第6話 陸

 迫りくる数多の長槍の穂先が初冬の陽光に鈍く輝く。

 鈍い輝きたちに包囲されても樹は余裕の表情を崩さず。

 我先にと突き入れられた一閃をするり、躱す。


 躱された一閃を放った者の動揺を逃さず、疾風のごとき速さをもって懐へ。

 防御の隙も他からの加勢も許さぬまま、胴へ一太刀浴びせ。

 そのまま地へ倒れるのを待たず、振り向きざまに加勢しかけた数人を一挙に横へと薙ぎ払う。

 背後では倒れた者や、また薙ぎ払った者たちの次に控えていた者たちが転倒に巻き込まれていく。


「おいおーい、そんなんじゃ戦ですぐおっんじまうぞぉ??お前らそれでいいのかよ……っと!」


 長槍を捨て、横から樹に飛びかかってくる者がひとり。

 随分と高く跳ぶ、と感心しつつ、真上から振り下ろされた刃を木刀で軽々と弾き返し。

 成す術なく落下していくその者の腕を、空いている方の手で掴み取り、地面へ叩き落とす。


「なかなかやってくれる。ただ、軽いのが残念だ」


 背後から突き入れられた長槍を躱しながら、軽く笑い。

 足元を狙ってきた穂先からも、よっ!と小さく掛け声上げて飛びのく。

 跳ぶと共に頭を低めるとその上を長槍が突き抜けていく。


「その調子その調子。連携取れてきたじゃねぇ、か!」


 左右同時に穂先が迫り、木刀で薙ぎ払う。


「いいか、お前らよぉ!いつも言うが、今は俺を俺だと思うな!郷を襲撃しに来た悪党か、復讐心に燃える元敵領の敗残兵だと思え!本気でかかってこい。でないと」


 斬りかかってきた一人の刀が届くよりずっと早く、樹は腹に木刀を深く突き入れる。


「郷の年寄りとガキは全員るし、女も全員っちまうぞ」


 わざと下卑た目つき、口調、笑みで静かに煽り立てれば、周囲の顔色と目つきはがらり、変貌。

 現に長槍の突き入れ方も刀の振るい方のキレも格段に良くなり、何度倒されても諦めずに立ち向かってくる。


 戦場の空気にどんどん近づいてきている。

 これでいい。彼らの目にはもう、樹は郷を脅かす外敵にしか見えていない。


 他の郷と違い、この郷はの樹の帰る場所。

 郷人も樹が帰還する度、温かく迎え入れてくる。

 反面、その意識によって戦の演習で樹に本気で立ち向かえなくなってしまう。

 だから、こうして過剰なまでに煽り立てるのだ。有事の際の彼らのために。

 その点だと、変な気を回さずに済む他の郷の演習は幾分気楽だ。


 周の言う樹の秘密とは。


 若き領主・尾形紫月しづきの命を受け、軍事演習のために各郷を回ること。

 そして、そのことは尾形領全土に知れ渡っていた。



 半時近くが過ぎると、樹以外の全員が地に伏せた。

 さすがの樹も息は切れ、軽い擦傷くらいは身体のあちこちに負っていた。


「おし、今日はお開き……」

「でやあああ!」


 倒れていた一人の少年が突然起き上がり、正面から樹に斬りかかってくる。

 木刀で刃を受けたものの、ほんのわずかに押し負けそうに──、なりつつ、結局は斬りかかったものごと押し返した。しかし、押し負けかけた時に掠ったらしく、左の蟀谷から薄く血が滲んでいた。


「あ……」


 押し返され、再び地に伏していた少年が真っ青な顔して起き上がった。


「上出来だ」

「でも」

「いいって。気にすんな」


 おろおろ狼狽える少年を制すと、死屍累々の中から抜けだし、周とみぃの元へ小走りで駆けていく。


「周、わりぃけど手当頼むわ」

「その程度の創傷なら唾つければ勝手に治るんじゃない??」

「違う、俺じゃねぇ。あいつらの、だよ」


 ちら、と死屍累々へと水を向ける。


「俺医者じゃないんだけどなぁ。まぁ、いっか。あ、でも薬代はいただくからね。主に樹から」

「げぇっ」

「あたりまえだろ。演習の責任者はお前だし」

「そ、そこをなんとか……」

「他の客からはどんな人でもお代もらってるのに、お前だけタダってわけにはいかないよ」


 まぁ、そりゃそうだけど……、と、納得しきれないでいると、急に袖の裾をぐいっと引っ張られた。しかし、引っ張った本人ことみぃはひたすら目を白黒させ、呆然としていた。


「子供にはまだ刺激が強かったかな??」

「だろうなぁ」

「た、樹……」


 さっきよりも若干強めに袖を引っ張られた。


「樹は、いつもこんな、死にそうな目にあいながら生きてるの……」

「あん??」

「こ、こわくないの……」

「さあ。考えたことねぇわ」


 絶句するみぃの手からそっと袖を引き剥がし、皺を伸ばす。


 死など、が初めて敵国へ嫁いだ時から常にまとわりついている。

 あの方が世を去り、十年経た今もまだ。否、おそらく一生樹には死がまとわりつくに違いない。

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