84 ミミアちゃんは想います!


~ミミア視点~


「貴女は自分が思うように好きに生きなさい」


 それがお父様とお母様のミミアに対する教育方針だった。


「うん、楽しくやるねっ!」


 ミミアはカステル家三姉妹の次女として生を受ける。


 一部の人には嫌味に聞こえるだろうけど、三姉妹の中ではミミアは最も才能に恵まれていなかった。


 小さい頃から分かっていたことだけど、ミミアは魔法士に向いていないのだ。


 いや、これを言うと“ステラなのに”とか“魔法御三家の令嬢のくせに”とか言われるのが今までの経験で察しているので口には出さないんだけど。


 だけど、冷静に考えて欲しい。


 ミミアが得意なのは回復魔法。


 攻撃と防御に関しては至って並みだ。


 学園にいる内は回復魔法特化でそれなりの成績を残せるだろうけど、魔法士として一人前になる頃には皆がある程度は回復魔法を使えるようになる。


 そうなれば戦場で必要となるのは攻撃か防御に他ならない。


 皆まだちゃんと分かってないだろうけど、だからミミアのステラにはかなり意味がない。


 そういうわけで、両親からは特別な期待を受けず、かといって見放されるわけでもない結構安定なポジションに着いたのだ。


「ミミアちゃんって、可愛くて才能もあってお金持ちの生まれなのに嫌味ないよね」


「あはは、そうかなぁ?」


「うん、ほら御三家のリアさんは過激だし、セシルさんは何を考えてるか分からないし……だけどミミアちゃんは接しやすいよね」


 そんな感想をよく言われた。


 そりゃそうだ。


 だってカステル三姉妹の中では、ミミアは底辺ラピス


 中立的な立ち回りで、当たり障りないよう振舞うのが不思議と得意になっていた。


 だからこうしてクラスにも馴染むことは出来る。


 順風満帆、派手さないけれど至って平穏な学生生活……。


「――でも、退屈だなぁ」


 詰まる所、ミミアの悩みはそこなわけで。


 ミミアには強烈な競争意識も、かといってどうしても守りたいようなプライドもない。


 それゆえミミアは攻撃も防御魔法も伸びる余地がない。


 凪のような生活がお似合いの女なのだ。


「おい、見ろよあの石ころラピス……」


 そうしている内に、彼女の存在を知ることになる。


 ラピス、石ころ、底辺。


 どこの世界にでも、そこに人が集まれば最下位は存在する。


 わたしは学園では上位だけれど、家に帰れば最下位だ。


 だから、実はラピスと呼ばれる人の気持ちも分かると思っている。


 きっと、ミミアと同じように周りの空気を察しながら、上手く調和を図っていくのだろう。


 だって強烈な個性がないのであれば、そうすることでしか穏便な生活は送れないのだから。


「あいつ、素手でリア様の魔法を止めやがったぞ!?」


 ……なぬ?


 そ、そんな目立つことわざわざするんだ……。


 魔法も使えない子が、バルシュミューデ家の令嬢に楯突くなんてリスキーだと思うんだけど……。


 ま、まあ……入学して間もないから舞い上がっているのかな?


「おい!ラピスが今度はセシル様を脅かしてるぞ!見てみろ、あのセシル様の怯えている表情!」


 あ、あれ……。


 どうして格上、ヒエラルキーのトップの人間にそんな絡み方していくの……?


 しかも脅すって……。どうしてそんな反感を買うかもしれない危険な真似を?


