味わからん」
「やっぱうま……。って。フォルトも食ってねえじゃん。パン1個かよ?」
フォルトはそこでようやく視線を友人へと向けた。
「ダンク。お前は食い過ぎだ」
「うまうま。良いんだよ。どうせ訓練でエネルギー使うんだから」
「…………あっそう」
パン。ジャムも何も無い。ただのパンだ。ひとつまみ千切ってから、ただ口に入れる。
「おっ。アレ見ろよ。例の子じゃん」
「なに?」
牛丼を書き込みながら、ダンクは外を指差した。フォルトの視線は再び外へ。
竹刀を使った剣の訓練。闘技台にはふたりの生徒。
ひとりは男性。そして向かい合うのは彼よりは小柄な女性だった。
「知らないか? 1ヶ月前くらいに編入してきたんだ。名前は確か、ミセリア・グライシス」
「有名人なのか?」
艷やかな長い黒髪が、彼女の剣捌きと共に揺れる。色素の薄い、黄色の肌。
「あれだよ。5年前の、ミークス大虐殺」
「あー……。そんなんあったっけ。確か何百って死んだとか」
対するは、彼女よりも大きく太い、恐らくは上級生の男子生徒。
「グライシス家はミークスにある名門だった。あの日、あの子以外、全員死んだらしい」
「…………!」
男子生徒は、笑っている。余裕の笑み。翻ってミセリアは、必死の形相だ。綺麗な顔を、歪ませて。
「知らねえか? 習ったろ。『グライシス』って名前は、『セレディア』と並んて歴史に結構出てくる。その一家が、彼女を残して全滅したんだ。それが、ミークス大虐殺」
「…………全滅」
「あっ。言ってる間に」
ミセリアの大振りをひらりと躱し、追撃を軽く弾き。
上級生のひと振りが頭部に命中し、彼女は倒れた。
「あーあ。まあそりゃそうだろ。相手は上級生。ていうか何で上級生と編入生が決闘みたいな感じになってたんだ? フォルト見てた?」
「……いや。なんか揉めてるっぽくはあったかも」
「まじかよ……。でまあ、見ての通り、残されたミセリア嬢に軍人としての才能は無さそうなんだよな。『
「…………ふーん」
上級生と彼の取り巻きと見られる生徒達は、高笑いしながら去っていった。倒れたままのミセリアは、しばらくしてむくりと起き上がり、ドロドロのまま逆方向へ立ち去った。
その刹那に。
「!」
フォルトは、彼女と一瞬だけ目が合ったような気がした。
□□□
あなたの人生だから。あなたの好きに生きたら良いわよ。
――母の言葉だ。何度も言われた訳では無いが、思い出すならこの言葉になる。
「無理だ母さん。何もできない奴は、好きに生きることもできない」
運と縁を大事にしろ。俺は良い人生だった。好きに生きた。で、好きに死ぬ。俺は幸せだった。良い運と縁に恵まれた。
――父が、酒を飲んで帰ってきた夜はいつもそう言っていた。
「馬鹿野郎。……あんたみてえに運がねえやつは居る。縁もねえ。何も上手くいかねえ」
フォルトは10代で両親を喪った。
それ以前、彼がどんな少年であったのか。
彼自身ももう思い出せない。
□□□
「フォルト・アンドレオ。聞いているか?」
「……! えっ! と。……すいません」
『
「……全く。では各自、マニュアル通りに作業を開始してくれ。フォルト。こっちへ来い」
「はい!」
「…………はい」
生徒達は元気よく返事をした。遅れて、フォルトが教師の元へやってくる。
「どうした? 集中できていないみたいだな」
「……はい」
格納庫は広い。機械式の巨大衣装棚が整然と並べられており、今は生徒達が各自の『
「すみません。すぐ作業に取り掛かります」
「…………分かった。分からない所があれば遠慮なく呼べよ」
「はい。ありがとうございます」
フォルトはぺこりと頭を下げてから、自分の持ち場へ戻った。その様子を、ダンクも気にしていた。
「(……そもそも、俺は自分から望んでここに居る訳じゃない。そんなの適当になるだろ。手を抜くぞ。サボるぞ。きっかけさえありゃ、いつでも辞めてやる。軍人なんぞ……。戦争なんぞ、くだらない)」
フォルトはもそもそと、作業を始めた。『
いずれ来る、戦いに備えて。
「…………」
――その一家が、彼女を残して全滅したんだ――
フォルトが授業に集中できない理由は、単にやる気の問題だけでは無かったが。
「……家族が死んで、それでも自分の意思でここに来れるのかよ」
誰にも聴こえないように呟いた。
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