68 甘いケーキに誘われて!


【ミミア視点】


 ……とまあ、そんなわけで放課後。エメちゃんの尾行が始まったわけだけど。


「ミミアさん、これは一体どういうことかしら?」


「いや、リアちゃん落ち着いてね?さっきから炎魔法を展開しようとするのやめてね、怖いから」


 エメちゃんは『ジャルダン・デ・フルール』と書かれた白塗りのお店に吸い込まれるように入って行った。


 ミミア達はそれを道の脇からバレないように観察していたのだが、その内にリアちゃんが大層ご機嫌ななめになっていたのだ。


「これがゲヘナの件と何の関係があると言うのかしら?ただのしがないケーキ屋ですわよね」


「しがないは言い過ぎだけど……ケーキ屋なのは確かだね」


「つまりエメさんは私よりケーキを優先したということですの!?信じられますかっ!?」


「いやいや、そうと決めるのは早いから。落ち着きなってリアちゃん」


 怒ったり、悲しんだり……忙しい人だなぁ。


 でも、確かに今の所エメちゃんの行動原理はよく分からない。


 ミミアの考え過ぎだったのかな?


「ま、スイーツ巡りで忙しいっていうのも女の子らしくていいんじゃない?」


「私よりも甘味ですのっ!?」


 テキトーなこと言っても、結構本気にするんだね……。


 ちょっと何言ってるのかは分かんないけど。


「でもさ、エメちゃん出てくるの遅いよね?」


 そうこうしている内に30分以上は経過している気がする。


 買うだけでそんなに時間が掛かるだろうか……?

 

 お店の中で食べてるとか?


「あっ、来ましたわよ」


 考え事をしている内に変化が起きた、お店の前にセシルちゃんが現れたのだ。


 彼女は迷うことなくお店の扉を開けている。


 その足取りは学園で見るものより随分と軽そうに見えたのは、気のせいだろうか。


「……つまり、エメさんはセシルさんと毎日会食していたということですわね?」


「会食て……、お茶してるとか言いなよ。うーん。でも、そうなのかなぁ?」


 その為だけにリアちゃんに予定がないとか言うかなぁ?


「ここまで来てそれ以外に何があると言いますか!もういいでしょう!我慢の限界ですわっ!」


 するとリアちゃんは脇から外れ、道の中央に躍り出た。


 ずんずんとケーキ屋さんに突き進んでいく。


「え、ど、どうするの!?」


「決まってますわ、このお店のせいでエメさんに時間を作って頂けないのなら全部燃やして灰にしてやりますわ!」


「だから短絡的すぎ!セシルちゃんとかもいるんだよ!?」


「それが一番気に入りませんのっ!」


「はい?」


「私という存在がありながら、他の女に現を抜かすエメさんの姿など目に毒……!想像もしたくありませんでしたわ!」


「気持ちは分かる、気持ちは分かるけどさ。だからって力づくは良くないよー?」


 すると何を思ったのかリアちゃんは急に立ち止まるとキッ、と睨みつけてきた。


 緋色の瞳は力強いようでわずかに揺れている。


「貴方、気持ちが分かると仰いましたわね?」


「え、うん」


 そりゃミミアだって、エメちゃんとご一緒できる機会を取られたらいい気分はしないからね。


「私はこんなに恋焦がれていますのに、想い人はこちらを振り向いてくれない。そればかりか他の者との親密な時間すら見せつけられて……私は胸がこんなにも張り裂けそうになっているというのに。この悔しさが本当に貴女にも分かって?」


「……うーん、この」


 とりあえず分かったのは、リアちゃんってビックリするくらいピュアなのね!


「なんですの、分かると言いましたのにその半端な相槌は。やはり私をからかっていますのね」


「いや、違うの。リアちゃんが思ったより可愛くて驚いたと言うか……」


「はあ?私が容姿端麗なのは誰の目にも明らかでしょう。いまさら気が付きましたの?」


「いやあ……そういう所だと思うよ?」


「どこですの?」


 そういう繊細な部分を口に出して表現すればいいのに。


 普段表に出すのは自信がある所とか、感情が湧きたつ部分ばっかりなんだもんなぁ。


 カッコいいと言えばカッコいいし、リアちゃんぽいと言えばぽいけど。


 可愛いポイントではないよね。


        ◇◇◇


【エメ視点】


「ふぅ……」


 わたしは制服に着替え、ショーケースの後ろで来客を待ちます。


 今日も労働に勤しむと致しましょうか。


 ――ギギッ……。


 重厚な木の扉が開く音に続くようにドアベルの甲高い音が店内に響きます。


 さあ、お仕事の始まりですねっ!