 と、思えば。


「あ、ラピスが中庭で一人で飯食ってるぞ」


 その声につられて外を見てみたら、寒さに凍えるように丸くした背中でお弁当を頬張る少女。


 そりゃ、そうだよ……。


 弱い子があんな目立つ行為をしたら弾かれるのが当然。


 もっと上手く立ち回ればいいのになぁ、そんな思いを持ちながらも当然の帰結に視線を反らした。


 そうして皆の興味が失われた時。


 ――コンコンッ


 窓を叩いている少女は、長い金髪が印象的な……シャルロッテちゃんだった。


 彼女は憎々しい視線を窓の外に向けていた。


 すると、すぐに窓を開け……。


「こっちに来いって言ってんのよ!!」


 そう叫ぶや否や窓から飛び降りてしまった。


 なんだなんだ、と気になったミミアはまた改めて外を眺めると。


「な、なんでギルバード君……?」


 成績首位の圧倒的天才、ギルバート君が立っていた。


 ラピスの子はニヘラとした笑顔を浮かべてるし……。


 そして、それを憤怒の表情で追いかけたシャルロッテちゃんはラピスの子の手を握ると、そのまま連れ出していった。


 ずるずる、と引きずられるように退場するラピスの子……。


「なに、何がどうなってるの?どうしてあの子は常にあんな目立つ真似を?しかもだいたい誰か怒らせるか驚かせてるし」


 その頃には、すっかりその子の事が気になるようになっていた。


 ラピス……エメちゃんの存在を無視できなくなっていた。


 ミミアの常識とはかけ離れた行動を繰り返す女の子、ミミアの退屈を壊してくれるのはこの子かもしれないと。


 そう感じた瞬間、ミミアはあの子に声を掛けようと教室から駆け出したのだ。


        ◇◇◇


 ――と、そんな感慨にふけってしまったのは意識を失っているエメちゃんの体を拭いているからなわけで。


「だいぶ汚れは取れたかな?」


 川の水は冷たい。


 魔法が使えればお湯にすることも出来るけど、使えないものは仕方ない。


 寒さでかじかんでいく指先を無視しながらエメちゃんの体を拭いて行く。


「……綺麗な体してるねぇ」


 白い肌に、少しだけ筋肉質ですらりと伸びる手足。


 “お腹のお肉がぁ”と、嘆いていたお腹の脂肪も、年頃の女の子ならこれくらい許容範囲。全然普通だと思う。


 何よりミミアの腕の中で眠るように息をしているエメちゃんがあどけなくて可愛らしい。


「エメちゃんはいつも助けてくれるんだね」


 ゲオルグの時もエメちゃんがいなければ太刀打ちできなかった。


 今回の魔獣もミミアがエメちゃんを助けようと思って来たのに、やっぱり助けられてしまった。


 ラピスと揶揄された女の子は、ステラと称されるミミアを糸も容易く超えていく。


 でも悔しさは全くない、だってミミアにはそんなライバル意識もプライドもないから。


 それにミミアにはちょっとした自信がある。


 エメちゃんは回復魔法が使えない。


 だからミミアはきっと彼女の傍にいるのが最適な人間なのだ。


 魔法士としては微妙な特技も、エメちゃんにはとっても意義のある存在になれると思うのだ。


「……だから、一緒にいてもいいよね?」


 返ってくるはずのない言葉を投げかける。


 彼女の傍にいると胸がドキドキして、顔がぽうっと熱くなる。


 心を奪われていく。


 こんなにも、可愛くて頼もしくて楽しい子が他にいるだろうか?


 ……きっとミミアには、彼女だけだ。


「それにしても無防備だなぁ」


 呼吸で薄く開いている唇は、ぷるんとした膨らみと艶がある。


 あどけない表情とは対照的に何だかそれは大人びている様にも見えて……。


「意識ないし、女の子同士だからアリ……だよね?」


 そうそう、これでミミアが男の子だったら問題だけど。


 女の子同士ならスキンシップ、ハグみたいなものだよね。


 だからちょっとだけ、キスしてみるのも……ね?


「起きないエメちゃんが悪いんだよー?」


 そう言い聞かせ、唇を近づけて……。


 ぱちり、と瞼が開かれた。


「……ミミアちゃん?」


 いやあ、さすがエメちゃん。


 ちゃんと起きるよねー?


「あっ、エメちゃん起きた?」


 残念な気持ちを心に残しつつ、笑顔で応える。


 それから状況を理解すると……。


「なんで起こしてくれないんですか!?自分で拭きましたよ!!」


 顔を真っ赤にして慌てふためくエメちゃん。


 可愛いなあ、もう。


「ああっ、後は大丈夫です!とってもお世話になりましたが、後は自分でやりますので!」


「後って……?」


 もう全部拭いたけど……?


「で、ですから下の方を、ですね……」


 ああ、そっか。


 実はもう全身拭き終わっていて。でも上半身に汚れがまだ少しだけ残っていたのを念入りに拭いてただけなんだけど……。


 そのまま伝えるとエメちゃん、申し訳なさそうにするだろうしなぁ……。


「ちっちっち、ミミアを甘く見ないでよ?下半身は先に拭いといたから、もう綺麗だぞ♡」


「なんで下半身から先なんですかっ!?」


 おっと、何でと来たか……。


 テキトーに言い始めたちゃったから、どういうことにしよっかなぁ……?


「ミミアは、実は足フェチなんだよねっ!」


「……はい!?」


 あはは、驚いている驚いている。


 まあ、全部がウソってわけでもないんだけど。


 でも可愛いエメちゃんに後ろめたい気持ちは持たせなくないし。


 それがきっと、ミミアができる立ち回りってやつだと思うんだよね。

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