第3話
虚偽を述べることなく、各課所に特定の文書やデータがあったことに、あるいはそんなものなど無かったことにする。
爆破事件という破格のイレギュラーカードを手にしてなお、この課題は難問だった。各課長の要求をすべて満たすような規模の爆発など起こってはおらず、偶然すべてが爆発に巻き込まれるにはそれぞれの文書に接点が無さすぎる。
既に現場には警察の捜査が入っているし、数度訪れたことのある市民なら役所の間取りくらい把握している。万が一疑いの目を向けられたら簡単に見抜かれてしまう。
ひとつひとつの文書やデータは大した内容ではないのだから本格的な捜査は入らないだろう、嘘をついてもバレないさという声が何度も頭の中でこだまする。それを振り払ってどうにか整合させようと奮闘するも、為したところで大した見返りはないくせに為せなければ足元を掬う難題は予想以上に心を削る。
課長もいくつもの資料を見比べながらうんうんと唸っているが、よく見れば同じ資料の上を視線が往復するばかりのようだ。時計の針だけがきっちりと仕事をこなし、刻限が近づいていることを知らせる。
あるいは難題の押し付けに成功して意気揚々と帰宅した他課長たちも同じような気持ちだったのかもしれない。着実に迫る出張や議会。対して完成の見えない成果物。焦燥に苛まれる中で、爆破事件は思わず縋りつきたくなる救いの一手に見えたのかもしれない。
もちろん押し付けられた側としては到底許せるものではないが、気づけばもう一度爆発が起こって全部有耶無耶になってしまわないかと、彼らと同レベルのことを願う自分がいた。彼らの望む通りにデータが失われたり、失われたと言える状況になってしまえばこちらは楽だ。なにしろ真実だけを記せばよいのだから。
そんな現実逃避に耽ってしまった自分が無性に可笑しく感じられ、気づけば切羽詰まった状況も無視して声に出していた。
「はは、ねえ課長。もうサーバー室か、じゃなきゃ記者会見会場を爆破してしまいたい気分ですよ」
これが
「それだ」
「えっ、いや、冗談ですよ?」
あまりに予想外の反応に慌てて弁明するも、課長は最早こちらの話など聞いていない様子で一心不乱にキーボードを叩き始めた。何かを探すように視線が忙しなく動き、ブツブツと何かを呟く口元には時折笑みが浮かぶ。
しばらく呆気に取られていたが、まさか言葉通りに爆弾でも検索しているのではないかと思い至って席に駆け寄ったところで、ようやく課長がこちらに顔を向けた。その目は先ほどまでのものとはうってかわって、憑き物が落ちたように晴れやかで穏やかだった。
パソコンの画面を半回転させてこちらに向け、にっこりと笑う。導かれるままに視線を移した先にあったのは、爆弾の検索結果でも妙案の被害報告書でもなかった。
その意図を理解してごくりと息をのむ。課長に視線を戻し、無言のままに頷きあう。課長が次に言う言葉は、もうわかっていた。
「これが、俺たちの爆弾だ」
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