「いらっしゃいませ!」


「エメ、来た」


「……」


「エメ?」


 ……いえ、いいんですけどね。いいんですけど……。


「セシルさん、さすがに毎日来るのはどうかと思いますよ?」


 わたしがお店に立つなり来店してきたセシルさん。


 まるで狙い澄ましたかのような正確さです。


「うん、それじゃ注文するね」


「話聞く気ありませんね?」


「エメ、私はお客様」


「え、はい、もちろんです」


「笑顔で対応、接客の基本」


 と、ポーカーフェイスで語り掛けてくるセシルさん。


 いえ、仰っていることは正しいのでこれ以上は言いませんけどね。


「それでは、ご注文の方をお聞きしますね」


「そう、だったらエメをもらえる?」


 ……なるほど、セシルさん。わたしで遊んでいますね?


「セシルさん、ここはケーキ屋さんですよ」


「うん。エメの制服姿、可愛い」


「ありがとうございます。それで注文は何になさいますか?」


「……つまんない、エメ、照れなくなった」


 店長のアレットさんが言っていました。


 仕事になれば慣れる、と。


 不思議なものであんなに恥ずかしかったこの足元スケスケの制服も、本当に今では何とも思いません。


 こうしてセシルさんに凝視されても何も感じないのです。


「わたしは鋼の心を手に入れたのです。お仕事中ならこの恥ずかしい制服でもビクともしません」


「恥ずかしい制服と思って着てるんだ……」


 もしかすると、これが“プロフェッショナル”と呼ばれるモノなのかもしれませんね。


 ――カランカラン


 再び、ドアベルの音。


「あ、いらっしゃいませー!」


 珍しいですね、立て続けにお客さんが来るなんて――


「このリア・バルシュミューデが来ましたわよ!さあ、いますぐ店を閉じなさい!さもなくば炎の海に貴女方も巻き込まれましてよ!」


「第一声それなの!?さっきまであんなに可愛いこと言ってたのに、どうしてそうなるの!?」


「私はいつでも可愛いですわ!!」


「いやいや!可愛くないから!今のは狂暴なだけだから!」


 ――えええええええええええええええっ!!


 リアさんとミミアちゃん、何で来るのおおおおおお!?


「……ちっ」


 セシルさんもどうして舌打ちをしているんですか!?


 いや、今はそれどころじゃないです!


 決して高級店ではないこのお店にどうして御三家令嬢が来るんですか!?


「ってアレ?エメちゃん店員さんやってない?……なんだ、よかったねリアちゃん!どうやら会食じゃないみたいだよ!」


「それを言うならお茶でしてよ。なるほど、エメさんは勤労に勤しんでいられましたのね」


「……ミミアはリアちゃんに合わせたんですけど」


 うおおおお!!


 リアさんとミミアちゃんが近づいて来きます!


 どういう状況ですか、これ!?


「それにしても、随分と装飾的なお洋服をお召しになっていられますのね?」


「あ、ホントだぁー!なになにー?フリフリして、足もちらりなんてさせちゃって!エメちゃんそういうのもイケるクチだったんだ!」


 はわわわわわ……!!


 見られています!可憐なお二人にこんなわたしのみすぼらしい姿がっ……!!


「み、見ないで下さい!!もう閉店時間です、皆さん帰ってください!」


「……エメ、鋼の心は?」


 ごめんなさい!調子に乗りました!


 数回お仕事しただけでプロフェッショナルとか想起した数秒前の自分が恥ずかしいです!!


「そういうわけには参りません。ここはちゃんと接客して頂くわよエメさん」


「……いや、リアちゃんさっきまでこの店燃やすとか言ってたよね?」


「あら、エメさんはこの世で最も尊い行為の一つ、労働に勤しんでいられますのよ?それを蔑む愚行を私は良しとはしませんわ」


「……うん、いいけどね。いいと思うよ、リアちゃんはそれで」


 ああ!全然帰ってくれそうにありません!


「なんだ、騒がしい……って!?アルベール家のご息女だけでなく、カステルにバルシュミューデまで!?どうなってる!?いつからウチは高級洋菓子店になったんだ!?」


 喧噪を聞きつけて姿を現したアレットさんが目を丸くしています!


「アレットさん!もうお店閉じていいですか!」


「いいわけないよね!?こんなビジネスチャンス見逃せるわけないよね!?」


 アレットさんの目がお金のマークに!?


 ああ!誰か助けて下さい!

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