30 セシルさんに教えてもらいましょう!
「じゅっ……10万ゴールドですか!?」
わたしは、お会計で提示された魔法古書の値段を思わず大きな声で聞き返してしまいました。
場にそぐわないボリュームだったとすぐに思い返して、自分で自分の口に手を当てて塞ぎます。もちろん、手遅れですが。
店員さんの眼鏡を掛けた小さなおじいさんはわたしの反応に驚いてしまっている様でした。
「どうしましたの、エメさん!?」
遠くで会計を見守っていたリアさんでしたが、わたしの様子を見て何事かと思い駆けつけてくれました。
「あ、ごめんなさい……思っていたより本が高くて、ビックリしちゃって……」
「あら、そうでしたの?」
大事かと思ったのでしょう、思っていたよりスケールの小さい話でリアさんは安心したようにほっと息を吐いていました。その視線は値札へと移ります。
「10万ゴールドでしたか。魔法関連の古書ならこれくらいが相場ですわね。むしろ安い方かも」
「そうなんですかっ!?」
こんな言い方したら失礼になるのは分かっていますが……こんなに古びた紙が、わたしの持っている真っさらな教科書の10倍はするだなんて……物の価値は分かりません。
てっきり2~3万ゴールド程度なのかと思ってました。
「うぅ~……」
お金は昔から貯めていた貯金と今月分のお小遣いを合わせればちょうど届きます。
ですが、それでわたしの全財産は失います。つまりこれからひもじい思いをして生きていくということです。
ただでさえ、寂しい学園生活がお財布まで旅立ってしまうのはツラいのです。
「え、エメさん?」
ぷるぷる、と札束を持つわたしの手が震えています。それを見ているリアさんの方が困惑しているのです。
「お金が足りませんの?」
「いえ、足ります。……全財産を使えばですが」
「全財産!?」
今月分のお小遣いはもうなくなっちゃうから……シャルに来月分のを前借させてもらいましょう。
でもそういうのシャル怒るんだよなぁ。
“計画性がないからそうなるのよ!”〝金にだらしない人は生き方もだらしなくなるから正しなさい!”
と、すごい剣幕で迫ってくるんですよね。次は貸してくれるかどうか……。
「そんなことして大丈夫ですの?無理に今買わなくてもよろしいのではなくて?」
「だ、大丈夫です。土下座して前借りすれば、何とかなります」
「全然大丈夫そうに聞こえませんわよ!?」
◇◇◇
「お買い上げありがとうございましたー」
店員さんのお礼を背に古書店を後にします。
腕の中には茶色の紙袋で包装された魔法工程書。
思わずぐっと力が入ります。
「ず、随分大事そうに持ちますのね……?」
「これがわたしの全財産かと思うと……強くに抱かずにはいられません……」
いけない、不思議と涙まで零れ落ちそうです。
「く、苦労していますのね……」
リアさんはお会計の辺りから終始わたしの対応に困っているようでした。
「リアさんは普段こういった本も買われるんですよね?」
「ええ……まあ……」
「毎回これくらいの値段の本を買われていくんですか?」
「ああ……ええ、そうですわね……」
さすが名家のご令嬢。お金持ちです。
ですがどこか歯切れが悪いのは何故でしょう?
「答えれてたらでいいんですけど、最高額はいくらになるんですか?」
「いえ、どうでしたっけ……覚えていませんわね」
おお、お洋服の時と同じでそこら辺も曖昧だなんて……。やはり生きているステージが違います。
わたしなんて今日と言う日を絶対に忘れないであろうインパクトがあったのですが。
「じゃあ、最低はいくらでしたか?」
「えっと……お聞きになりますの?それ」
「え、はい。他意はないのですが、何となく気になります」
「……100、くらいかと思われます」
?
「100って……100万ゴールド、ですか?」
「ええ……」
「リアさん、わたし最低額の話ですよ?最高じゃないですよ?」
「もちろん、分かっていますわ」
「……?」
「えっと、エメさん?」
わたしの全財産の10倍がリアさんの最低額……?
