第25話 必然の存在

 微笑んで手を差し出すノックスから四人は瞬時に離れた。エラリーは叫ぶ。

「僕の後ろに隠れて!」

 三人はエラリーの背中に身を寄せた。アガサはエラリーの背中にすがり、ジャンはクレイグの盾になるべく自分の背中の陰にかくまった。


 ノックスは寂しそうに伸ばした手を引っ込めた。

「そんなに警戒しなくてもいいのに」


 エラリーはノックスと対峙たいじし、まじまじと顔を見た。

 まるで無垢な普通の少年に見える。この少年が本当に世界を滅ぼした張本人であるか信じかねる。

「君が天子か?」

 ノックスは微笑んでうなずいた。

「一応そうだよ」


 フィルボッツの話を信じないわけではないが、どうしてもそれが現実とは思えない。

「本当に君が?」

 エラリーは構えた手の力が緩む。

「君が世界を……?」


 エラリー達の声を聞きつけ、宮殿の入り口を守衛していた警備隊二名が松明たいまつを片手に駆け寄ってきた。ぼんやりとした明かりの中にノックスの姿をとらえた。

「天子様!?」

 警備隊はノックスへ近づく。

「こんな所でどうされたんですか?」


 ノックスはその警備隊へおもむろに手をかざし、右手を軽く二度振った。ノックスの口角がわずかに上がる。

 瞬間、ノックスの手から『黒い風』が発生し、それは黒い刃物のように警備隊に立て続けに襲い掛かった。二人の警備隊の体は一瞬にして粒子になって飛び散り、制服と持っていた松明が地面へと転がった。

 ノックスはエラリーに不敵な笑みを浮かべた。

「これで信用したかい?」



 エラリー達はノックスの力を目の当たりにし、唖然あぜんとし、戦慄が走った。

 ノックスの手から明らかに『黒い風』が現れた。世界を包むあの忌まわしい風が、まさかこんな少年の解き放つ一振りで起こるなんていまだに信じられない。



 ノックスは自分のてのひらを見つめた。

「僕はこの力を持って生まれた。それは必然なんだよ」

 掌を握り、そしてまた開いた。

「必然のためにここにいるんだ」


 エラリーは震えながらもそれに対して叫んだ。

「何が必然なんだ! 世界を滅ぼすことが必然か!」

 ノックスは静かに答えた。

「世界は滅んでいない。見てごらん。人間にしか影響を及ぼさない。そう出来ている」

「なら、人間を滅ぼすためなのか?」

 ノックスは口だけで笑った。

「誰しも役割があって生まれたとするなら、答えは『はい』だ」


 あっさりとノックスは認めた。悪怯わるびれる様子もなく言ってのける。

 エラリーは怒りで再び拳を固めた。

「なぜそんなにことをする! 人間が何をした!」

「さあ」

「さあ、って。人間に恨みがあるから消すんだろ!」

 ノックスは後ろ手に組んでくつろいでいる様子だ。

「だから言ったじゃないか。僕は人間を滅ぼすために生まれたって。そこに僕の意志や私怨など無いんだよ」


 エラリーは反吐へどが出る思いで胸がムカムカした。

「イカれてる。こんなに人を消しておいて開き直るのか!」

「僕は神の意志に従い、生まれ、遂行しているだけだ」

「ふざけるな!」

 エラリーは我慢できずノックスへ襲いかかった。たくさんの仲間達を消した張本人が目の前にいて平静を保てることなど出来はしない。


 エラリーの拳が迫る瞬間、ノックスは右手を振りかざした。先程見せた動き。


 エラリーは前進する体を止め、右手を伸ばした。

 ノックスから『黒い風』が放たれた。エラリーの差し出した掌はそれを弾いた。そしてその一部はエラリーの体が吸収する。激流が巨大な岩にぶち当たって飛沫しぶきを上げるように、『黒い風』はエラリーによって四方へ飛び散った。


