69 真実を暴いてもスッキリするとは限りません!


「お待たせいたしました……」


 わたしは注文されたケーキをテーブルに置いていきます。


「ありがとう、エメ」


 セシルさんにはフォンダンショコラを。


「ありがとうございます、エメさん」


 リアさんにはイチゴのタルトを。


「ありがとね、エメちゃん!」


 ミミアちゃんにはショートケーキを。


 各々にコーヒーもつけています。


 この三者三様な華憐さを持ち合わせた少女たち。


 どういう運命の悪戯か、御三家令嬢の方たちがわたしの職場に一堂に会してしまったのです。


「そ、それじゃあ……わたし、仕事があるので戻りますね」


「お待ちなさい」


 ぴしゃり、とわたしを呼び止めたのはリアさんです。


「えっ、あの……何か……?」


「私はエメさんに用があってここを訪ねたのです。少しお話を聞かせて頂こうかしら」


「いえ、ですから仕事で……」


 ――タンタンッ


 そんな会話が聞こえたのか、店長の足音が近づいてきます。


 日雇いの子に仕事をサボられては困るのでしょう、持ち場に戻る様に言いに来たのですね?


「エメちゃん、今仕事中なんだけど――」


「あ、アレットさん。ごめんなさい今戻ります……」


「――気にしなくていいからね!後のことは私がやっとくから!」


 グッ!と親指を立てるアレットさん。


 え、あの……仕事なのでは?


「いや、それだとわたしお金貰えないのでは……?」


「大丈夫!ちゃんとお給料は払うから!むしろ、レジ打ちなんかよりその子たちの輪に混ざってこの店を宣伝してくれる方がよっぽど嬉しいな!」


 とても現金なことを耳打ちしてきます。


 “御三家に気に入られたら帝都の洋菓子店ナンバーワンはウチってことになるよね!”とか何とか……。


 どうやら、わたしに選択の余地はないようです。


「わ、わかりました……」


 大人しく諦めて席に着きます。


 円形のテーブルに左からセシルさん、リアさん、ミミアちゃんと並びます。


 割と小さめなテーブルにこの三人を擁すると圧巻です。テーブルもこの神々しさには驚いていることだと思います。


 ですが、どことなくピリついた空気が流れている様にも感じるのは気のせいでしょうか……?


「それではエメさんにお聞きしますが、どうしてこのお店で働いているのかしら?」


 リアさんはコーヒーカップに口をつけながら尋ねてきます。


「どうしてと言われるとですね……お金が必要だからです」


 労働の理由は数あれど、基本的にはそこが一番でしょう。


「そのお金は何に使うおつもりですの?」


「ええっと……」


 その先はシークレットなのです。ゲヘナの本拠地に向かう資金だとは言えません。


「リア……ちょっと不躾。エメ困ってる」


 するとセシルさんが言い淀むわたしを見て、助け船を出してくれました。


「あら、セシルさんは気になりませんの?」


「私は、別に。言いたくないことを聞いても仕方ない」


「なるほど、それはセシルさんもお気づきだから、ということですわね?」


「……なに?」


 リアさんの含みのある言葉によって、セシルさんも言葉を詰まらせます。


「エメさん、貴女フェルスに向かうつもりですわね?」


「……!!」


 バレちゃってるんですけど!?


「ケーキなど食べて何がしたいのかと思っていましたが、働いているとなれば資金調達くらいしか思い当たりません。話を聞けば雇用期間も冬休みまでとのこと、その後エメさんはフェルスに向かうのでしょう?」


 おお……見事なまでに読まれてしまっています……。


「だよねー、もうそれしかないよね」


 あはは、と笑うミミアちゃんに。


「……この子たちにもバレちゃったか」


 ボソッと呟くセシルさん。


 セシルさんにも気付かれてたんですね……。


「目的はゲヘナ、ですわね?」


 フェルスにゲヘナの本拠地があるという噂を教えてくれたのはリアさんです。もう言い逃れは出来ませんね。


「……げへな?なに?」


 小首を傾げているセシルさん。

 

 ……あ、あれ。セシルさん、そこまでは分かってなかったんですね。


「そうです。わたしはゲヘナに用があるんです」


 もうここまで来たら隠しても仕方ないので話しちゃいます。


「私が教えておいて何ですが……正気ですの?フェルスには魔獣もいると聞きますし、ゲヘナとなればどんな魔族を有しているかも分かりません。それを一人で?」


「はい、それでも行きます」


「そうまでして危険を冒す理由が何かございますの?」


「それこそ、信憑性は薄いのですが。ゲヘナは魔王と繋がっているのかもしれないのです。もしかしたら魔王と直接会う事も出来るかもしれません」


「「「…………」」」


 魔王という単語に、テーブルの空気が凍り付きます。


「……それ、本当ですの?」


「ゲヘナの人から魔王という単語が出て来たんです。彼らは魔族と繋がっているのですから可能性はゼロではないはずです」


 リアさんは納得したようにこくりと頷き、コーヒーで喉を湿らせます。


「いや、でも魔王はちょっと物騒過ぎない……?」


 ミミアちゃんは恐怖感を露にしています。


 そうです。我々人類にとって魔族の頂点に立つ魔王は畏怖の対象。


 いくらそれらを打倒するために魔法士を目指していると言えど、絶対的強者の名に恐れおののかないわけはありません。


「……そんな怖い話だったなんて」


 事の顛末を理解したセシルさんは、躊躇いがちに目を伏せていました。


 そうです。だからこんな突拍子もない話はしたくなかったのです。


「分かりませんわ。仮にそうだとしても、どうして一人でそんなことまでしようと思うのですか?命が惜しくありませんの?」


 その言葉で思い返すのは、かつてわたしの故郷だった村がその形を失っていく光景。


 ありとあらゆるモノが壊され、意味を剥奪される暴力。


 ……まあ、これは帝都出身の方には分からない話でしょう。


 わたし自身、お話しするつもりもありませんし。


「馬鹿は承知の上です。この事は皆さんだからお話しましたが、秘密にしてくださいね。ご心配をおかけするでしょうけど、きっと大丈夫ですから」


 本当はここにいる三人にも心配させたくなかったのですけどね。

 

 シーンと静まりかえってしまったテーブルに、思わず頭を掻いてしまいます。


「――エメちゃん!ちょっと来てもらっていい?」


 カウンターでアレットさんが呼んでいました。


「すみません、お仕事なので離れますね」


 三人の生返事を聞きながら、後ろ髪を引かれる気持ちで席を立ちます。


「……アレットさん、どうかしましたか?」


「いや、さっきまで皆楽しそうにしてたのにさ?ケーキ口にしてから一転お通夜じゃない?マズい?ウチのケーキってそんなに不味い!?」


「あ、ええと……」


 どうしましょう。


 アレットさんが良かれと思って投入したわたしのせいで神妙な空気になったなんて……。


 お給料減らされたくないので言えません。



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