ということは、最高額と合わせたらわたしの全財産の何百倍……?
生活水準の違いに魂が抜けてしまいそうです……。
「わたしリアさんの家の子になれますかね?」
「それはどういう意味ですの!?」
わたしの不用意な発言にリアさんは慌てふためいてしまうのでした。
◇◇◇
「わ、分からない……」
リアさんとの古書店での買い物を終えて数日後。
魔法古書の解説本とやらもリアさんから貸して頂き、分からないことがあれば調べてを繰り返す作業を続けているのですが……中々、成果は得られません。
牛歩の歩みとは言いますが、労力と時間を掛けても進む速度がゆっくり過ぎて、進んでいる感覚を得られません。
言葉の整理は出来ても、文章そのものが難解すぎて意味が分からなかったり、前提としている知識がそもそもなくて補完する必要があったりと、次から次へと課題が浮き彫りになるのです。
家だけでは時間が足りないと、学校の休み時間なども利用しているのですが、それでも満足な結果は得られません。
放課後になり、家に帰ってダラダラしないように図書室で勉強することにします。
「あ、いました」
隅のテーブルで本を読む青髪の文学少女、セシルさんがいました。
「セシルさん、ここ座ってもいいですか?」
「いいけど……今度は何しにしたきの?中間試験は終わったでしょう?」
セシルさんが顔を上げると、クールな眼差しでこちらを覗き込んできます。
「今ちょっと大変な勉強をしているんです」
「あなた、いつも勉強は大変そうと言うか……。結果も悲惨だったような……?」
「それは言わないでくださいよ……」
いきなり痛い所を突かれてしまうのでした。
他愛無い話はここまでにして、わたしも自分の勉強に集中します。
魔法工程書を開きながら、解説本も読み進め、ノートにメモしていくという作業を続けていきます。
「え、あれ……やはりこれでは意味が通じません……」
どうにも表現として整合性が取れず、進めば進むほど意味が理解できない箇所が増えていきます。
それが蓄積されて、結果全体の意味もとれなくなり、結局理解できないという負のループに陥っていました。
「……」
「ん?」
そうしていると前から視線を感じます。
セシルさんがわたしの手元をジッと眺めていました。
「セシルさん、どうかしました?」
「その単語の意訳、違う」
わたしが意味が理解できない文章を見て、セシルさんは何やら難しそうな表情を浮かべています。
「セシルさん……これ見て分かるんですか?」
「分かる、常識。そんなヘンテコな解釈はしない」
「ほ、本当ですか……?良かったら教えてくれませんか!?」
「え、ちょ、ちょっとだけなら……」
それから、わたしが理解できなかった部分をセシルさんに見せて、説明を受けます。
しばらくそうしていると……。
「セシルさん、さては天才ですね?」
「え、なにが……?」
セシルさんは自分で意味を理解できているのは勿論なのですが、説明もわたしに合わせてくれて、とても分かりやすかったのです。
するすると、難解だった部分が嘘のように頭にインプットされていきます。
「説明が上手すぎます。これなら頭の悪いわたしでも理解できちゃいます」
「そう……良かった」
いつも笑顔を見せないクールなセシルさんですが、今一瞬ほんのりと口元を緩ませるのでした。
その隙を、わたしは見逃しません。
「あ、セシルさん。良かったら……もう少し教えて頂いてもいいですか?」
「……まあ、そこまで言うなら」
ちょっと気を良くしてくれたのか、セシルさんから二言返事が返ってきました!
わたしは鞄の中からノートを持ち出します。
10冊以上も束になったものを。
「これは……?」
「さっきと同じで、わたしが理解できなかったところです」
「こ、こんなに……?」
「はい、お願いしますね!セシルさん!」
「あ、ちょっと急用……」
立ち上がろうとするセシルさんの肩をわたしは一瞬で掴みます。
「――
「え、これは……?」
「魔術です」
「な、なんで……?」
「教えてくれるって言いましたよね?」
「いや……こんなにあるなんて……」
「言ってくれましたよね?」
「……う、うん……」
その後も、セシルレッスンを受けるのでした。
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