 ノックスはその光景に目を見開いた。

「さすがだ。素晴らしいよ、エラリー」

 エラリーはその言葉に驚いた。

「なぜ僕の名を知っている?」

 ノックスは笑った。

「君が生まれることを知っていたからさ」

「何だと?」

「まぁ、ここまで厄介な存在とは思わなかったけれどね。でも厄介なのは君だけだろ?」



 ノックスは再び右手を振りかざした。エラリーは発せられた『黒い風』を掌で抑えた。

 先程より激しい勢いだ。

『黒い風』は吹く毎に弱まっていると報告されていたが、ここまで至近距離だと体が吹き飛びそうな程の強さがあった。

 エラリーは足を踏ん張って必死に抑え込んだ。

 その力がふと止んだ時、目の前にノックスの姿はなかった。



 ノックスは後方の三人のすぐ横に立っていた。三人はノックスの殺気にひるんだ。

 ノックスがしたたかに笑う。

 そして右手を挙げ、振りかぶった。『黒い風』がノックスの右手で湧き起こる。


 エラリーは急いで三人の前に立とうとしたが間に合わない。

「やめろーっ!!」

 エラリーは叫んだ。









 それは一瞬のこと。




 それより速く、反射的に速く、ノックスの前に両手を開いて立ち塞がったのはジャンだった。


 ジャンの意識より早く体がそうしていた。

 ジャンの頭に浮かんだのは、道中で見掛けたあの小さな兄妹だった。何にもかえりみず妹を守るべく立ちはだかる兄の姿。それが脳裏によぎり、ジャンを瞬時に動かした。



 ノックスの照準がジャンに映り、ニヤリと笑った。そして『黒い風』が解き放たれた。


 ジャンはクレイグの前に大の字に立ち開かり、そして『黒い風』を一身に浴びた。















『私はクレイグ。よろしくね』



『私ね、もっと勉強してチェスタトンのお手伝いするの』



『ジャン、イノシシ捕まえてきてよ。チェスタトンが豚で我慢しろって言うの』



『うわぁーん! ジャン! チェスタトンがぁ!』



『私どうすればいい? チェスタトンが居なくなって生きていけないよ』



『ジャンがチェスタトンの代わりになんてなれるわけないでしょ!』



『ごめんね、ジャン、ひどいこと言っちゃって。でもひとりにさせて……』



『私、チェスタトンの遺志を継ぐよ』



『手伝うって……、いいの?』



『ありがとう、ジャン。ずっとトロフェンを着てくれて』



『ありがとう、ジャン』



『ありがとう、ジャン』



『ありがとう、ジャン』







 クレイグ……








『黒い風』はジャンを包み込んだ。



 ジャンの体は粒子となって飛び散った。




 **




 目に映る世界は波打っていた。陽炎かげろうのようにゆらゆらと揺れていて何を視界に入れても気分が悪い。

 白い世界は段々と形を成し、眼球を動かすと、耳に人の声が聞こえた。


「目を覚ましました」

 誰かの声だ。聞き覚えがある。その声が自分の母親の声だと気付くまで時間が掛かった。足音がして、白衣の男性が視界に入ってきた。

「ここが何処どこか分かるかい?」


 呼吸をする度に漂う記憶が段々と吸い寄せられ、顔にへばり付くように意識が明らかになっていく。

 圭吾はまぶたうなずいた。

「痛みはあるかい?」

 医師の問いに少しだけ頭を横へ動かした。



 まったく違う世界でずっと過ごしていた。あまりにも長く感じた。どちらが現実か分からなくなる。こっちの世界が誰かの見ている夢なのかもしれない。


 母親は枕元で泣いていた。気丈に振る舞っていたが、思わず泣き崩れてしまった。圭吾にはそれが何かすぐに分かった。


 そうか。

 残念だ。


 圭吾はベッドの上で天井を見つめた。



 また入院して治療を受けないといけないのか。

 せっかく学校へ戻れたのに。

 また長引くのかな。



 あの世界はどうなったのだろう。


 寝たらまたあそこへ行けるだろうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る