第8話 捌

 周の家は郷の中でも見晴らしの良い高い土地にあり、郷全体をある程度見渡すことができる。

 暗中の眼下にぽつぽつと火の玉に似た松明の炎。郷人の諍う声や悲鳴。あちこちで響く剣戟。

 郷を囲う高い柵を越え、武器を所持した何者かが侵入した。しかも複数人。

 思っていたより数が少なそうで安堵したが、飛矢のごとく樹は緩い勾配の道を駆け下りようとして──、できなかった。


 ちらちら闇に浮かぶ赤い光が、周の家へと近づきつつあったからだ。


 急いで踵を返し、もう一度家の中へと戻る。

 囲炉裏の火は消え、燈明の淡い光に照らされた薄暗い居間では周がみぃを開き戸の薬棚の中へ隠している最中だった。


「みぃちゃん、何が起きてもここから絶対出てこないように」

「周。おめぇも逃げるか隠れるかしとけ」


 周の双眸がスッと更に細くなり、完全に表情が消し去られた。


「何人いるの」

「ざっと確かめた感じで五、六人」

「じゃあくらいはできるかな」

「ちょっと待て!周、おめぇ、何する気……」


 周は静かに草鞋を履き、戸口に立て掛けた火縄銃を手に取る。


「いや、だから……、話聴けよ!で全員を退散させるのは無理だって!」

「だから牽制だけだってば」


 樹と話しながら、周は慣れた手つきで火縄に着火、胴薬と弾丸をカルカで押し込む。


「樹も協力してよね」

「あのなぁ!」


 口は動かしつつ周は発射までの一連の作業を手早く踏み、樹が止める間もなく、わざと乱暴に戸を蹴り開けた。

 余りの勢い良さゆえに、戸口の向こうに集まった賊たちは完全に意表を突かれ、反応が出遅れた。そのほんのわずかな短い隙を狙い、周は引き金を引く。


 弾丸は誰の身体にも風穴を空けず、暗闇へと吸い込まれていった。

 賊たちの纏う空気は恐怖から一転、周の優男めいた風貌も含め、あからさまな侮蔑へと変わっていく。

 己への侮蔑に勘づいた周は困ったように、へらりと笑う。締まりのない笑みがますます侮りを生む、かと思いきや。


「うっらぁあああ!」


 雄叫びに似た叫びと共に、樹が周の横を風のようにすり抜け、賊たちの前へと躍り出る。

 乱闘が始まるか──、けれど彼らは一人も武器を構えようとしない。

 こいつら何しにきた??と不審に思いながら、抜刀したまま問う。


「おいこら、てめえら。この郷に何しにきた」

「我らは奪われた分奪い返しにきた。それだけだ」

「奪うぅ??」


 賊の中より、ひとりの男が一歩進み出てきた。

 殺気立ち、臨戦態勢の他と違い、落ち着き払った物腰、身につけた胴丸も使い込まれてはいるが物は良い。刀の柄の装飾も手が込んでいる。元はそれなりの身分ある武士だったかもしれない。


「この言葉の訛りは元隣領のやつらか??」

「いかにも」


 柄を握る手に力が籠る。


「女衒も他の娘らも尾形領の者ゆえ手にかけたが、あの小娘は同郷ゆえ命までは奪うつもりはなかった」

「てめぇら、あの時の野盗共のお仲間ってか。けっ、奪い返しに来たつってもどっかの女郎屋には売る気満々なくせに。みぃが言ってたぜ??器量がどうとか言われて自分だけ助かったって。格好つけた物言いなんぞやめろや」

「では単刀直入に。あの小娘を我らに返せ。あれは高額な資金を生み出せる」

「断る。みぃを売り飛ばした金で糞野盗どもに無駄な力蓄えられちゃ困るしな!」

「ほう、この郷がどうなってもいいと……」


 皆まで言わせず樹は高く跳び、賊たちの頭上へ突っ込んでいく。

 夜闇にぎらり、白刃が渾身の力で振り下ろされ、賊たちは一斉に樹の着地点から飛びずさる。


「なんだぁ??引け腰になってんじゃねぇよ。なっさけけねぇ。相手は俺一人だろう、がっ!」


 背後から鋲が数本飛んできた。

 腰を落とし、頭上で剣を一振り、叩き落とす。

 なんでもありかよ、と咥内でつぶやくと、長槍と刀が同時に斬りかかってくる。力任せに大ぶりの動きで横へとなぐ。


 動きの大きさに引っ張られ、刀が手から滑り落ち──、即座に賊の誰かが取り落とした長槍を奪い取り、反撃の間すら与えない速さで連続で突き入れる。


 最後のひと突きを終えると、賊のほとんどは虫の息。

 しかし樹の呼吸は乱れていない。


「……、ここで我らを倒したとて」


 先程まで樹と対話していた男も例に漏れず。

 地面にきつく指を食い込ませ、ただ憎々し気に樹を睨むだけで起き上がることもできない。


「言っておくがなぁ、この郷の連中は俺よりは弱いってだけでてめぇらの想像なんかよりずっと強い。郷を護るためなら鬼にも豹変できる」


 樹が視線を向けた先、眼下に点在する松明の火は消え続けている。

 松明の近くで応戦中の人影たちの声が、怒声や悲鳴から徐々に歓声に変わりつつあった。

 どうやらあちらも決着がつき始めている。


「周!下手な鉄砲なんざとっととしまって、みぃのそばにいろよ!」

「了解。まぁ言われなくてもそのつもり。あと、久しぶりなだけで下手にはなってないよ」

「どーだかなぁ!」

「はいはい。あっ、捕縛用の縄いるねぇ」


 周は半分外れた戸口から中へ一旦姿を消し、すぐに縄を手に戻って──、こようとして足を止める。


「みぃちゃん!?」


 薬棚に閉じ込めていた筈のみぃが入り口へ向かってくる。

 周と入れ違いで外へ出ようとするのを慌てて押しとどめるも、するり、躱されみぃは外へ飛び出してきた。

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