23 勉強について取り組むのは苦手です!


「というわけで、わたしもここで勉強しますね?」


 一人だと寂しいのでセシルさんとご一緒願います。


「いいけど……私は勉強しないから」


 セシルさんが読んでいるのは小説のようでした。


 同じテーブルの斜め向かいに座らせて頂きます。(正面だと圧力を掛けちゃいそうで、隣は親密度的にまだ早いと思いまして……)


「セシルさんはいつもここにいるんですか?」


「……日によるけど、いる事は多い」


「いつも一人で?」


「誰かと来る必要ある?」


 おお……疑問形で返されました。


 セシルさんが一人でいるのって、やはり自分の意思なのでしょうか。


「寂しいな、とか思ったりしません?」


「思わない、一人の方が楽」


 なるほど……セシルさんはぼっちというより、一人が好きなタイプのようです。


 それはわたしと全然タイプが異なるのです。


「あなたはそうじゃないの?」 


「いえ、わたしはそういうワケでは……」


「その割にはいつも一人……」


 ――グサッ


「……セシルさんとは、ちょっと理由が違いますかね」


「そう……ラピスだから、寄ってこないんだ」


 ――グサグサッ


「全く容赦ないですね……」


 ありのままの事実ですけど、そんな風に言わなくても……。


 わたしは勉強に取り組むことにします。


 ……。


「……しゅ、集中できない……」


 数十分経過し、わたしの集中力が限界を迎えました。


 ただ読んでいるだけではダメだと、ノートに改めてメモなんてことも試してみましたが……。


 全然ダメです。頭の中にインプットされていきません。


 そんなわたしの様子をセシルさんはちらりと見てきます。


「手、止まってるけど」


「いえ、分かってはいるのですが……」


 ずっと文字を目で追っているセシルさんの集中力には尊敬すらしてしまいます。


「勉強に集中できない時は運動をすると脳が活性化されるらしい」


「え、そうなんですか!?」


「そう」


「具体的には何をしたら?」


「軽い有酸素運動とか。立ったまま勉強するのもいいみたい」


 なるほど、そんなことでいいのですね。

 

 それならわたしでも出来ます……って、あれ。


「図書室でそんなことしてたら変な人になりますよね?」


「図書室での立ち読みはマナー違反」


「それではどうしたら……」


「だから廊下行ってきて、戻ってきたらダメだよ」


「なるほど、わかりました!ありがとうございます、セシルさん!」


 これは良いことを教えてもらいました!


 さっそく実践しましょう!





 ということで、わたしは廊下でさっそく実践してみます。


「……なにか、違和感を感じます」


 生徒の数はまばらですが、何人かは通っていきます。


 その度にわたしが見られているような気がするのですが……。


 今度はその視線が気になって集中できません。


「……貴女、とうとう気でも触れましたの?」


 そんなわたしを残念なモノを見るような目で話しかけてきたのはリアさんでした。


「あ、リアさん。どうしました、こんな所で」


「それはこちらの台詞です……。廊下に一人、立って教科書を読み込んでいる人なんて初めて目にしましたわ」


「これが効率いいみたいなので」


「とてもそうは思えませんが……」


 リサさんの目は懐疑的です。


「図書室で勉強してたんですけど、集中できないわたしにセシルさんが助言してくれたんです。この方法で集中力が上がるって」


「周りの目を気にして集中できていなさそうでしたが……」


 や、やはりそうですよね。


 薄々わたしも思ってました……。


「貴女、セシルさんにあしらわれたのではなくて?」


「そ、そんなことはっ……!」


 ない、とは言い切れないのが悲しい所ですっ。


「いいですか、勉学とは一人静かに取り組むもの。こんな通路でするべきではありません」


「でも図書室ではダメみたいで」


「教室でおやりなさい」


「あ、はい……」


 振り出しに戻るのでした。





 誰もいない教室に戻ってきました。


 確かにこれなら周囲の視線を気にする必要はありません。当たり前ですが。


 さて……これで集中して……。


 ――すたすた


 足音が聞こえてきます。


 一人だと普段気にならない廊下の物音が気になったりしますよね。


「あれ、リアさん?」


 さっき別れたはずのリアさんが一人颯爽と廊下を歩いて行くのでした。


 どこへ向かっているのでしょうか……?


「いや、いけないいけない。そんなことより集中しないと……」


 改めて教科書に目を通します。


 ――すたすた


 あれ、また足音。


「……リアさんだ」


 さっき通った道から戻ってきたのか、反対方向から現れてきました。


 もう用事を終わらせたのでしょうか。


「さて、今度こそ集中」


 ――すたすた


 え、また……?


 再び登場したのはリアさん。


 なぜこんな短時間に往復を……?


