29 リアさんと古書を探しに!


 休日、リアさんとの約束の日が訪れました。


 支度を済ませて、リビングでくつろいでいるシャルに声を掛けます。


「シャル、わたし今日出掛けてくるから」


「珍しいわね、どこに行くの?」


「昔の魔法工程書を探しに古書店に行ってくるの」


「へえ……それまた珍しい。あんたそんな所に一人で行けるの?」


「それがね、リアさんと一緒に行くんだ。……うへへ」


 口に出して言ってみると、なんだか学生らしい休日のようで嬉しくなって笑ってしまいました。


「は?リアと……何故そうなるわけ……?」


「リアさんに、昔の魔法工程を知れば使えるようになるかもって教えてくれてね?一緒に探してくれることになったの」


「よくアイツそれをオーケーしたわね……」


「“卑しいこのわたしにリア様の叡智をお与えくださいニャー!”ってお願いしたらオーケーしてくれたよ?」


 わたしは猫ちゃんポーズをして再現してみます。


「はぐっ!!」


「ん……?そんなに見るに耐えなかった?」


 そうですよね、姉の猫真似が見たい妹がいるわけないですね。


 よっぽど嫌だったのでしょう、シャルはフーフー息を漏らしています。


「そ、そんなことしたの……?」


「え、うん。最初は断られたんだけど、何度もお願いしたらこれをしろって言われたの」


「あ、そう……なんてうらやま……じゃなくて、ふざけた事をさせる奴ね」


 シャルはそのまましばらく息を荒げているのでした。


 そんなに辛いのなら、もう見せない方がいいですね。



        ◇◇◇


 リアさんに待ち合わせで指定されたのは、中央公園セントラルパークでした。


 住所は教えてくれていたため、それを頼りに探していきます。


「ここですか。大きいですね……」


 広大な敷地は森林に覆われ、その中を石畳みで舗装された道が続きます。


 その道に沿って歩いて行くと、中央部には石造りの噴水があります。


 湧き上がる水を背に、凛とした立ち姿の女の子の姿が見えました。


「あらエメさん、ごきげんよう。いいお天気ですわね」


 うわぁ……。思わず感嘆の言葉が漏れ出てしまいそうなほど、リアさんが美しいです。


 普段から美人さんだと思っていたリアさんですが、今日は一段と際立っています。


 仕立ての良い白シャツを羽織り、胸元には赤いリボン。漆黒のロングスカートは品の良いレースがあしらわれています。足元は茶色の革靴で締めています。


 白と黒のシンプルな色合いですが、その生地から質の良さは伝わってきてます。緋色の髪とのコントラストも相まって、とても魅力的に見えるのです。


「リアさん、こ、こんにちはっ!本日はお日柄も良く……」


「……?エメさん、普通にしていいですわよ」


「あ、はは……。ごめんなさい。リアさんの私服姿があまりに綺麗なので見惚れてしまいました」


「そうですか?ありがとうございます」


「見るからに高そうな服ですね……?」


 あ、いきなり洋服の値段の話を聞くなんて、はしたなかったでしょうか……?


「さぁ……?使用人に任せていますので詳しいことは分かりませんの」


 おお……さすが御三家と言われるお嬢様です。

 

 生活のスケールの違いが、こんな所からも滲み出ています。


「では行きましょうか」


「あ、はい!よろしくお願いします!」





 リアさんの隣で繁華街の中を歩いて行きます。


 所狭しと並ぶ建物、三角屋根に綺麗なタイル張りの壁はわたしの故郷よりもずっと高級感が漂っています。


 大勢の人が行き交い、肉や魚に果物、雑貨や生活用品など色々な店が目に入ります。


「何をキョロキョロしていますの?」


「あ、いえ。こうしてちゃんとクラルヴァインの街並みを見るのが初めてだったので……」


「そう言えばそんなことを仰っていましたわね。ですが、そんなに珍しいものもないでしょう?」


「いやいや!わたしの育った村からしたら信じられないくらい広くて綺麗ですよ!こんな石畳みが敷き詰められた道なんてありませんでしたし!」


「なるほど……そういうものですか」


 リアさんはするすると迷いなく道を歩いて行きます。


 あれ?でもリアさんって……。


「あのリアさん、連れてきてもらって大変失礼なんですけど……」


「“道に迷わないのか”という心配なら不要ですわ。私、知らない場所が苦手なだけですので」


「あ、そうなんですね」


「ええ、生まれてから何年もずっと歩いている帝都の中なら何とかなりますの」


 リアさん……頼もしいです!


 そこから中心部を少し外れた所に、古書店がありました。


「帝都の中では最も大きな古書店ですの。ここならあるかもしれませんわ」


「うへえ……」


 お店の中は古い本の匂いで満たされていて、室内を埋め尽くすように本棚と古書が並びます。圧巻ですが……この中から探し出すのかと思うと、少しゾッとします。


「魔法書関連はこちらになりますわ」


「あ、はいっ!」


 お店の中もするするとリアさんは進んで行きます。


 その足どりに迷いは見られません。


「このお店にはよく来るんですか?」


「ええ、魔法関連の勉強をするのに古書を使用することもありますから」


「凄いですね……」


 セシルさんもそうでしたが、ステラホルダーの方々は、こういった本から知識を吸収しているのですね。


「さて……この中にあると良いのですが……」


 とある一角の本棚でリアさんの足が止まります。


 当たり前ですが、年季の入った背表紙が不揃いに並びます。


 しばらくの時間、一緒に本を探していきます。


「あっ、エメさん。ありましたわよ!」


「えっ!本当ですか!?」


「ええ、間違いありません。これが初版の魔法工程書です」


 リアさんから本を手渡されます。


 良かった!これでもしかしたら、わたしも魔法が使えるようになれるかも……!


 本の中身をぱらぱらと目を通してみます。


「……えっと、リアさん?」


「なんですのエメさん」


「これ、何書いてるのかさっぱり分からないんですが……」


 内容が難解だと言っている訳ではなくてですね。


 知らない専門用語、独特の言い回しと表現、点在する現代とは違う言語表記。


 これらが合わさって内容を理解する以前の部分で止まってしまうのですが……。


「ああ、なるほど。私は以前から古書に関しては調べていましたので失念していましたわ」


「と、とてもすぐに理解できる気がしないのですが……」


「魔法古書を読み進めるための解説本は私は持っていますから、それを貸してあげてもよろしくてよ?」


「ほ、本当ですか!?」


 ああ……リアさんの背中から後光が差しているようです!!


「何から何まで……、ありがとうございます!リアさんっ!!」


 ガシッ、とリアさんの両手を掴んで感謝の気持ちを表現します。


「え、エメさん……!そんないきなり手に触れないで下さいます!?」


「え、じゃあハグしますか?」


「致しません!」


「なら、リアさんが好きな猫の真似を……」


「別に好きじゃありませんの!勝手に決めつけるのはやめて頂けるかしら!?」


「え、でもこの前は猫みたいに鳴けって……」


「嫌がらせですわよ!お気付きなさいな!」


「そんなことさせてたんですか!?」


「どうして言われなければ気付きませんの!?」


 そうか、そんな事をしているわたしを見てシャルは呆れていたのですね。理由が分かりました。


 とにかく、こうして魔法へまた一歩進んだような……気がします。

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