 あ、目が合いました。


 ぷいっと顔を反らされ、そのまま歩いて行きます。


「リアさんも忙しいんですね」


 今度こそ気を取り直して勉強しましょう。


 ――すたすた


 え、ウソですよね……。


 またもや反対方向から現れたのはリアさんでした。


 目が合います。


 今度は顔を反らさず、足を止めたと思ったらこちらへ向かってきます。


 ――ガラガラ


「さっきから何を見ていらっしゃいますの!?」


「ええっ!?いや、リアさんがさっきから何をウロウロしているのかなと思って……」


「私は帰るのです。ウロウロなどしておりませんっ!」


「どうしてこんな短時間に、教室の前を何往復も……?」


 それを聞くと、ぐぬぬっとリアさんは口をつぐみます。


「奇怪なことに、辿り着きませんの」


「……どこにですか?」


「玄関ですの」


「……ええっと」


「何ですか、はっきりと仰ってください」


「……また迷っているんですか?」


「そういう言い方も出来ますわね」


 いえ、そうとしか言いませんよリアさん。





「助かりました、感謝しますわエメさん」


「あ、いえ。全然大したことしてないので……」


 結局一人では辿り着かなさそうなので、玄関まで案内することにしました。


 もう教室に戻る気もなくなっちゃったので、このままわたしも帰ることにします。


「リアさんは、いつもどうやって帰ってるんですか?」


 さすがに校内を迷うって方向音痴のレベルが高すぎる気が……。


「いつもは付き人がいますから、その方に任せていますの。ですが今日は不在でしたのでこのようなことに」


「あ、ああ……なるほどです」


 リアさんには絶対必要な方ですね。


「それではエメさん、御機嫌よう」


「あ、はい。ごきげんよう……」


 リアさんは優雅な振る舞いのまま、去って行くのでした……。


「ああっ!!エメちゃん、今帰りー?」


 すると背後から陽気な声が届きます


「あ、ミミアさん。そうです、これから帰る所なのですが……ミミアさんもですか?」


「うん。ちょっと分からない所があったから先生に聞いてたの。そうしたら遅くなっちゃった!」


 おお……さすがのフットワークの軽さです。


「ミミアさんがこんなに頑張ってるんだから、わたしはもっと頑張らないと……」


 ラピス脱却など夢のまた夢です。


「ん~?」


「え、ちょっとミミアさん!?」


 ミミアさんは急にわたしの顔を覗き込んできました。


 かなりお顔が近くて驚きます。


 また、くっつかれたりして……。


「目、クマ出来てるよ?」


「クマ……?」


「うん、エメちゃんしっかり寝てる?ダメだよ睡眠はしっかりとらないと。お肌ボロボロになっちゃうよ」


「あ、いえ……昨日から勉強を始めたので……それでちょっと寝不足なのかもしれません」


「え~?ダメだよエメちゃん。睡眠は体の基本なんだから、疎かにしちゃいけないんだよ?」


「ですが、それくらい頑張らないと……」


「睡眠不足は逆に集中力低下して効率も悪くなるんだよ?」


「た、たしかに……」


「だからミミアは絶対よく眠るようにしてるんだ。睡眠不足で勉強なんてしても意味ないもん」


 なるほど……ステラのミミアさんが言うのですから説得力が違います。


「分かりました。ちゃんと寝るようにします」


「うん、そうして!それじゃまた明日ねー!」


 にこやかに手を振ってくれるミミアさんを見送りました。





「ご馳走様でした」


 わたしは夜ご飯を食べ終え、自室に向かいます。


 向かうは机……ではなくベッドです。


 睡眠不足とおさらばして、覚醒した効率的なわたしと出会う為です。


「おやすみなさい」


 そのまま意識は暗闇の中へ……。


 ――ぺちっ


 あ、いたい。


 ――ぺちぺち


 ほ、ほっぺが痛いです。


「……んあ?」


「あんた、何でこんな時間から寝てるわけ!?勉強はどうしたのよ!?」


 目が覚めると、そこにはわたしのほっぺを叩いているシャルの姿。


「違うんだよ、シャル……これは勉強のため」


「いや、寝てるわよね!?」


「すっきりした頭で勉強しないと意味ないんだって」


「あんた一回寝たら起きないわよね!?いつやるのよ!?」


 ああ……そう言えばそうでした。


 わたし、全然起きれないんですよねえ。


「じゃあ、シャル……勉強教えて」


「ムリ!自分でやりなさいよ!」


「ええ……昨日は教えてくれたのに……」


「昨日は気が動転してたの!ほんとはあんたに勉強を教えるつもりなんてなかったの!」


「なんでそうなるの?」


「そりゃ、あんたがいきなりわたしのコレクショ……」


「これくしょ?」


「……うっさい!」


 わたしにはシャルの言いたいことが分かりません……。


「あれ、待って!ていうかそれなら、この子を起こす必要もないんだ……何してるのわたし……!?」


 頭を抱えて自分の行動を振り返るシャル。


「……ところでさ、わたしはどう勉強したらいいと思う?どうやっても良い勉強方法に繋がらないんだけど」


「知るか!やる時にやる以外に何があんのよっ!!」


「おお……」


 さすがシャル。


 それしかないんだ、ようやく分かりました。


 効率とか、方法論とか。そんなのに踊らされて、“勉強をとにかくする”という本質から目を背けていたんです。


 そんな弱い自分にようやく気付けました。


「ありがとうシャル、お陰で目が覚めたよ」


「全然眠そうだけどね!?」


 あ、いやそっちの意味じゃなくて……。


 意思疎通って難しいです。

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